結城弘子と佐藤美琴と正義
「結城、準備室の鍵貸して」
「何か用?」
佐藤美琴は結城弘子に美術準備室の鍵を要求した。
美術部員は美術準備室の使用が許可されている。以前は普通に使われていたが、例の事件の後暫く立ち入り禁止になり、後に解禁されても誰も使わなかった。だが、結城弘子だけが荷物置き場として使っている。今日も準備室の鍵は結城弘子が持っている。
「見てみたいの」
「つまんないわよ」
佐藤美琴は結城弘子から鍵を受け取ると二つの部屋の間の壁の左側にあるドアの鍵穴に刺した。
しかし。
「硬い」
「かしなさい、コツがあるのよ」
結城弘子は佐藤美琴から鍵を返してもらい解錠する。佐藤美琴があんなに苦労しても開かなかった鍵が一度で回る。
「どうぞ」
結城弘子は佐藤美琴に質問しなかった。何をするか、何を確認したいのか、そんな事は聞くだけ無駄だ。ここはただの箱だ。当時の壁も床も天井も残っていない。ただ、10年以上使われてない用具や過去の三流の作品が置かれていた。そして結城弘子の大きい作品が数点床に置かれている。当時の事件を思わせるものなど何も無い。
「なんでこんなところで・・」
「男はベッドなんて必要ないのよ。女には重要なんだけどね」
佐藤美琴は無言だった。
彼等は強姦とは言えセックスする場所に板場しかない此処を選んだ。床では寝心地は悪い。女の快適さなんて考えてない。それどころか自分達の快適さすら考えない。
「強姦だもの。自分だけは痛くない体勢するに決まってるじゃないの。合意の相手でも男が主導なら同じ事をする人は多いわ」
「AVの見過ぎよ・・・」
佐藤美琴がAVの見すぎと言ったのは犯人に対してだ。女性はそんなこと望んでいない。少なくとも佐藤美琴はそうだ。
「鍵を借りたのは誰?それで犯人に辿り着けるんじゃない?」
「被害者本人よ」
「それじゃ分からない・・」
それでも警察は全ての可能性を調べている。決定的な容疑者は特定できず、条件を緩めると対象者が増えすぎた。事件前は気軽に多くの人が来ていたのだ。しかも鍵管理は甘かった。
「佐藤、まさか探偵にでもなるつもり?。これは終わった事なの。そして犯人の目の前に立つつもり?それこそ無謀よ、玩具にされるか殺されるだけよ」
「私だって馬鹿じゃないわよ」
「あら、探し出して逮捕だけは人にして貰おうって顔に書いてあるわよ」
「ひどい!」
「佐藤の正義感は立派だわ。でもね、何も知らないなら何もしないほうがいいわ」
同い年からの説教は苛つく。佐藤美琴は結城弘子の顔を見たくなかった。
だが説教は続く。
「この事件はね、その後も悲惨だったわ。第三者が第三者を冤罪でリンチにかけたり、ネットに焚きつけたり、思い込みで本当のリンチ、暴力事件まで起きた。更には首謀者は女性説まで出てとある女性が事件の被害者と同じ末路に行きかけたわ。これみんな近親者と思い込んでる人や第三者の同調者の仕業」
「でもそれは・・」
佐藤美琴は自分とは違うと言いたかったが上手く言葉にできない。いや、反論出来ずにいた。自分も第三者なのだ。
「で、そちらの犯人は数人は取り締まりの対象になったけれど、9割以上は今も堂々と青空の下歩いているわ」
暗く俯き、最初の勢いが消えた佐藤美琴はドアを離れ、結城弘子が鍵を閉める。佐藤美琴の正義の炎はただの黒い煙になる。そして佐藤美琴は「買い物に行く」と言ってそのまま帰ってしまった。
「佐藤に嫌われたかな」
結城弘子は筆が止まってしまった。
あー、むしゃくしゃするといった感じで頭を掻きむしる結城弘子。そして壁に向き怒鳴る。
「黙れって言ったでしょ!」