結城弘子と佐藤美琴
「結城さん何見てるの?」
「青春の資金源」
「どういうこと?」
3階の美術室の窓から平家の部室棟を見下ろす結城弘子。
冷房してるんだから窓閉めてよと佐藤美琴は思っていたが、この教室は日影側なのでそこまで暑くはないし、結城弘子の見つめる先が気になった。
そもそも青春の資金源とはなんなのか。佐藤美琴はなんのことかわからなかった。
「40度超えてるんじゃない?」
「部室?」
「そう」
結城弘子が40度超えと言ったのは部活棟の部屋の中のことだ。呼び名こそ部室だがエアコンもなく実質物置だ。ロッカーはあるが誰も貴重品はそこに置かない。ロッカーに鍵こそあるが高校生男子なら力ずくでこじ開けられる程度のドア。皆、貴重品は部活に持ってゆく。いっそベンチの方が見えるので安心だ。そこには補欠やマネージャーが居てくれるし。
「隠れて」
「ちょ、何?」
結城弘子は佐藤美琴の肩を掴んで強引に窓下にしゃがませた。佐藤美琴は強引に隠れさせられたがこっちは何も悪いことはしていない。堂々と見たかったという思いもあったが結城弘子のせいで見そびれてしまった。きっと誰か、あるいは誰かと誰かが出てきたのだ。
部活棟のドアを見れるのは3階端の美術室からのみ。ほかの階や教室からは桜の木や衝立の位置関係で見れない。逆の立場なら部室のドアを出るときは美術室の窓を真っ先に確認すれば良い。
のっそりと結城弘子が立ち上がり外を見る。同じように佐藤美琴も。
「サッカーの篠田だよね」
「そうね」
佐藤美琴がかろうじて確認できたのは毎週木曜日だけコーチに来る男子OBの去りゆく後ろ姿。手にはシューズケース。そして佐藤美琴は疑問を結城弘子にぶつけた。
「部室で何してたの?篠田」
「お買い物・・・かもね」
「買い物?」
「17歳の魅力に取り憑かれた会社員ね」
「まさか!」
「興味ある?」
「相手は誰?誰と居たの!部室でまさか!」
しかし、結城弘子は声のトーンを一段落としてこう言った。
「冗談よ。悪ふざけしただけ。なんかあるわけ無いじゃない。佐藤を引っ掛けて遊んだだけ。悪かったわ」
「ほんと?冗談?」
「ごめんごめん。からかってごめん」
「あ、井上」
佐藤美琴は揶揄われたのかと結城弘子にキレそうだったが、部室からぎこちない歩きで出てくる同学年の井上華が目に入り無言になった。
「誰にも言っちゃだめだよ」
「・・・・」
「因みに所要時間は6分。佐藤、何想像した?」
「6分?」
佐藤美琴は「短!」と思った。
逆に6分で何ができるだろう?
しかも誰が来るかもわからないこの校内敷地で。
まだ処女の佐藤美琴ですら6分では無理だとわかる。
じゃあ何?
買い物。
さっきは買い物から売春を想像した。だが6分では無理だ。
6分がでまかせでもっと長い時間居たとしたら?だが40度超えの室内ではきつい。両者汗だくで不自然になる。
結城は何を知っているのだろう?
なぜ見えないものを知っている?どこからの情報?
そして佐藤美琴が結城弘子を質問攻めにしても答えてはくれなかった。だがあの二人は何かをした。それが何か知りたい。
だが結城弘子の言葉はこれで締め括られた。
「平和って、汚いもの嫌いなものを見ないようにすることなのよ。そう思わない?」
「見ないように・・」
時間的にまだ帰るわけにはいかない井上華は久しぶりに戻ってきた自身の教室の席で寝たふりをした。他人には仮眠に見えるだろう。だが当の本人は羞恥心と罪悪感と沼のような快感に無言で悶えていた。そして胸が少し不安。
登場人物
・佐藤美琴
普通の女子 結城弘子とは別のクラス
・サッカー部OBの篠田
独身 社会人 下着マニア