「バンカラ」
〈葦簀小屋野菜直賣してをりぬ 涙次〉
【ⅰ】
SF界には「叛・世界」と云ふ概念がある。魔界と云ふのは、云つてみるなら叛・人間界なのだつた。何もかもがあべこべに山積してゐる世界‐ ふと、「シュー・シャイン」は思つた。「叛・斬魔屋」と云ふのは有り得るのか、と。【魔】の、人に對する怨みつらみを晴らす、「叛・カンテラ」のやうな者はゐないのか... これは直感的な思ひつきだつた。だが調べてみる事には、多大な意味がありさうだつた。「シュー・シャイン」は働き者である。己れの思いつきだつて、疎かにしない。
【ⅱ】
作者は、このシリーズの何処かに、【魔】はカネの遣ひ方を知らない、と書いた覺えがある。【魔】にとつては、カネは瑣末事である、と。だが、少數派ではあるものゝ、カネの有難味を知る者がゐたつて不思議はない。「バンカラ」はその内の一人であつた。「バンカラ」の名は、彼がいつも一張羅の學生服を着て、昔の流行り唄ではないが、腰に手拭ひをぶら提げてゐる事に依る。油で炒めたやうな制帽。たゞ彼はその学ランの胸に、匕首を吞んでゐる- 彼はカネづくで魔界對人間界のトラブルを解決する、「叛・斬魔屋」であつた...
【ⅲ】
「シュー・シャイン」は当分この「バンカラ」に張り付いてゐやう、と心に誓つた。何か、仕事のタネになりさうな事を、彼がしでかすのを待つて。
彼の放つ「男の臭ひ」は、ごきぶりである「シュー・シャイン」でさへ辟易としてしまふ物だつた。こんなんで依頼人、ならぬ依頼【魔】が寄つて來るのかと、赤の他人である「シュー・シャイン」ですら心配になるのだ。だが、こゝに一人、依頼者が現れた...
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〈でゞ蟲の歩みを見たりでゞ蟲はでゞ蟲の儘歩みを已めぬ 平手みき〉
【ⅳ】
人間なら「鼻が曲がる」レヴェルの、彼の體臭をものともせぬ、その依頼人は可憐な少女であつた。人間とのハーフかクオーター、流石魔界通だけあつて、「シュー・シャイン」の讀みは鋭かつた。さう、彼女は平凡の忘れ形見 -一名涙坐と云つた- だつたのだ。涙坐の持つて來た依頼、は、或る人間の約束不履行についてのもの。その人間とは、云はずと知れたじろさんで、例の(前回參照)白虎との逢瀬に待つたが掛かつた件なのである。
【ⅴ】
確かにじろさん、彼女との約束を破つた。一度は、いつでも白虎に會ひに來い、と云つたのに、その前言は撤回された。それもカンテラとの男の友情の為、である。どちらが重いかは、当事者になつてみなければ、分からない。だが、涙坐、大枚のカネを「バンカラ」の前に積んだ‐
【ⅵ】
「大變だ!」、「シュー・シャイン」は即その事をじろさんに通告した。「バンカラ」は姑息な手を用いず、タロウが吠え立てる中、「白虎を出して貰はう!!」と大音聲を上げた。
のそつと事務所の外に出たカンテラ、「嫌なこつた。白虎は既にうちのメンバーだ」。じろさん「カンさん、こゝは俺が」。「やあ、あんた此井だな? 涙坐に噓の約束をした」‐「四の五の云はず掛かつて來い!」。
「バンカラ」突進して來た。と、その匕首を小手で跳ね上げ、じろさん得意の「空氣投げ」(山嵐、とも云ふ)を仕掛けた。投げ飛ばされる「バンカラ」。だが‐
【ⅶ】
彼の躰は鋼鉄製だつた! これでは投げ技でダメージを與へる事が出來ない。突きを入れやうにも、人造の躰では、「急處」が何処にあるのかさへ、分からぬ。「小癪な!」‐彼の躰を覆ふ「男の臭ひ」は、鋼鉄製のボディを隠す為のカムフラージュだつた... だが、落ち着き拂つたカンテラ、「しええええええいつ!!」大刀を揮ひ、鋼鉄の躰をぶつた斬つた。「バンカラ」、「ちいつ!」臭ひの素となるオイルを垂れ流し、消えた。
【ⅷ】
「うゝゝ、この臭ひ、堪らんな」‐「それより彼女 -涙坐ちやん‐ の事が氣になる」‐「いや何、彼女とはスパイ契約するよ。じろさんは氣に病む事は、ない」‐「なぬ!?」
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〈衣紋掛これを着たなら暑いかと 涙次〉
カンテラの言葉の眞意とは... 次回を待たう。ぢやまた。




