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お前、捨てられたんだってな。  作者: 悠介


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1/13

家族との別れ

 お前、捨てられたんだってな。

 そういった彼は、ずっと傍にいてくれた、最期まで僕の隣にいてくれた。

 だから、僕も探そうと思う。

 僕を必要としてくれる人が、まだきっといるから。

 だから……。

 だから、安心してね。


「え……?」

 坂崎浩介、彼は高校三年生の卒業式を終ええて、家に帰ってきた。

 しかし、そこには……。

「なんで、誰もいないの……?」

 家族が待っているはずだった家、大きな一軒家には、売り家の看板が立っていた。

「どういう事……?」

 理解が追いつかない、売り家になったという事は、家族は住んでいないという事になる、ならば家族はどこへ行ってしまった?

「鍵、開かない……。」

 もしかしたら、と思い鍵を入れてみるが、合っていないのか回らない。

 どうやら、何かがあって家族がいなくなってしまった、そして自分は置いて行かれた、という事だけは理解出来た。

「どうすれば、良いの……?」

 戸惑う、当たり前だろう。

 それもそうだ、突然家族がいなくなり、自分は家に入れなくなり、どこに行けばいいのかもわからない。

 大学に進学する予定だったのに、今日が卒業式で、終わって誇らしい気持ちで帰って来たのに、何が起こっているのかがわからない。

「どうしよう……。」

 涙目になりながら、浩介はふらふらとその場に立ち尽くす。

 家族に捨てられた、仲が良かったはずの家族に、置いていかれた。

「そうだ、おじいちゃん……。」

 そう言えば、介護施設に祖父が入居している事を思い出す。

 認知症になった訳ではない、つまり電話が出来るはずだ、と。

「おじいちゃん……。」

 スマホを手に取り、まずは両親にラインをしようとする。

 しかし、ブロックされてしまっているのか、電話をしても繋がらない。

 続いて、祖父に電話を掛ける。

「この電話番号は、現在使われておりません。」

「嘘……。」

 祖父の電話番号にも繋がらない、まだ諦めたくないと、施設に電話を掛ける。

「はい、陽だまり老人介護です。」

「あの、坂崎重人の孫の浩介なんですけど……。」

「坂崎さん?あぁ!お孫さんですね!それで、どうかされましたか?」

「あの、おじいちゃんに電話が繋がらなくて……。取り次いで貰う事って出来ますか?」

「申し訳ないんですが、何もお聞きになられてないのでしょうか?坂崎さんは、先週退去されましたよ?」

「え……?」

 最後の頼みの綱、施設側からもそういった答えが返って来る。

 浩介は必死に頭を働かせ、何とかならないかと考える。

「あの、退去した後の事とかって!聞いてないですか!?」

「それがですねぇ、何も仰らずに退去されてしまってですね。一応、次の入居先は決まっている、とは仰られていましたが、何処かまでは……。」

「そう、ですか……。」

 電話が切れる。

 浩介は、どうしようもないのか、どうにかする手だては無いのか、と暫くその場に立ち尽くす。

「あら、浩ちゃんじゃないの!」

「あ、お隣の……。」

「お父さん達、今日の朝引っ越していったわよ?どうしてこっちにいるの?」

「それが……。」

 今にも死にそうな顔をしている浩介に、隣の家の婦人、晶子が声をかける。

 晶子は両親と共に浩介が引っ越さなかったのか、と不思議そうな顔をしていて、何かあったのか、と考える。

「どうかしたの?忘れ物?」

「えっと、その……。」

 歯切れの悪い浩介、置いて行かれたと言えないのだろう。

「浩ちゃん、変よ?どうかした?」

「いえ、えっと……。」

 古い付き合いの晶子からしたら、今の浩介は挙動不審だ。

 普段ははきはきと物をいうタイプだと認識しているから、余計そう見えてしまうのだろう。

「もしかして、貴方が……。」

「何か知ってるんですか……?」

「そうね、きっとそうよ。あのね、浩ちゃん。貴方は、お母さんと血が繋がっていないのよ。確か、お父さんのお兄さんの所の子供だ、って。両親が事故で亡くなって、それで引き取ってきたのが浩ちゃんが一歳の頃だったかしら。それで……。それで、いつだったかしら、高校卒業までの我慢だ、ってお母さんが言ってたのよ。何の事かなって思ったんだけれど、もしかしたら……。」

 晶子は、売り家になっているのと、浩介が独りここにいる事を結びつける、それは間違いではないのだろう。

 浩介の両親は、子供を望んではいなかった。

 ただ、事故で亡くなった浩介の血の繋がった両親がいなくなってしまい、その子供である浩介の引き取り先として選ばれただけだった。

 母親の言った、高校卒業までの我慢、というのは、恐らく浩介を育てる事なのだろう、と。

「僕、血が繋がってなかった……?」

「こんな時にこんな事を言うのは酷でしょうけど、多分そう言う事なんじゃないかしら……。おじいさんは連絡取れないの?」

「はい……。おじいちゃんも、施設を退去した後だって……。」

「そう、ならそうなんでしょうね……。浩ちゃん、これから行く当てはある?何処か独り暮らしとかする予定だったとか、ある?」

 無い、浩介は普通に実家から大学に通う予定だった。

 実家から大学までは通学が一時間程度で、まだ独り暮らしをする必要もないだろう、と両親と話していたからだ。

「どこに行けば、いいんでしょう……。」

「うーん……。とりあえず、うちにいらっしゃいな。ずっと住むってなると難しいもしれないけど、ちょっとだけなら泊められると思うわ。」

「晶子おばさん……。」

 気の毒に思ったのだろう、晶子はそう提案した。

 浩介としては、迷惑にならないかと言う気持ちもあったが、しかし他に行く当てもない、とその気持ちを受け入れる他に選択肢は無かった。


「なあなあ、坂崎んち売り家になってたんだけどよ、なんか聞いてっか?」

「ん?浩介の家が?何にも聞いてねぇけど、浩介も引っ越したん?」

「いやあ?それがよ、坂崎は隣のおばさんちに世話になってるんだってよ。」

 卒業式から何日か経って、俺は就職前にと思って友達と飯に来てた。

 話題は元彼の浩介の事で、友達の昌は俺にこの話題を出すのも違うか、って笑いながら、その話をしてる。

「なんかよ、ご近所ネットワークだとさ、坂崎捨てられたんだってよ。」

「ほーん……。」

「反応うっす!なんか言う事あんじゃねぇの?」

「って言われてもなぁ。俺達が別れたの知ってるだろ?今更俺からなんかした所で、浩介に迷惑だろ。」

「そう言ってもよ、嫌いで別れた訳じゃねぇんだろ?」

 俺と浩介は中学の頃から付き合ってた、チビとデカ、なんて言われてて、ちょっと華奢で小さかった浩介と、デブででかかった俺のコンビ、ってよく言われてた。

 高校も一緒に行って、ただその後の進路が問題で、浩介は大学進学、俺は就職って事で、離れ離れになるかなと思って、俺から別れを切り出した。

 またいつか道が重なったら付き合おう、なんて話はしてたけど、別れて以降浩介が少しよそよそしくて、あんまり話はしてなかった。

 そんな事を話してる昌は高校からの友達で、俺達が中学から付き合ってた事は知ってて、別れる話を聞いた時にはもったいねぇ!って言ってた。

「うーん……。浩介の両親がねぇ。」

「突然いなくなった、って話だぜ?坂崎のやつ、辛いんじゃねぇかなぁ。」

「……。」

 今は夜の八時、まだ寝るには早い時間だろうな。

 浩介の行動パターンは大体知ってる、浩介は夜十一時に寝るはずだ、まだ起きてるだろう。

 とは言っても、俺から何かするって言われてもって感じではある、向こうからそれらしい連絡は来てないし、俺から首突っ込んで嫌な顔されるのもちょっと嫌だし。

「気になってるべー?」

「ん?いや、どうするかなって思ってさ。」

「五年も付き合ってたんだろ?悠介、独り暮らしするって言ってたじゃん?お隣さんにいつまでも預けてねぇでさ、一緒に暮らしちまえよ!」

「うーん……。」

 飯を食べながら、浩介がどう反応するかな、って考える。

 一緒に暮らす、それはいつかしたいと願ってた事だ、でも今の浩介がそれを受け入れてくれるかどうか、がわからない。

「悠介、電話なってね?」

「ん?あれ、浩介だ。」

 そんな話をしてると、スマホが鳴る。

 電話は浩介からで、随分とぴったりなタイミングで電話をかけてくるな、なんて思いながら、取り合えず出る。

「もしもーし。」

「えっと、悠介君?」

「えーっと、晶子おばさん?」

「良かった……。悠介君、浩ちゃんがいなくなっちゃったの!スマホも置いて、置手紙一つ置いて、何処か行っちゃったのよ!悠介君の所に行ってない!?」

 浩介が行方不明、って事はわかった。

 電話相手の晶子叔母さんって言うのは、俺も知ってる人で、浩介が小さい頃からお世話になってる、お隣さんだ。

 肝っ玉母ちゃんで、三人の男の人を母親一人で育て上げた人、って言う話だったかな。

「落ち着いて下さい、晶子おばさん。手紙にはなんて?」

「えっと……。お世話になりました、独りになります、って……。」

「他に手がかりになりそうな事は?ここ数日、晶子おばさんの所にいるって、ついさっき聞きました。浩介、何か言ってたりしなかったですか?」

「えぇ、何も……。ご飯の時に顔を合わせるだけで、お話もほとんど出来て無かったから……。時間が必要だろうって、そう思って話しかけずにいたのよ……。」

 なるほど、なら浩介は死のうとしてる。

 浩介の考えそうなことはわかる、捨てられたとしても両親をとても大切にしていたのも知ってる。

 血が繋がっていない事も、噂程度には聞いた事がある、多分そういう理由で、浩介を置いて引っ越したんだろう。

「少し時間をください、晶子おばさん。心当たりを探してみます。」

「え、えぇ……。お願いね、悠介君。」

「はい。」

 電話を切って、店を出る準備をする。

「坂崎、何だって?」

「行方不明らしい。多分死のうとしてる、これから探しに行くよ。」

「まじかよ!俺らも手伝うぞ!?」

「いや、大丈夫。こういう時、浩介が行きそうな所ってのも、心当たりはある。」

「そ、そっか。気いつけていけよ、悠介。」

「わかった。」

 上着を着て、店を出る。

「さて、行きますか。」

 なんて声を掛けるか、なんて考えながら、俺は心当たりの場所に自転車を走らせて行った。


「もう……。」

 江戸川のほとり、河川敷から土手に入り、そこから川に入れる所があった。

 浩介は、そこで入水自殺をしようと考えていた、まだ三月の半ばで寒い、死ぬ事は出来るだろう。

「……。」

 唯一心残りがあるとすれば、悠介の事だろう。

 浩介も悠介も、今でもお互いが好きだ、ただ、大学進学と就職で離れるから、一旦別れようと話をして別れただけだ。

 そんな悠介を置いて逝く事になる、それだけが心残りだ。

「でも……。」

 家族に捨てられた、晶子の家にずっといるわけにもいかない、そしてそんな状態の人間を、まともな会社が雇ってくれるとも思わない。

 浩介は聡明だ、それらの要素をわかっているから、自殺と言う選択肢を選んだ。

 血が繋がっていなかった、それもショックだった、それ以上に、自分は捨てられる様な存在だったと言う事が、浩介を追いつめていた。

「ごめんね、悠介……。でも、僕は……。」

 洋服を脱いで、冷たい水の中に足を踏み入れる。

 怖い、しかし、それ以外にもう選択肢はない、と浩介は深い絶望の中に沈んでいく。

「お前、捨てられたんだってな。」

「え……?」

「間に合った。」


「浩介、死ぬなんて許さないぞ。」

 浩介が丁度水の中に入ろうとした所で、見つける。

 駆け寄って、浩介の手を引っ張って陸に押し戻す。

「悠介、なんで……?」

「……。別れた俺が何か言うのは間違ってるのかもしれない、余計なお世話かも知れない。でもな、浩介。俺は今でも、浩介の事が好きなんだ。好きな人に死なれたら、嫌に決まってるだろ?」

 浩介は泣き出しながら、体を震わせてる。

「ほら、服着て。行くぞ。」

「行くって、どこに……。僕の行く所なんて、もう……。」

「俺の家だよ。丁度独り暮らしを始めたんだ、浩介の事を文句言う奴もいない、誰にも文句は言わせない。」

 早く洋服を着ろって、浩介の脱いだ洋服を渡す。

 浩介はおどおどしながら、洋服を着て、それで戸惑ってるみたいだ。

「だって、悠介……。悠介は、僕とお別れするって……。」

「それは事情があったからだろ?俺は嫌いになんてなってない、浩介は俺の事嫌いになったか?」

「ううん……、大好き、だよ……。」

「じゃあ生きろ。俺が当面の生活は何とかする、貧乏暮らしになるかもしれないけど、死ぬよりましだ。二人でなら、きっと乗り越えられる。そう思わないか?」

「……、うん……!」

 一緒に手を繋いで、川を離れる。

 自転車を取って、歩いて帰り道だ。


「あのね、悠介。僕……。」

「なんだ?」

「僕ね……。お父さんとお母さんと、血が繋がってなかったんだって……。僕は、お父さんのお兄さんの子で……。」

「噂にはなってたな。理由までは知らないけど、浩介は血が繋がってないんだって。多分、その事で黙って引っ越しちゃったんだろうな。」

「……。僕、ずっとお父さん達の事大好きだった……。なのに、なんで……。」

 俺は自転車を押しながら、浩介の話を聞きながら歩いてる。

 河川敷はまだ寒い、早めに離れたいけど、暫くは車道しか無い道だから仕方ない。

「わからない。俺にもわからないよ、浩介。浩介と両親は仲が良さそうだったし、なんでお父さん達が浩介を独り置いて行ったのか、なんて答えは知らない。ただ……。ただ、俺は浩介の隣にいるよ。誰が離れていったとしても、誰が浩介を嫌いになったとしても。俺は、浩介の隣にいる。」

「悠介……。」

 浩介は泣き出す、それもそうか。

 ご両親に捨てられた事は変わりない、悲しいと思っても当たり前だ。

 俺はあんまり親と仲が良くはなかったから、離れたとしてもそこまでの感想は抱かないかもしれないけど、浩介は両親と仲が良かったから。

 確かに、なんでそんなに仲が良かったのに、浩介独りを置いていくなんていう選択肢を選んだんだろう?とは思う。

「僕……。僕、独りぼっちだと思ってた……。何日か晶子おばさんの所でお世話になってたんだけど……。でも、独りなんだって……。」

「そう思っても仕方ないさ。だって、ずっと仲が良かったんだろ?なのになんで、って俺だって思ってるよ。」

「悠介がいてくれなかったら、僕……。」

「それ以上は言わなくていい。今生きてくれてるだけで、俺は満足だ。後ちょっと遅かったら、手遅れだったんだから。晶子おばさんには感謝してもしきれないな、俺に連絡するっていう機転を効かせてなかったら、今頃浩介は空の上だったんだから。」

 きっと、それは悲しい現実だろう。

 親を失っただけならまだしも、捨てられたっていう現実があるんだから、悲しいに決まってる。

 でも、間に合ってよかったとも思ってる。

 あと二分遅かったら、浩介は死んでた、それは俺も嫌だったから。

「そう言えば、なんで僕の居場所わかったの……?晶子おばさんの所には、ここにいるなんて書かなかったのに……。」

「勘と、後は浩介ならどこを選びそうか、って予想だよ。きっと浩介なら、ここを選ぶと思ったんだ。」

「そう、なの……?」

「何年の付き合いだと思ってるんだよ、浩介。もう俺達、十五年は関わってるんだぞ?お互い、考えてる事もやりそうな事も、わかるだろ。」

 自転車を片手で押しながら、浩介の頭を撫でる。

 浩介は少し嬉しそうに、笑ってみせた。

「悠介が、僕の事想ってくれてるって、嬉しいなぁ……。」

「大好きだからな、俺。浩介の事、ずっと好きだからな。」

 泣きながら笑ってる浩介は、少しだけ悲しみが引いて来たんだと思う。

 ちょっとずついつもの調子になってきて、俺も少し安心だ。

「それで、晶子おばさんにはちゃんと謝らないとな。」

「うん……。心配、かけちゃったよね。」

「あの人も優しいからな。だいぶ取り乱してたぞ?浩介の事、それだけ想ってくれてるんだよ。」

 晶子おばさんの連絡先は知らないから、取り合えず帰って報告かな。

 浩介の事を心配してたし、良い人だっていうのは知ってたから、ちょっと悪い事したんだと思う。

 でも、浩介の心境を考えるに仕方のない事なのかな、とも思う。

「取り合えず帰ろう、寒いよ、今日。」

「うん。」

 浩介の家までは一時間位かかる、少し考え事をするのもいい時間だろう。

 他愛のない話をしながら、これからの事を考えて、歩く。


「浩ちゃん!心配したのよ!?ああもう!ホントにこの子は!」

「ごめんなさい、晶子おばさん。」

「ホントに……。ホントにもう……!」

 晶子の家に戻ってきた二人を出迎えた晶子は、浩介を抱きしめて泣き出す。

 それもそうだろう、長年お隣として面倒を見てきた、息子の様な存在だったのだから。

 ずっとは一緒にいられない、それは晶子が独り暮らしをするのにぎりぎりの生活だから、と言う意味だったが、暫くは面倒を見るつもりだったのだ。

 それが、数日経って急にいなくなってしまって、遺されていたのは置手紙、心配しないわけがなかった。

「悠介君、ありがとう……。浩ちゃんを見つけてくれて、ありがとうね……。」

「いえ、良いんです。それで、これからの事なんですけど、浩介と一緒に暮らそうと思ってるんです。俺、独り暮らし始めたので、ちょっと狭い部屋ですけど、浩介と一緒に生きていこうって、考えたんです。」

「そうなの……?でも、嬉しいわね。私も独りになって久しいし、浩ちゃんを養う程には稼げてないし……。でも、浩ちゃんの大学はどうするの?」

「うーん……。ちょっと嫌ですけど、奨学金を借りるとか。軽くバイトしてもらえれば生活は成り立ちますし、それなりの生活がしたいのなら節約すればいいだけの話ですしね。」

「良いの……?僕、働くよ?」

 晶子も驚いているが、浩介が一番驚いていた。

 大学に通う事は諦めていた、就職か死ぬかどちらかだと思っていた浩介は、悠介の提案に心底驚いていた。

「良いんだ。浩介はやりたい事があって大学に行くんだろ?なら、その夢くらい叶えてやらなきゃ、彼氏の名折れってもんだ。」

「悠介君がそれで良いのなら、私は反対はしないけれど……。浩ちゃんはどう?」

「僕は……。」

「我儘じゃないんだから、良いんだぞ、浩介。俺にとっては、我儘なんかじゃない、夢があるって言うのは、素敵な事だ。俺は、それを応援したい。」

 悠介の言葉で、浩介は覚悟を決めた様子だ。

 うんと頷くと、晶子の方を見て、話を始める。

「晶子おばさん、ありがとうございます。僕、悠介と一緒に生きていきます。」

「何かあったら、すぐに頼りなさいね。貴方にとっては私は近所の叔母さんかもしれないけど、私にとっては貴方は息子の様な存在なんだから。」

「ありがとうございます。また、遊びに来ますね。」

「それじゃ、浩介、行こうか。荷物は?」

「えっと、スマホとバックだけだよ。」

 晶子が少し席を外し、浩介の荷物を取りに行く。

 浩介は、悠介が後押ししてくれた事が嬉しかったのか、ニコニコと笑っていた。

「はい、浩ちゃんの荷物。これだけって言うのも寂しいけど、そうね、二人が頑張るって言うのなら、おばさんも応援するわ!」

「ありがとうございます。」

「また来ますね!」

 晶子の家から、悠介の家に歩いて行く。

 晶子は、その後ろ姿を見送りながら、手を振った。


「ここだ、道は覚えやすいと思う。ちょっと狭いけど、我慢してくれ。」

「ううん、ありがとう、悠介。僕も、頑張らなくちゃ。」

 俺の引っ越してきた部屋、って言ってもつい何日か前に引っ越したんだけど、七畳位の部屋にキッチンのついた部屋に、浩介を案内する。

 まだ荷ほどきも終わり切ってなくて、冷蔵庫なんかが届いたばっかりで、中身は空っぽで。

 そんな部屋に彼氏を連れてくるな、って突っ込まれそうだけど、まあ仕方ないか。

「ベッドも一個しか無いし、一緒に寝るか。」

「良いの?」

「体重的には問題ないだろ。確か耐荷重二百キロって書いてあったし、浩介は細身だからな。」

 浩介の荷物を置く場所なんかも確保しなきゃなって思いながら、さてどうしたもんかと。

「浩介、夕飯食べたか?」

「ううん、まだ。」

「じゃ、食べ行こうか。俺食べちゃったから、見てるだけだけどな。」

「良いの?僕食べなくても平気だよ?」

「腹が減っちゃうだろ?それに、俺は浩介が食ってる間皆に報告しとくから。」

 報告、って聞いて、浩介は何を?って顔してる。

 さっきまで死のうとしてた人間が、それを理解してないっていうは、ちょっと面白い。

「浩介の事を晶子おばさんに知らされた時な、昌と飯食ってたんだ。だから、今頃昌が皆に説明してるよ、探しに行くの手伝うぞ、ってラインも来てた。」

「皆に、心配かけちゃったんだね……。」

「ちゃんと謝れよ?」

「う、うん。」

「じゃあ行くか。」

 財布だけ持って、二度目のご飯に行く。

 浩介は、ちょっと反省してる感じだけど、どっか嬉しそうだ。


「それで、なんでわかったの?」

「ん?」

「僕のいた場所、なんでわかったのかなって。」

「一緒にデートした事あっただろ?自転車でさ、江戸川の土手まで行って、冬の川眺めてさ。だから、あそこだと思ったんだ。浩介の印象に残ってて、自殺出来そうな所って、あそこ位もんかなって。」

 浩介とファミレスに来て、昌達に連絡をしながらドリンクバーを飲んで、浩介はご飯を食べて。

 そんな事をしながら、浩介はふと聞いてきた。

 俺としては当たり前の事をしただけのつもりだったんだけど、浩介からしたら違ったみたいだ。

「もう三年前の事だよ?デートしたの。」

「でも、印象的だったろ?あんまり遠出もした事なかったけどさ、始めてあそこまで自転車走らせて、って。だから、あそこだと思ったんだ。」

 浩介の行動パターンは大体把握してる、って言うのはちょっと気持ち悪いかもしれないけど、それだけ浩介の事が好きだ、っていう言い換え方も出来るかもしれない。

 だからこそ、新しい挑戦をしようとしてる浩介の足を引っ張りたくなくて、別れた訳なんだけど、こうして見ると、別れたのは失敗だったのかもしれない、とも思う。

 足を引っ張るのが怖い、って言うのは、多分新しい好きな人でも出来て、別れる事になったら、って考えたんだろうなって。

「昌から返事返って来たぞ?今度飯おごってやるから覚悟しておけ!だってさ。」

「あはは……。昌君らしいや、有難いね。」

「浩介の人柄だよ、それを叶えてるのは。」

 パスタを食べながら、浩介は照れてる。

 昔からそうだ、褒められなれてないと言うか、俺がなんかの拍子で褒めたりすると、はにかんで照れくさそうに笑って。

 そんな顔も可愛いけど、褒められなれてないって言うのが、ちょっとだけ悲しくて。

「僕、死ぬしか無いと思ってたんだ。この数日、ずっとその事ばっかり考えてた。でも、悠介達がいてくれるんだ、って思ったら、そんな事考えるのが馬鹿々々しかったと思うんだ。」

「ごめんな、別れるなんて選択肢を選んじゃって。浩介が追いつめられた理由の一つって、それだろ?俺達が別れてなかったら、最初から死のうなんて思わなかったのかもしれない。

……。俺も怖かったんだ、浩介がこれから、新しい場所に行く、俺の知らない場所に行くって言うのが、信じられなくてさ。心が離れちゃう気がしたんだ、だから別れようって。」

 これは本音だ、浩介が遠くに行っちゃう気がして、ならいっそ別れた方が良いんじゃないか、それでまた道が重なったら付き合おう、って思って。

 怖かったんだ、浩介が、新しく好きな人でも出来て、別れようって言われるのが。

「悠介……。僕、そんなにフワフワしてるかな?僕、ずっと悠介が好きだよ。大学に行ったって、どこに行ったって、それは変わらないよ。」

「そっか。じゃあ、別れたのは失敗だったな。……、俺達、想いあってたんだな。ちゃんと、想いあえてたんだな。」

「うん。」

 浩介はパスタを食べ終わって、ドリンクバーを取りに行ってくるねって言って、席を立つ。

 俺は、嬉しかった。

 浩介は、無理して俺と付き合ってるんじゃないか、俺が好きだって言ったから付き合ってくれてるんじゃないかって、ずっと心のどこかで思ってたから、安心した。


「明日から忙しいな、浩介はバイト探さないとだし、俺も日用品とか、食料とか買い出し行かないとだ。」

「本当に良いの?僕、大学諦めて仕事探すよ?」

「良いんだ。浩介の夢、俺は応援したいから。」

「ありがとう、悠介。」

「それじゃ、寝ようか。」

 二人で一緒にベッドに入って、俺が浩介に腕枕をして横になる。

 暫くしてなかった、別れてから半年位経ったけど、懐かしい感覚と重みだなって。

 浩介は安心したのかすぐに寝付いて、俺は暫くこれからの事を考える。

 仕事が始まったら、浩介との時間は思った様には取れないだろう、でも、だからこそ一緒にいられる時間を大事にしたい、って。

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