結城弘子と相川智也
「結城さん、海行くんだね」
「行かないわ」
夏休みの高校の3階の美術室。
相川智也は電話で「行く」と言ってたはずの結城さんを不思議そうに見つめた。相川智也は電話での会話を横で聞いていたが、友人からの海へのお誘いを快諾したはずだった。
「もしかして相川くんも行くの?」
「いや、聞いてない。多分誘われない」
「相川くん、三浦とかと縁ないもんね」
「まあ。それより行かないのに行くって言ったのはなんで?」
「きっと雨が降るわ」
「2週間も先の天気だよ。晴れるんじゃない?」
「じゃあ、身内とかで不幸があるわ」
「家族殺すなよ」
「ま、行かないけどね」
「じゃあ、なんで行くなんて言ったの?」
「美人な私が行くって言えば男集めが楽なんでしょ。利用されてあげるのよ」
「あとでバックレるのか。あと自分で美人っていう?」
「ちがうの?」
結城弘子はクラスで一番の美人だ。間違いない。一方、相川智也は上から数えて4番目くらい。
結城弘子は自分のスケッチブック代わりにしているノートを広げ、とあるページを探し出し、相川智也に見せた。
「これ、井上華の絵」
相川智也に向けられたページには裸婦の絵。
黒のボールペンでごしごし描かれた女性。上半身はうつ伏せで頭は顔が描かれてなくてただの丸い物体。それこそ髪の毛も省略されている。その頭の下には両腕。背中は曲がり、膝は頭の少し下あたりにある。それを斜め前から描いたもの。
相川智也は暫く見て、教室の机で仮眠しているポーズだと推理づけた。そして身体しか描かれてない。机も服もない。股間は腿の影で見えないが、重力で真っ直ぐ下に引っ張られたふたつの果実のうち一つは見えている。
相川智也は中学から一緒な井上華の絵に釘付けだ。見えないものが見えてしまったのだ。相川智也にとって井上華は可愛いし性欲も沸く相手。だが彼氏持ちで恋愛対象ではない。
しかしこの絵が美しすぎる。いやエロい。ボールペンのみの修正なしのスケッチ。ためらい線もそのままある雑な仕上げなしの絵。相川智也はこの絵が欲しくなった。
しかし疑問も。結城弘子にこの絵が描けるとは到底思えない。
まず、同級生とはいえ、裸は見れない。どうやって描いたか説明できない。そして絵には顔がない。井上華ではないかもしれない。
「はい、1000円」
「おい!」
結城弘子は相川智也に1000円要求した。
多分それが結城弘子がこの絵につけた値段だ。相川智也はそう理解した。買ってしまいたい。
しかしこれを買う事で今後トラブルになるかもしれない。そもそも無関係な女性の絵かもしれない。踏み切れない。
「はいおしまい」
そう言って結城弘子はノートをぱたんと閉じた。商談決裂ということらしい。
「ま、要らないし」
「強がりだね」
「強がってないし平気」
「そんなに反応してるのに?」
相川智也は「してない!」と強がった。
位置や向きで見えないはずだ。
2週間後、結城弘子は前夜祖父が他界したので海には行かなかった。
登場人物
・結城弘子・
美人 スタイル良し 秀才 たまに不思議
・相川智也・
結城弘子の同級生 顔も成績も存在感も上の中くらい 彼女なし
・井上華・
相川智也とは中学から一緒 美人というより可愛い 彼氏持ち