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死霊術士に優しいギャル

 俺が得た天命職クラス『死霊術士』は一般人、冒険者問わず不人気な存在である。


 まあそうだろう。死者の魂を呼び寄せて使役し、死体を手勢として魔物と戦わせる姿など常識的な価値観の持ち主であれば嫌悪感を抱いて当然だ。


 不道徳で不衛生で不気味。他人からそう認識されるのも仕方ない。当然、好きこのんで俺を依頼(クエスト)に誘う物好きな冒険者などそうそういやしない。


 加えて生来の人付き合いの悪い性格。俺がぼっち冒険者の道を歩むのも必然であった。


 半年前までは。


「――おーい、死霊術士くーん!」

 冒険者ギルドロビーにたたずむ俺の耳に、雑多な喧噪けんそうに負けない快活な声が飛んできた。


「剣聖さん」


 声の主へと控えめに手を上げると、金髪サイドテールの女性は人混みをかき分けて軽快な足取りで駆け寄ってくる。彼女の背後ではひとりの男が引き留めるような素振りを見せていた。


 彼女は剣聖さん。ギルドで知らぬ者はいないほどの有名冒険者である。

 極めて珍しいクラスの取得者であり、その実力は一級品。容姿も完璧に整っており性格も明るく社交的……と、誰もが認める人気者なのである。


 俺の人望とはまるで雲泥の差。パーティー勧誘だって引く手あまた。

 本来ならわざわざ俺と組む必要なんてまるでないのだが――半年前にちょっとした縁でクエストに同行して以来、しばしば彼女の方からパーティーに誘ってくるようになった。


「おいすー。待たせちゃった?」

「いや。俺もさっき来たばかりだから」

「ならばよき!」


 そう言って剣聖さんは笑った。まるで表裏を感じさせない笑顔。初夏のからりとさわやかな日差しを浴びるような心地だった。


 なぜ俺なんかと、なにか裏があるんじゃないか……と当初は(いぶか)しみもした。だが屈託のない態度に接し続け、そんな邪推もすっかり霧散していた。いまでは互いに信頼できる仲間として認め合っている。


「じゃあ前に言ったとおり、北部大森林の魔物討伐に向かおうか。今日は二人しかいないからいつも以上に頼むぜー、死霊術士くん!」


 ちなみに普段は剣聖さんの友人冒険者たちも一緒なのだが、今回は都合が合わなかった。


「うん」

「元気ないぞー、ほらもっと大声で、おー!」

「……おー」

「もうひと声!」

「お、おー!」

「合格!」


 剣聖さんが上機嫌でサムズアップ。まるで他愛のないやり取りが、長らくぼっちだった俺の心に優しく染み込んでいく。


 仲間っていいものだな……と温かな気分に浸っていた俺だったが、


「……おいおい。連れねぇじゃねえか剣聖ちゃん」

 出し抜けに飛んできた声で我に返る。見れば、さっき剣聖さんを引き留めていた男がすぐ近くに来ていた。


「だからごめんって。先約はこっちだから」

「いいじゃんか。そんなやつ放っとけよ。オレは有能だぜ? 魔術師だし、剣聖ちゃんとは絶対パーティー相性バッチリだって思うんだよね」

「うーん。じゃあさ、三人でクエスト出るってのはどーかな?」


 俺に「いいかな?」と尋ねる剣聖さん。だが俺が返事をする前に魔術師を名乗った男は露骨に不服そうな声を吐き出した。


「は? なんで死霊術士なんかと組まなきゃなんねーんだよ」

 じろり、とぶしつけに俺をにらみつけてくる。


「ありえねーわ。こんな冒涜的な奴。霊魂とかキモイんだよ。こいつなんていなくても後衛はオレひとりで十分なんだ。てめえせいぜい死体とでも遊んでろや」


 無遠慮に好き勝手言われる。とはいえ、いつものことだ。不愉快ではあるが慣れている。適当に聞き流していればいい。


 だけど、いつもと違って今日は剣聖さんがそばにいた。


「……そっちこそありえねーんだけど」

 一段低い、怒りをはらんだ声が耳朶を打った。


「なに好き放題言ってんの。あんたに死霊術士くんのなにが分かるってのよ」

「え……ああ、いや……」


 思わぬ反応に魔術師はたじろぐ。構わず剣聖さんは畳みかける。


「それに"霊魂はキモイ"? "死体で遊んでろ"? そっちこそサラッと死者を冒涜してんじゃん。死霊術士くんは絶対そんなことしないし言わないわよ」


「……その……はは、やだなぁ、単なる軽い冗談だって……」

「面白くない。あんたいつもそれで笑ってるの? 最っ低」

「……う……」


 軽蔑もあらわに吐き捨てられ、魔術師は青ざめる。


 なにしろ周囲の冒険者たちもばっちり目撃しいるのだ。衆人環視のなか、普段温厚な剣聖さんの怒りを買う真似をした。今後の評判に大きく響くのは誰でも容易に想像がつくことであった。


「それと言っとくけどね、死霊術士くんすっごい頼りになるから。死霊術カンペキに扱えてるし、戦況よく見てて的確にあたしのフォローしてくれるし。普段だって細かいことにも気を配ってくれてるし、こないだなんてイスに乗ってた他人のゴミ拾って自分のポケットに入れてたし、めっちゃいい人なんだから」


 剣聖さんの口からすらすらと賞賛が出てくる。正直、前衛の彼女がよくそこまで後衛の俺を見ているな、と驚く――遅れて、普段から俺個人をよく見ている事実が胸に入り込み、心臓を跳ね上げさせる。


「そういう訳で、あんたなんかとはお断り。……ほら行こ、死霊術士くん」


 剣聖さんは俺の手を引いてロビーの外へと向かう。背後で魔術師がなにか言っていたが、彼女は振り返りもしなかった。


「……あー、あいつムカつく。なんだってのよ」

 しばらく町中を歩いてから、剣聖さんはそうつぶやいた。


「ごめん剣聖さん。俺のせいで変なことに巻き込んで」

「死霊術士くんは悪くないでしょー」

「うん。そうではあるけど。……ただまあ、死霊術を冒涜的に思うって感性そのものは間違いじゃないんだ。実際、霊魂や死体を道具みたいに扱う術士もいるし」


 もともとよい印象を持っていないところでそうした連中を目撃すれば、そりゃあ偏見も抱くだろう。


「本当なら俺たち当事者が率先してモラルを守らせなきゃいけないんだけど。冒険者ってよくも悪くも個人主義なところあるし……難しいよ。余所から見てまともな奴かどうかを区別しろってのも限度があるし」

「あたしは間違わないぜー? キミのことよく見てるから」


 剣聖さんは『にひーっ』といたずらっぽい笑みで俺の顔をのぞき込んできた。


 距離が近い。思わず手に力が入る。


 あっ、とかすかに剣聖さんの息が漏れる気配。


 そう言えば手を握ったままだった。慌てて離す。名残惜しい、と頭のどこかがささやくのをそっと払いのける。


「……ほら、ムツカシイこと考えてないで行こ! 前向き前向き!」

 一方の剣聖さんは特に気にする素振りも見せずさっさと先へ行く。後ろ姿がどんどん遠ざかっていく。


 さっきの魔術師みたいな相手はともかく、彼女は誰に対しても屈託がない。剣聖さんにとってはあれで普通の距離感なのだろう。俺が特別という訳じゃない。変に意識してもしかたがない。


「……ほら。走ると危ないよ」

 もやつく心へ言い聞かせつつ、俺は彼女の後を追った。





 クエストは順調そのものであった。


 なにしろ彼女は剣聖。その実力は若手冒険者の中でも傑出している。現にいまも集団で襲いかかる狼の魔物たちを舞うような剣捌きで次々と返り討ちにしていた。


 俺の目ではなにをどうしているのかさえ把握できない。彼女の均整の取れた肉体が躍動するたび、銀色の刃が木漏れ日にきらめくたび、一体、また一体と狼たちが地に伏していった。


(すごいな)


 胸中で感嘆をもらす。俺なんていなくても彼女ひとりでどうにかなるんじゃないか――卑屈でもなんでもなく、率直にそう思った。


 とはいえ俺だってサボる訳にはいかない。


「頼むよ」


 死霊を呼び寄せ、剣聖さんの後方にいる魔物たちへと差し向けさせる。敵の死角

――斜め後方に回り込ませ、霊魂が持つ魔力で生成させた魔法弾を放つ。


 命中。ギャッと悲鳴を上げて倒れ込む狼。間を置かずに魔法弾を連発させ、魔物たちを次々と射抜いていく。


 そのまま俺は狼の死体たちへと近づき右手をかざす。てのひらから赤い魔力の糸を伸ばし、彼らの身体へと差し込む。


 死霊術を行使。

 俺の魔力操作に合わせ、狼の死体たちが次々と立ち上がる。


「――行ってくれ!」

 四肢が大地を蹴る。死体たちが疾駆し他の狼たちへ雪崩を打って襲いかかる。


 かつての仲間に攻撃させる――という行為に思うところこそあるものの、まさか手加減する訳にもいかない。一体の敵へ複数体の狼を差し向け躊躇なく牙を突き立てさせる。また一体、魔物が倒れる。


 森の土に転がる無数の死体。当初は数十体ほど群れていた狼の魔物たちだったが、いまや立っているのは二体だけとなっていた。


 並の動物であれば不利を悟ってとっくの昔に逃げ出しているであろうが――あいにく魔物は好戦的な存在だ。怯む様子すら見せず剣聖さんへ飛びかかっていく。


「やっ!」

 短く叫び、飛びかかってきた一体を切り捨てる。半身を返し、別方向から襲い来る一体へ剣を振り抜く。


 だが最初の一体はまだ倒れていなかった。傷口から血を滴らせながらなおも爛々《らんらん》と敵意をみなぎらせている。なにかのはずみで微妙に急所から外れたらしい。


「剣聖さん!」


 反射的に死霊術を行使。一体の狼を敵に向け全力疾走。剣聖さんに飛びかからんとする敵の横っ腹へ砲弾のようにぶちかます。


 加減のない全力の体当たり。敵はうめき声を上げて土を転がる。一方、俺が操った死体も明後日の方向へと弾かれ、そのまま太い樹木に衝突する。


 そのころには剣聖さんが跳んでいた。倒れた狼に向けて鋭く切っ先を突き出す。


 短い断末魔。

 それを最後に騒乱の音は森から去り、あとには水を打ったような静けさだけが残った。





 俺は先ほど操った死体のそばで身を屈めていた。

 首が変な方向へと曲がっている。樹木にぶつかった衝撃で折れたようだ。


「無茶させてごめんな」

 そうつぶやいて立ち上がる。当然死体は痛みなど感じないだろうし、そもそも殺したのは俺だ。罪悪感など覚える資格もないのだが……それでも、苦い思いは拭いきれなかった。


「そういうとこだよ」

 ふと、背後で剣聖さんが口を開いた。


「?」

「そこがキミのいいところ。死体を道具扱いしない。そういう接し方が普通だと思ってる」


「……ただの自己満足だよ。彼らの意思を無視して勝手に操った、その後ろめたさを誤魔化してるだけさ」

「でもこの人(・・・)たちはそう思ってないみたいだよ」


 剣聖さんにうながされ周囲を見回す。俺が呼び出した霊魂たちが剣聖さんに同調するように揺れていた。


「それに勝手に操ったって言うなら、それに助けられたあたしはなおさら責める資格なんてないよ。……遅れたけど、助けてくれてありがとう」


 剣聖さんが頭を下げる。


「だからさ、そんなふうに卑下しないでよ。あたしは胸張って『死霊術士くんに助けられた』って言いたいからさ。それにあたし、キミの誠実なところが……その、いいところだなって思ってるし。だからそのせいで悩んでる姿見るのはあたしも嫌なのですよ」


 俺をいたわるような声色。剣聖さんの真心が耳にするりと入り込み、ざわつく心を優しく撫でてくれるような――そういう気分だった。


 ……そうだな。ここでウジウジしていても仕方ない。悩むことは必要かも知れないけど、それはいまこの場所でじゃない。


 時間はいくらでもある。自分なりに心の置きどころを少しずつ探っていけばいい。


「……うん。ありがとう剣聖さん。それと君たちも」

 周囲に漂う霊魂たちへ言い、送還術を行使。霊魂たちは空気に溶け込むようにゆっくりと消えていった。


「それじゃあ討伐記録を確認して戻ろうか。……あれ」

 倒した魔物の魔力を吸収する水晶記録体(クリスタル)を腰のポーチから取り出そうとした時、剣聖さんの髪に木の葉が乗っているのに気づいた。


「? どしたの」

「葉っぱついてるよ」


 そう言って剣聖さんの髪へ右手を伸ばす。木の葉がついていたから取る、ただそれだけの意味しか持たない本当に何気ない行動だった。


 意表を突かれたような青い瞳が飛び込んできた。手のひらをくすぐるきめ細やかな髪。


 今さらのように、とんでもないことをしでかしたのに気がついた。


「ごっ、ごめんっ!」

 身を弾くように後ずさる。右手に残るさらりとした感触が離れてくれない。やかましいほどに心臓が暴れる。


 恐る恐る剣聖さんの表情をうかがう。どうやら怒ってはいないようだけど……。


「……死霊術士くん、意外と大胆じゃーん」

「いやっ、本当ごめんっ。別に他意はなくって、ただこう、なんかやっちゃったって言うか……。面目ないっ、嫌だったよねっ」

「んーん。全然」


 剣聖さんはからからと笑っていた。そこに嫌悪の色は欠片もない。


 ……よかった。たぶん嫌われてないっぽい。というかなにやってんだ俺。どんなうっかりだよ馬鹿。


「ほら死霊術士くーん。早いとこ確認済まそうぜー」


 剣聖さんはさっさと背を向け自分のクリスタルを取り出した。互いのクリスタルに表示される数字と実際に倒れている魔物の数とを突き合わせ、間違いがないかを確認するのである。


 さて作業を始めようか、と視線を落とした時、


「……のに……」

 剣聖さんのささやきが微風に乗って届いた気がした。


「? なにか言った?」

「っ、ううんっ、なんでもっ!」


 尋ねてみるが、剣聖さんはこちらを見ずに首を振った。なぜか声が上ずっている気がする。


 ……まあいいや。きっと空耳だろう。


 ただ……もしも仮に気のせいでなかったのだとしたら、俺の耳にはこう聞こえたように思えるのだが――


『もっとしていいのに』


 ……いやいや。まさかね。さすがにそれは自意識過剰だ。


 作業しながら、俺は剣聖さんの横顔をちらりと覗いた。頬がかすかに染まっているようにも見えたが、それ以上は分からなかった。

お読みいただきありがとうございます。

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ゲームの悪役転生ものです。


■クズ男爵Re ~ストーリーの途中で殺される悪役貴族に転生したので運命変えてみる~

https://ncode.syosetu.com/n2904jb/

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