結城弘子と佐藤美琴と未来
「結城の未来視で私の運命の人教えてくれない?」
「やめた方がいいわよ。それと未来視ってなによ」
以前、井上華の初体験を描いて見せた結城弘子を預言者扱いする佐藤美琴。ならばと未来の恋人や旦那様を知りたいのは当然だろう。
目で見えないものは信用されないものだが、一度盲信すると見えないものでも疑わない。
「知ってどうするの?気に入らない相手だったらチェンジするの?」
「チェンジ、チェンジ!全力で逃げるわよ。当然じゃない」
「簡単に言うわね・・」
「未来は自分で掴み取るのよ!」
もっともらしい事を熱弁する佐藤美琴だが、結城弘子はうんざりとした気分で聞いていた。幸せの定義なんて曖昧だ。その状況をある人は不幸だと思い、ある人は幸せだと思い、ある人は平凡だという。佐藤美琴は一旦矛先を横にズラし別のことから未来話を推し進めた。こっちのことなら既に話題は始まっている。
「ねえ、井上の相手の人ってどんな人なの?」
「佐藤、見たことあるんでしょ」
佐藤美琴が知ってる井上華の彼氏は他校の卒業生で美容師の専門学校生。かなりの美形でセンスも良くファンが多い。佐藤美琴以外にも目撃者は多く、情報によれば井上華以外に女性の影はないという。
「それじゃない。この間見せてくれた絵の人のこと」
そう。
結城弘子によれば井上華の初体験は彼氏じゃない。これこそ既にチラ見せされている未来の話題。
佐藤美琴にはあの絵で顔こそ描かれてなかったが何かイメージのようなものが記憶に残った。だが該当しそうな人物が見当たらないし、思い当たらない。そして初体験が机の上というのが変だ。これがなんなのか知りたい。結城弘子は不思議な力がある。何か知ってるかもしれないと佐藤美琴は詰め寄った。
「分かってる、あの男のことね。会ったことないわ。でも間違いなくあの男になる。既に井上もその男もその未来にむかって進んでるしその時も近い」
「誰?何者?」
「知りたい?」
「知りたい」
ふう、と結城弘子はキャンバスから佐藤美琴に向き直す。
キャンバスはただの風景画。いつもの怪しい人物画ではない。おそらくは部活の課題で秋の市展への応募作品。
そして会話を再開する。
「佐藤は覚えてないかしら。市川って男」
「だれだっけ?」
「2年の1学期で退学したC組のヤバいやつ」
「覚えてない。C組で退学者が居たのは知ってたけど」
「なんで退学になったかは被害者のプライバシーの為に伏せられたけどまあ、そう言う奴。」
「プライバシーっていうことは・・」
「まあ、それは今回とは無関係。有体に言えば井上華は商品になった。こう言えばわかるかしら」
「商品?」
佐藤美琴は考えた。この言葉の範囲が広すぎる。
女性が商品?明るいイメージのものから暗黒なものまで様々なものが想像できる。アーティスト、芸能人、地下アイドル、グラビア、AV、風俗・・・・・・・・・奴隷、臓器提供者。だが、ヤバい奴と初体験をしてなれる商品は芸能人だとは思えない。もっとまずいもの。
「そうね、世間的には誉められたものじゃないわね。何人もの欲望が絡んでる。その中には井上の意志というか欲望も。市川は偶然居合わせただけ。彼に取っては幸運だったようだけど。なにせ在学中に見たいい女にありつけたんだから」
「結城、それだけじゃわからないよ!もっと詳しく!」
「ここまで。佐藤は手出さない方がいい。危ないから。貴方では止められない」
「ねえ、これだけは教えて。犯罪なの?」
「日本ではそうなる」
「じゃあ!」
「犯罪なんて何処でも誰でもしてるものよ。部外者が介入するなら覚悟がいるわよ」
佐藤美琴には結城弘子が冷徹女に見えた。これから起こる何かを傍観するだけの女。悲しみもしない。これから井上華が闇に落ちるかもしれない。確かに100人いれば1人や2人は極度の不幸になる。そんなことにいちいち付き合っていられない。
「・・・・ねえ結城。井上は不幸になるの?」
「あら、不幸なんて人によって違うわ。いい旦那さんを貰って無事定年まで健康でいれる人生を牢獄のようだったという人もいるのよ。他人には分からないわ」
「それは極論だよ、結城・・」
「ねえ、自分の未来を知りたい?」
佐藤美琴は無言になった。
登場人物
・市川正人・
フリーアルバイターという名のその日暮らし 制服は今も「使用」することがある