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サイデュームの宝石

大好きな義兄に嫌われ振られる悪役令嬢に転生していたので、兄離れして他の人と婚姻することにしました。なのに、なぜか義兄は私を放してくれません

作者: みゅー

 エメラルドの父親であるジョルジュ・フォン・フォルトナム公爵がセレストと再婚したのは十歳の頃だった。


 エメラルドが八つの頃に本当の母親であるシャルロットが病死し、ジョルジュは幼いエメラルドには母親が必要だとずっと言っていた。


 セレストは夫であるスペンサー男爵を事故で亡くしており、ジョルジュ同様に再婚であり連れ子がいたのでエメラルドには義理の兄ができた。


 これがエメラルドとフェルナンとの出会いであった。


 フェルナンはエメラルドより四つ年上で、背が高く端正な顔立ちをしていて、頭もよくとても優しく誰からも好かれる存在だった。


 エメラルドがそんなフェルナンと生活するうちに恋心を抱くようになっていったのは、当然のことだったのかもしれない。


 一番近い立場の女性としてエメラルドはきっとこの義兄は自分のことが好きなのだと思っていたし、婚姻するつもりでいた。


 なので、気持ちを隠さずいつもフェルナンのあとを追いかけていた。


 だがフェルナンはそんなエメラルドに対して妹以上の感情を示すことは一切なく、いつもエメラルドのことを大切な妹だと言っていた。


 エメラルドはそれは自分が幼いからだとずっと思っており、適齢期になればそれなりに女性として扱ってくれるものなのだろうと思っていた。


 そんなある日、いつものようにフェルナンと一緒に出かけようとすると、フェルナンはひとりで出かけてしまっていた。


「酷いわお兄様ったら、ひとりでどこかへ出かけてしまうなんて!」


 エメラルドがそう呟くと、セレストがエメラルドをたしなめた。


「エメラルド、あなたももう立派なレディでしょう? いい加減兄離れしないと。それにフェルナンは今日はパシュラール男爵令嬢とお出かけしたみたいよ? 邪魔してはいけないわ」


「えっ?! お兄様が? クロエと?」


 クロエ・パシュラール男爵令嬢はフォルトナム家の隣に住んでいるいわば幼馴染の令嬢だった。


「そうよ、これからは邪魔したらだめよ」


 セレストはそう言うと自室へ戻っていった。


「お兄様がクロエと? どういうことですの? もしかしてお兄様は……」


 エメラルドはそう呟いたところで頭を金槌で撃たれたような衝撃を受け、突然思い出す。


「あっ、これ小説の世界だ……」


 そう呟き、周囲を見渡すと景色が歪みエメラルドはその場に倒れてしまった。


 目が覚めると、自室のベッドに寝かされており心配そうにセレストがのぞき込んでいた。


「エメラルド、大丈夫? 体調はどう?」


「お母様……。だ、大丈夫ですわ」


 そう答えてエメラルドは起き上がった。


「だめよ、寝てなさい。倒れたんですもの、少し休んだほうがいいわ。そう、フェルナンが帰って来たみたいだから呼んであげるわね」


 そう言うセレストをエメラルドは慌てて止めた。


「い、いいの! お母様、お兄様は呼ばないで!」


「あら、いつもなら喜んでフェルナンを呼ぶのに、あなた本当に大丈夫?」


「お母様、大丈夫ですわ。(わたくし)ももう十五になるんですもの。いつまでもお兄様のことを追いかけていられませんわ!」


 すると、セレストは優しく微笑んだ。


「そう、立派なレディですものね。追いかけるより、追いかけられなくては」


「はい。とにかく今日は少し休みますわ」


「わかったわ、お父様にもそう伝えておくわね」


 セレストはそう言って出ていった。


 部屋でひとりになるとエメラルドは小説の内容を一生懸命思い出す。


 その話はヒロインのクロエが身分違いと知りつつフェルナンに恋してしまい、諦めようとするがフェルナンに愛されそして結ばれる、そんなラブロマンスだった。


 エメラルドはそんな二人の仲を裂こうと邪魔をし、ヒロインに嫌がらせをする令嬢で最終的にはフェルナンに嫌われたうえ、父親であるジョルジュにこっぴどく叱られて年上の男爵に嫁がされてしまうのだ。


(わたくし)は絶対にお兄様に好かれることなんてないんだわ。こんなことなら好きになる前に前世のことを思い出せていればよかったのに……」


 エメラルドはショックを受け涙が止まらなくなった。


「自分がお兄様に一番近い存在だなんて、なんて傲慢だったのかしら。お兄様は(わたくし)のことなんてなんとも思っていなかったのよ……」


 そう言うと、思い切り声を出して泣いた。


 翌日、エメラルドはなんとかベッドから出ると鏡を見つめた。


「ふふっ。ひどい顔。化粧でなんとか誤魔化さないと」


 そう言うと、念入りに化粧を施し部屋を出た。すると、廊下でフェルナンに出くわす。


「エメラルド、おはよう。体調はもう大丈夫なのか?」


「お兄様、おはようございます。もう大丈夫ですわ。ご心配おかけしました」


「そうか、よかった。私は朝食を食べるところだ、一緒にどうだ?」


 フェルナンはそう言うと手を差し出し優しく微笑んだ。


 以前はこの優しさを勘違いしていた、だからこそどんな用事があろうとフェルナンの誘いを断ることなど絶対になかった。


 だが、今はよく分かっている。


 この優しさは、兄が妹を思うものであって恋愛的な要素は一切含まれていないのだということを。


 エメラルドはその優しさが今は辛いと思いながら首を横へ振った。


「お父様に用がありますの。では、失礼いたしますわ」


 そう言って、フェルナンの横を通り過ぎジョルジュの書斎へ向かった。


「お父様、入ります」


「どうした?」


 そう言って、ジョルジュは机から顔を上げるとエメラルドを見て心配そうに言った。


「エメラルド、なにかあったのか?」


「な、なにもありませんわ」


「嘘をつけ、お前のことならすぐにわかる。なにかあったのだろう?」


 エメラルドはなんとか微笑んで返すと言った。


(わたくし)は、もうそろそろ兄離れをしようと思いますの。だから、例の婚約の話を進めてほしいんですの」


「アルヴィド・ダントリク候爵子息とのか?」


「そうですわ」


 するとジョルジュは腕を組み、自身の顎を撫でながら渋い顔をした。


「だがなぁ」


「お父様、(わたくし)は真剣ですわ」


「まぁ、あいつにもいい薬になるかもしれん。わかった、だがまずは少しアルヴィドと話してからでもいいんじゃないか? ほら、相性もあるだろう?」


 エメラルドはこの返事を不思議に思った。政略結婚が当たり前なのに、相性の話をされるなんて思いもしなかったからだ。


「相性? お父様は喜んでくださると思ってましたのに」


「そうか? 私には私の考えがあるんだよ。じゃあ今度屋敷に来るようアルヴィドには言っておく」


「ありがとうございます」


 そう言って書斎を出ようとしたところで引き止められる。


「待てエメラルド、朝食はこれからか?」


「はい、これからですわ」


「ならば私も一緒に食堂へ行こう」


 そう言うと、一緒に食堂へ向かった。食堂ではフェルナンが先に朝食を取っていた。


「おはよう、フェルナン」


 ジョルジュはそう言って、エメラルドに椅子を引きフェルナンの斜向かいに座らせると、自分はフェルナンの向かいに腰掛けた。


「そうそう、フェルナン喜べ。エメラルドが婚約する」


「お父様?!」


 エメラルドは驚いてジョルジュの顔を見た。ジョルジュは楽しそうに話を続ける。


「なんだ、いいじゃないか。喜ばしいことだろう?」


「そ、そうですけれど」


 そう言ってエメラルドが複雑な気持ちでフェルナンの方を見ると、フェルナンはホッとしたような顔をしていた。


 エメラルドはそれを見て、わかってはいてもあからさますぎると内心とても落ち込んだ。


 そのあとはジョルジュとフェルナンがなにか話をしていたが、まったく耳に入らず味のしない朝食を取ると先に部屋へ戻った。


 エメラルドは部屋へ戻ると、窓際に腰掛け外を見つめた。


 するとちょうどフェルナンが出かけるところだった。


 目を逸らそうとしたとき、クロエが満面の笑みで駆け寄るのが見え目が離せなくなった。


 そうして見つめていると、クロエがこちらに気づきニヤリと笑いフェルナンの腕に手を絡ませた。


 エメラルドは思い切り下唇を噛み締める。


「悔しい」


 そう呟くと、大粒の涙をこぼした。


 その日の夕方、エメラルドは帰ってきたフェルナンと会いたくなくて体調が悪いからと自室にこもった。


 だが、その日の夜中眠れずに過ごすうちにお腹が空いてきてしまい、我慢できなくなった。


「こんなときでもお腹が空くなんて、(わたくし)って図太いのかも」


 そう呟くと、部屋を抜け出し何か食べるものがないか探しに行くことにした。


 そのとき食堂に入ったところで、寝間着の襟の部分を引っ掛けてしまい思い切り破いてしまった。


「もう、やだ。この寝間着気に入ってましたのに」


 エメラルドは大きくはだけてしまった胸を隠しながら、なんとか台所でブドウとチーズを見つけた。


「これでパンがあればもっといいのだけど、あるわけないわよね」


 そう言った瞬間、後ろから声をかけられる。


「なにをしている!」


 振り返ると、フェルナンが立っていた。


「お兄様?! (わたくし)ですわ、エメラルドです」


「エメラルド? なぜこんなところに?」


 エメラルドは苦笑しながらランプで胸に抱えていたブドウとチーズを照らした。


「お腹が空いてしまって、お父様とお母様には黙っていてくださるかしら?」


 するとフェルナンはさっと目を逸らし、ひどく動揺したように答える。


「んな、そ、そうか。いいと思う。うん」


「お兄様?」


「エメラルド、わかったからその、ランプを消してくれないか? その、胸が……」


「胸?」


 そう答えて寝間着が破れはだけていることを思い出し、慌ててフェルナンに背中を向けた。


「あの、違いますの! さっき引っ掛けてしまって……」


「わかった。とにかく早く部屋に戻ったほうがいいだろう」


 そう言うとフェルナンは上着を脱いで、そっとエメラルドの肩にかけた。


「お兄様、ありがとうございます」


「いいから、早く部屋に戻れ」


 そう言われ、エメラルドはそんなに嫌がらなくてもこのまま襲ったりしないのにと、少しムッとしながら部屋へ戻った。


「なによ、あんなに嫌がらなくても……」


 そこまで言って、きっとフェルナンはあんなところを見られたりすれば義兄が義妹を襲おうとしたと思われるのを恐れたのでは? と思い至る。


 そんなことになれば、確実にエメラルドと婚姻させられるだろう。


「なによ……」


 エメラルドはそう呟くと、泣くのは今日までと決め思い切り泣きながらチーズにかじりついた。


 一緒に住んでいるため、避けるのは難しかったがそれでもエメラルドはなるべくフェルナンに会わないようにして過ごした。


 そんなある日、フェルナンと時間をずらして昼食を取っていたのにも拘らず、食堂でフェルナンに会ってしまった。


 一瞬立ち止まり、忘れ物をしたふりをして部屋へ戻ろうかとも思ったが、それではこちらが意識しているとばれてしまうと思い、なんでもない顔をしてそのままフェルナンの向かいに腰掛けた。


「お兄様、この時間に昼食を取るなんて珍しいですわね」


 フェルナンはエメラルドに優しく微笑む。


「そうだな。それよりエメラルド、一緒に住んでいるのに顔を見るのが久しぶりに感じるな」


「そうでしたかしら?」


 そう答え微笑み返した。


「そうだ、久しぶりに午後から一緒に出かけないか? 今リアトリスが満開らしい、見に行こう」


 どういう風の吹き回しだろう、そう思いながら今朝ジョルジュにアルヴィドが訪ねてくると言われたことを思い出す。


「お兄様、ごめんなさい。今日は午後から用事がありますの」


「そうか、なら今度近いうちに」


 エメラルドは苦笑しながら答える。


「お兄様、(わたくし)今度婚約しますのよ? もうお兄様とは出かけませんわ」


 エメラルドはそう言うと席を立った。するとフェルナンはエメラルドの腕をつかんだ。


「エメラルド、本当に婚約するつもりなのか? 他の男と?」


「お兄様?! なにを言ってますの?」


 エメラルドはそう答えて手を振り払った。そしてこれは恋愛的な感情からくる行動ではなく家族としての感情で動いているのだとあらためて自分に言い聞かせる。


 そうしてなんとか自分を落ち着かせると言った。


「お兄様、(わたくし)のことが心配なのはわかります。でも、(わたくし)大丈夫ですわ。それに、過保護なのはお父様とお母様だけで十分!」


 そうして部屋へ戻った。


「お嬢様、アルヴィド様がいらしてます」


 メイドにそう言われ、エメラルドは庭で待っているアルヴィドの元へ向かった。


「ごきげんよう、アルヴィド様」


「やぁ、エメラルド。招待してくれて嬉しいよ」


 アルヴィドはフェルナンと同じ年齢で、二人は仲がいい。昔はよく遊びに来ていたものだが、最近は家のことが忙しいらしく、ほとんど遊びに来ることはなくなっていた。


「久しぶりですわね、こうして一緒にゆっくり過ごすのは何年ぶりかしら?」


「そうだな、三年ぶりぐらいか? それにしても……」


 そう言うとアルヴィドはしみじみとエメラルドを見つめる。


「なんですの?」


「いや、あの可愛らしい女の子がこんなに素敵になるなんて……」


「ありがとうございます。アルヴィド様も素敵ですわ」


 すると、アルヴィドは視線をそらし照れくさそうに微笑むと、あらためてエメラルドを見つめる。


「ところで今度の舞踏会、一緒に行ってくれないか?」


「もちろん、いいですわ」


 すると、アルヴィドは嬉しそうに微笑む。


「本当に? てっきり断られるかと」


「なぜですの?」


「いや、君はもしかしたらフェルナンと出るかもしれないと思っていたんだ」


 エメラルドは苦笑した。


「お兄様は好きな人と出ますわ」


「好きな人?! あの、フェルナンが? 君以外の? まぁいい。当日楽しみにしているよ」


「はい、よろしくお願いいたしますわ」


 こうしてアルヴィドはエメラルドと舞踏会に出る約束をし、少し話をしたあと帰っていった。


 それをエントランスで見送ると考える。


 きっとアルヴィドと婚姻すれば幸せになれるだろう。少なくとも、こっぴどくフェルナンに振られたうえに、好きでもない男爵と婚姻させられる未来は避けられる。


 これでいいんだわ。


 そう思いながら壁にかけられているフェルナンの肖像画を見つめた。


「お兄様……」


 すると、背中になにかが触れ、背後に誰かが立っていることに気づく。


「エメラルド、お前は本当に私のことを諦めるのか? いや、諦めることができるのか?」


 その声でそれがフェルナンだと気づくと、エメラルドは咄嗟にそこから逃げようとした。だがフェルナンはそのまま壁に両手を着いてエメラルドが逃げられないようにした。


 エメラルドはフェルナンが自分を諦めずにつきまとうことを心配し、こんなことをしてしまうぐらい追い詰められているのだと気づくと申し訳なく思い、振り向くことができなかった。


 自分の気持ちがそこまで迷惑に思われていたのだとわかり、涙がこぼれそうになるのをぐっとこらえる。


 そうして、そのまま前方を見つめて言った。


「もちろん、諦めますわ。だから、そんなに心配しなくとも大丈夫ですわ。安心してくださいませ」


 するとフェルナンはエメラルドを抱きしめた。


「違う、エメラルド。そうじゃない。そういうつもりじゃないんだ」


 エメラルドは勘違いしそうになりながらも、その考えを否定するとフェルナンの腕を振り払いフェルナンの方に向き直って微笑んだ。


「お兄様、(わたくし)なら大丈夫ですわ。お兄様もいい加減に妹離れしてくださいませ」


 そう言って目を逸らし、呼び止められるのを無視して自室へ戻った。


 そうしてそれからは絶対にフェルナンに会わないようにして過ごした。


 舞踏会当日になり、フェルナンとクロエが仲良く舞踏会に出かけて行くのを見たくなかったエメラルドは、アルヴィドと早めに約束をした。


 そうして準備してエントランスで待つあいだ、小説の内容を思い出していた。


 フェルナンは身分違いを理由に断るクロエを説得し、なんとか舞踏会へ行くとバルコニーで跪いてプロポーズするのだ。


 それを思い出すと、エメラルドの視界は霞んだ。


「エメラルド、もう行くのか?」


 その声に振り返ると、フェルナンが正装をして立っていた。


 かっこいい。やっぱり、フェルナンが好きだ。


 そう思いながら無理に微笑む。


「えぇ、アルヴィド様と約束してますの。それにしても、お兄様とても素敵ですわ」


「そうか……」


 そこへちょうどアルヴィドがエメラルドを迎えに来た。


「待たせたかな?」


 アルヴィドはそう言うと手を差し出す。エメラルドはその手を取り微笑む。


「いいえ、ぴったりですわ」


「じゃあ、行こう」


 そう言うとアルヴィドはフェルナンを見つめて言った。


「そういうことで、フェルナン。エメラルドは僕がもらう」


 そして馬車に乗り込んだ。


 馬車が出てからも、フェルナンとクロエのことが頭から離れなかったが、せっかくアルヴィドが誘ってくれたのだから、今はフェルナンのことを考えるのは辞めようと切り替えることにした。


 会場に着くとアルヴィドがエメラルドを楽しませようと、絶え間なく色々話をしてくれたおかげでしばらくフェルナンのことは忘れ楽しく過ごすことができた。


「踊ろう」


 そう言われ、アルヴィドと何曲か踊ったあと視界の隅にクロエがフェルナンの腕にすがっているのが見えた。


 エメラルドはいよいよ物語のクライマックスが始まる。そう思い、思わずそこから目を逸らし俯いた。


「エメラルド、どうした? 気分が悪いのか?」


 アルヴィドは心配そうにエメラルドの顔を覗き込む。


「い、いえ違いますの」


「そうなのか? だが顔色がわるい。少し風にあたろう」


 そう言うとエメラルドをエスコートしバルコニーに出た。


 そこで、エメラルドはそのバルコニーがフェルナンとクロエが永遠の愛を誓い合う場所だと気づき、一気に気分が悪くなる。


 なんとか二人がバルコニーに出てくる前に、この場を去らなければ。


 息を整えながらそう思っていると、アルヴィドが急に目の前に跪いた。


 そうして懐からリングケースを取り出し、それを開いてこちらに向けて微笑む。


「エメラルド、君のことを絶対に幸せにする。どうか僕を選んでくれないか?」


 エメラルドはフェルナンを諦めアルヴィドと一緒になると心に決めていたが、いよいよとなると手が震えた。


 そうして、覚悟を決め震える手でそれを受け取ろうとした。


 そのとき、誰かがものすごい勢いでバルコニーへやってきた。


 それはフェルナンとクロエだった。 


 それに気づくと、このままでは二人が結ばれるその瞬間を目の当たりにしてしまう。そう思い、慌ててその場から去ろうとした。


「待ってくれ!」


 フェルナンはそう叫び、エメラルドを抱きしめアルヴィドから引き離した。


「だめだ、やはりお前にエメラルドを渡すことはできない。いや、お前以外の誰にも渡すつもりはない!!」


「お兄様?!」


 エメラルドは驚いてフェルナンを見つめた。すると、フェルナンはエメラルドを熱っぽく見つめ返す。


「エメラルド、今さら遅いのはわかっている。だが、それでも言わせてくれ。エメラルド、好きだ、愛している」


 それを聞いて内心呟く。


 勘違いしてはだめよ、エメラルド。


 そして、深呼吸し自分を落ち着かせるとフェルナンから体を離して言った。


「お兄様、それはわかってますわ。妹としてお兄様が(わたくし)のことを大切に思ってくれていること。ありがとうございます。大丈夫ですわ、(わたくし)絶対に幸せになりますから」


 そう言ってアルヴィドの方へ歩き出したが、腕をつかまれ引き寄せられるとそれを阻止された。


「違うんだ、違う。お前のことを妹だと思ったことなんてない。いや、無理やり妹だと思い込んでいた」


 エメラルドは驚いてフェルナンを見つめた。


「えっ? どういうことですの?」


 すると横で跪いていたアルヴィドが立ち上がって言った。


「やっと正直になったかフェルナン。お前分かり易すぎなんだよ。昔からエメラルドしか見てなかったくせに。じゃあ邪魔者は消えるとするか」


 そう言ってアルヴィドは会場へ戻っていった。


「お兄様?」


 エメラルドは訳がわからずフェルナンをただ見つめた。フェルナンは包むようにエメラルドの頰に両手をあてると囁く。


「エメラルド、愛してる。ずっと、会ったときから好きだった」


「でも、お兄様は……」


 そう言ってクロエを見た。クロエは鬼の形相でこちらを睨んで言った。


「そうよ、エメラルド。あなたはどう頑張っても所詮妹なのよ? 出しゃばらないで! 悪役令嬢のくせに!!」


 するとフェルナンは鋭い視線をクロエに向けて言った。


「黙れ! 勝手についてきて好き放題言わないでもらいたい。だいたい、君には付き合えないとはっきり断ったはずだ。最後に一度どこかに出かけたいと言うから、それにも付き合った。これ以上どうしたいと言うんだ」


「そ、そんな。でも、フェルナン様は(わたくし)のことが好きなはずです!」


「そんなことを言ったことも思ったことも一度もない。諦めてどこかへ行ってくれないか」


 クロエはしばらくフェルナンを睨むと言った。


「後悔しますわよ」


「君の方こそ、私にそんなことを言って後悔することになるだろう」


 するとクロエは悔しそうにエメラルドをチラリと見て会場へ戻っていった。


「お兄様、どういうことですの? クロエを追いかけなくてよろしいの?」


「私が愛しているのは今も昔もお前だけだ」


「わかってますわ。でも、それは妹としてですわよね?」


「違う、私はお前をひとりの女性として愛している」


「でも、そんなこと今まで一言も……」


「考えてごらん。一緒に住むのに、邪な気持ちをずっと抱えている訳にはいかなかったんだ。だから、家族だと思うようにした」


「じゃあなぜ婚約すると言ったときにホッとした顔をしたんですの?」


「あのときは自分の気持ちを抑えていたから、妹が幸せな結婚ができると思って嬉しかった。だがあの日、お前と夜中に食堂で会ったあのときだ」


 そう言われ、エメラルドは恥ずかしくなって言った。


「もう、忘れてくださいませ! 夜中に食べ物を漁るなんて……」


「いや、そこじゃない。あのとき寝間着が……」


 そう言われ、エメラルドは真っ赤になり両手で顔を覆った。


「お兄様、や、やっぱり見えましたの?」


「すまない。見た。あれでお前を完全に妹として見れなくなった」


「んなっ!」


 エメラルドは恥ずかしさから、顔から火が出そうだった。


「エメラルド、お願いだ。愚かな義兄だが、それでも見捨てず私を選んでくれないか?」


「でも、お父様が反対しますわ」


「大丈夫、もう許可はもらった」


「で、でもお母様も反対しますわ」


「お母様にも許可はもらっている。あとはエメラルド、お前の返事次第だ」


 エメラルドは啞然としながら、いつの間に両親から許可をもらったのだろうとしばらく無言でフェルナンを見つめた。


「エメラルド、愛している。昔からお前だけだ。お前しか見ていない」


 そう言うと跪き両手を広げた。エメラルドはしばらく躊躇したが頷くと、その胸に飛び込んだ。


「あぁ、エメラルド。早く婚姻しよう。私はもう我慢かできそうにない。お前をすぐにでも私のものにしてしまいたいよ」


 エメラルドは恥ずかしくて顔を隠す。


「お兄様。ま、まだだめですわ。そんな、そんなこと考えたこともありませんもの……」


「そうなのか? 私は最近ずっとそうなることを考えていた。それと、もうお兄様と呼ぶのもだめだ。私は今日からお前の兄ではなくなるからね」


 そう言うと、エメラルドの顎に手をあて深く口づけた。


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