0歳 2日目 私の秘密
──「交易街ノラク」正門前
「ふむ、まだ明けの星が輝き始めたばかりですな」
怪僧ガラントは私たちを見て口を開いた。
大柄な体躯、丸太のような手足、異様な風体に反して柔和な微笑み。
その佇まいは彼が紛れもない実力者であることを示していた。
「これこそ余計なお世話かもしれないが無理すんなよ」
「サラさん……」
ジェイデンとエリは二人して心配そうな声を私にかける。
「いやいや~、おねえちゃんなら楽勝だよね」
「うん、楽勝」
「だから二人も安心してください」
「お、おう……」
「こっちが緊張で倒れちゃいそう……」
しかも酒場にいた他の冒険者たち以外にも話を聞きつけた人々が観衆を形成していた。
「怪僧ガラントとSランク冒険者が力比べするってよ」
「エレオノーラが来るってのに実力者は本当に何考えてるかわかんないな」
「魔法禁止だって」
「俺はガラントに賭ける!」
「俺も!」
「私はSランク冒険者!」
「なんじゃなんじゃ」
「なんの騒ぎじゃ」
「げっ、首長」
「儂もおなごに賭けようかの~」
「おい、首長が女の子に賭けたぞ!」
「ガラントが勝ったら大儲けじゃねえか!」
「ガラントやっちまえー!」
ガラントは観衆の騒ぎになんの反応も示さずに立ち尽くしていた。
「ガラントさん」
「ルールは魔法禁止だけでいいんでしたよね?」
「もちろん殺しは禁止ですぞ」
「分かっています」
「じゃ、いきますね」
私はゆっくりと歩きながらガラントの手足が届く範囲に入っていく。
お互い素手の射程圏内まで入り、私はガラントの顔をゆっくりと眺めた。
「おお、なんか睨み合ってるぞ……!」
「圧がすげェ!」
「まるで興行じゃの~」
「ジェ、ジェイデン、ドキドキするよ~!」
「……黙って見てろ」
正面に立ってもガラントは何もしてこない。
先に殴らせてあげようと思ったんだけど……。
相手も同じことを考えているようだった。
「お先にどうぞ」
「貴女こそ」
「じゃあ遠慮なく」
そう言いながら私はゆっくりと右手を上げてガラントの襟を握った。
「む?」
そして私は左手でガラントが着る服の胸元を握り込む。
さらに足をかけて自らの全身を反転させて──
その巨体を背負いながら一気に投げ飛ばした!
「ぐおっ!?」
「おご……ッ!!!」
全身を地面に叩きつけられたガラントは苦悶に顔を歪める。
私はミラシェルに生涯ひとつだけ秘密にしていたことがある。
その秘密がこの技には詰まっていた。
"背負い投げ"だ。
「な、なんだ!?」
「この技は!!!」
ガラントの表情は苦痛から驚愕に変わり、すぐさま起き上がる。
地面が割れてるのに頑丈だな。
「なんだあれ!」
「うおおおおおおお!!!!!」
「なんじゃなんじゃ」
「なんだっていうんじゃ~!」
「よく分かんないけどすげェ!」
「サラさん!」
「あいつ……!」
(おねえちゃん、何それ?)
(秘密)
私はカミサの念話に答えながら起き上がったガラントの手首を握る。
「ぬ、はやッ」
「そろそろ降参したほうがいいですよ」
握った手首をガラントが立つ方向に向かって押し込みながら足を進めていく。
「んぬっ、ぬっ、ぬっ、ぬっ」
「なんだこれは!?」
「抗えん゛!!!」
加えて自分の腰を反転させてガラントの背中側に入り込みながら、背中合わせの体勢を作り出した。
このまま私が握ったガラントの手を捻れば"小手返し"の要領で骨が折れてしまうだろう。
「まだやりますか?」
「ぬぐっ……ぬはははははっ」
「もちろんですとも!」
ガラントは力と技の両方で抗えないことを理解したのか、一気に地面を蹴り砕いた。
私がガラントを投げ落とした時点で地盤が脆くなっていたようで周囲一帯の大地が崩れ、二人揃って大穴に落下していく。
落ちながらガラントは叫んだ。
「確かに貴女の力と技はSランクの域に達しているようですな!」
「しかし冒険者の底力についてはまだ分かりますまい!」
やっぱりガラントには私の身分が嘘だとバレていたようだった。
カミサの詰めが甘いのか、それともわざとそういう風に身分を作ったのか……。
まあどっちでもいいか。
「サラさーーーーーん!」
「おいっ!」
「サラ!」
「んひひひ、おもしろぉ」
「うわぁあぁぁぁ!」
「エレオノーラが来る前に街がぶっ壊れちまうぞー!!!」
「正門前でなんちゅーことしてくれとんじゃ!」
大穴は観衆が立つ眼前まで広がり、大量の土砂が次々に呑み込まれていく。
するとガラントは落下しながら中空の岩を何度も乗り換え、私の死角から襲いかかった。
「へえ、怪僧って言われているだけあって」
「面白いことしますね」
「冒険者には臨機応変さが求められますから、なっ!」
ガラントは返事をし終えると同時に全力の拳撃を私に放つ。
まともな人間が受ければ全身が水風船のように破裂してしまうほどの威力に見えた。
本来なら。
「ぬッ!?」
私は手の平の側面と肘の動きで威力を背後に逃しながらガラントの拳を手前に引き入れる。
ガラントが横合いから殴りかかってきたことを活かし、そのまま私は空中で"アームロック"を仕掛けた。
「拙僧の奇襲も拳も、まるで通用しないとは……!?」
「そのうえ、この組み方……!?」
「このまま落ちたらあなたの腕が折れちゃいますね」
「どうしますか?」
「……貴女は慈悲の心も持ち合わせている」
「拙僧の負けですな」
地の底に落ちる直前、ガラントが降参の言葉を口にした。
私は組んでいた腕をほどきながら風魔法を解禁し、ゆったりと地面に足を着ける。
「あなたにはもうバレているみたいだから聞いておきたいんですけど」
「なんですかな?」
「どうして私がSランク冒険者じゃないと分かったんですか?」
「それはAランク冒険者なら当たり前の話ですぞ」
「Aランクになった時点でSランクに誰が在籍しているのかを知ることができる……」
「こんなことも知らずにそれほどの力と技を持つとは貴女は一体どんな存在なのやら」
そういうシステムがあったんだ。
これからは冒険者ギルドのことも良く調べないといけないのかも。
「あ、後は私が勝ったんですし」
「このことは秘密にしておいてくださいね」
「貴女からは邪念が感じられぬ」
「もちろん貴女の望み通りに協力しますぞ」
「ちなみにエレオノーラってなんですか?」
「うむむ……」
「……ランクに関係なくエレオノーラは全冒険者が知っていますぞ」
「歩く災害、生きる厄災、要塞潰し」
「彼女は数多の異名で呼ばれたSランク冒険者」
「通称"滅獄のエレオノーラ"」
「彼女は魔法を封印することに長けた最強の武闘家ですな」
そっか。それで魔法がないときの私の強さを気にしていたんだ。