結城弘子と佐藤美琴 再び
「待ってたって来ないわよ」
三階の美術室の窓際を占拠しひたすら部活棟を見続ける佐藤美琴。
夏休みを将来のために有効に使うでもなく、青春を謳歌するわけでもなく、今は昼ドラのような情事が起きないかとひたすら待ち続ける。
先日の井上華の行為を毛嫌いしていたが、今はまた見れないかと待ち続けている。だが、部活棟に現れるのはつまらない普通の人々と公認カップルのみ。心が跳ねるようなことは何も見れてない。
「つまんない」
佐藤美琴は結局収穫がないまま2時間を過ごしてしまった。
夏休みが何もないまま過ぎてゆくと佐藤美琴は虚無感に囚われ始めていた。自身では何もしないのに刺激が欲しいのだ。
「絵でも描いたら?」
「めんどくさい」
佐藤美琴は描かない美術部員。たまに描こうと思うのだがいつも何も成さずに終わる。何もしたくないので文化部を選んだのだが、暇でしょうがない。
「佐藤、男でも作ったら?」
「う〜ん、いい人が居ればね」
佐藤美琴は入学してからいいなと思う男は三人いたが、二人は売約済で一人には丁重に距離を置かれている。おそらくはその男には想い人が居るのだろう。そして佐藤美琴は自分が男を選べる立場ではないと自覚している。
「井上みたいに可愛かったら楽なのに」
「佐藤、セックスしたいの?」
「最終的にはそれも含まれるけど恋したいのよ」
「恋ならすればいいじゃない。それと、井上もまだ処女よ」
「結城ぃ、それは違うよ。井上だよ?彼氏持ちで変なことまでしてる井上だよ?絶対やってるって」
そもそも処女かかどうかなんて分かるわけがない。
それとも結城弘子は井上華のストーカーでもしてるのかと佐藤美琴は言いたくなった。
「佐藤、内緒で見せてあげる。これが井上の初めての相手になる男」
そう言って結城弘子はスケッチブック代わりのノートのとあるページを佐藤美琴に見せた。そこにはボールペンで描き上げられた男の絵。輪郭とりの線や目印も消さずに黒の線だけで描き上げられた男。この高校の夏服だ。やけにリアルだ。しかし。
「顔が描いてないじゃない」
「顔、興味ないし」
「顔こそ大事じゃないの。それになんで未来形なのよ。そもそも誰なのよ」
「佐藤の食いつきっぷりが嬉しいわ。じゃあ、内緒第2弾」
次に見せたページには見てはいけないものが描かれていた。
机の上に仰向けになる全裸の女子。胸と頭は向こう側でこちら側の肝心なところはそこに向かいゼロ距離で立つ男の背中に邪魔をされて見えない。ゼロ距離の男の方も裸だ。あとは背景も床も描かれていない。そして、男女とも顔が描かれていない。ただの丸。かろうじて頭の形をしているだけ。見ているだけで心がどろどろとする、そして熱くなる絵。本能、いや本心を引き摺り出されそうな色苦のある絵。ここが自宅の自室ならこのまま音を立てずに乱れ狂ったかもしれない。
佐藤美琴は直感した。これは井上華だ。写真じゃないが絵から伝わってくる存在感が井上華だと主張している。
そしてこの男には顔が描かれてないが彼氏でも篠田コーチでもない。違うと感じた。
そして何か意味がありそうな情事の絵に血が熱く回るのを感じるがプライドもある。狼狽えた姿はみせたくない。
「・・・・凝った冗談ね。絵まで用意して。そもそも顔がないし、未来のことなんて単なる予想じゃないの」
「そうね。楽しめた?」
「暇潰しにはなったわ。結城ってばそんなえっちな絵ばかり描いてるの?案外えっちな子なのね」
「あなたもね」
「わたしは!・・・・・まあいいわ」
佐藤美琴は動揺を隠し再び窓の下を見る。
部活棟からグラウンド側に向かう篠田コーチが見える。すれ違う女子の何人かは楽しそうに篠田コーチに話しかけている。年上のスポーツマン社会人は人気のようだ。以前なら篠田コーチに恋しただろうが、今は井上華の「おさがり」にしか見えない。だが、結城弘子の説明通りならまだあの二人は関係を持っていない。
「井上の先を越したら面白いかな・・」
そして、窓下を見つめる佐藤美琴の背後に現れた異世界転移魔法陣を結城弘子は粘土玉を投げつけて消した。そして何事もなかったように新たな絵を描き始めた。