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0歳 2日目 ミラシェルが愛した味

──「ノラク市街地」冒険者酒場


 エレオノーラ・ザンクシェイドってなんなんだろう……。


 そんな私の疑問を余所に酒場の中は勇み立った冒険者たちで盛り上がっていた。


 たぶん女性名なんだろうけど……。


「あ、ちなみに~」

「今日のお昼にエレオノーラはノラクの正門に着くみたいだよぉ」


「な、なんだってー!?」


「おい、もう準備しないと!」


「早く出るぞっ」


「私も鍛冶屋に預けていた剣を取りに行かなくちゃ!」


「俺は魔道具屋でありったけ買い込んでくるぜ!」


「よし、日が昇り切る前に正門で待ち構えるぞ!」


 カミサの一言を切っ掛けに冒険者たちが次々と酒場を出ていく。


 店内に残った冒険者は私たちの卓と……拙僧と言っていた大柄な男性だけだった。


「そろそろ注文した料理が来るころかなぁ」


「そういえばご飯食べるんだったよね」


「あの~……私たちも用意したほうが……」


 エリは私の顔色をうかがいながら口を開いた。


「カミサが言うにはお昼に来るみたいだし」

「急いでもしょうがないんじゃないですか?」


 一方、私は呑気な答えを返した。


「す、すごい……これがSランク冒険者の余裕……」


「俺らも今からやれることはない」

「まずは腹ごしらえといくか」

「どうやら、あんたがSランク冒険者ってのは本当みたいだな」


 ふーん、あのネックレスだけだと半信半疑なんだ。


 確かに偽物とかあるだろうし。


 そんなことを考えていたら卓の傍らに拙僧と言っていた男性が立っている。


「ふむ……しかしまさか"滅獄のエレオノーラ"がここを通るとは」

「神魔大陸からいつ戻ってきたのやら」


「えーっと、あなたは?」


「これは失礼」

「拙僧はシダル・ガラント」


「Aランク冒険者の"怪僧ガラント"!?」


 エリはまた驚きの声を発していた。


「ぬはは、そのようにも呼ばれておりますな」


「あ、すみません……」


「お気になさらず」

「拙僧も変わり者の自覚くらいはあるゆえ」


「今日は随分と有名人の名前ばかり聞くもんだな」

「あんたら二人を除いて」


 ぎくっ。


「余計な問題を呼び込まないために秘密にしてるんですよ」


「……そうかい」


 意外にジェイデンが食い下がることはなかった。


「それで貴女はどのように対処するつもりで?」


「え?」


 うーん……。みんな戦いの準備を進めてたし……。


 とりあえず武器を持たないといけないような相手なんだろうな。


「みんなと同じですよ」

「戦えばいいんでしょう?」


「……んぬ……ぬ……」

「ぬはっ、ぬはっ、ぬははははは」


 ガラントは奇妙な声で喉を鳴らしながら笑っていた。


「まさか貴女がエレオノーラの相手になるとでも?」


「ダメなんですか?」


「ふむ……何か考えはあるのでしょうが」

「Sランク冒険者といえど、それは無謀ですな」


 何が無謀なんだろう……。


 かといって今さらエレオノーラについて知らないとなると……。


 "Sランク冒険者なのになんで知らないの?"みたいな話から偽りの身分がバレかねない。


 ここはもう上手く話に乗るしかなさそうだ。


「貴女は腕力に自信があるようには見えませんからな」

「魔法の才覚によってSランク冒険者となったのでしょう」


「いえ腕力には自信があります」


(僕の首を素手で吹っ飛ばせるくらいには強いもんねぇ)


 カミサが念話で茶々を入れてきた。


「んぬっ、ぬはははは」

「またまたご冗談を」


「じゃあ試してみますか?」


「ちょ、ちょっとサラさん……!」


「おい、あんた……」


 エリとジェイデンは私を止めようとしてくる。


 でもこれ以上エレオノーラの話が続くと困るので他の部分に注意を逸らさないといけない。


「魔法は使いません」

「身体強化もしません」

「素の筋力だけであなたと戦いますよ」


「……そうですな」

「拙僧も心配事を抱えたままエレオノーラとは戦えませぬ」

「そしてもし嘘偽りがあれば貴女をエレオノーラと対峙させるわけには行きませんからな」


 あ……。これはSランク冒険者が偽の身分だとバレてるのかも。


 たぶん、この人は私みたいな人間がSランク冒険者たちの中にいないことを確信しているんだ。


「あっ、ご飯きたぁ~」


 一触即発な空気を意に介さずカミサは悠長な声を上げた。


「とりあえず食べてからでいいですか?」


 ガラントは少し黙り込んでいた。


 そして考える様子を見せてから口を開いた。


「よろしい」

「では拙僧は先に正門の前で待っていましょう」

「いつでもお好きなときに来てくだされ」


 まだ日も昇ってないのに気が早い人だな。


「わかりました」


(ほらほら、これが君が食べる人生初の料理さ)


 カミサは念話で私に食べるのを急かしてきた。


(これって……)

(ミラシェルが言ってたやつだ……)


 運ばれてきた大皿の上には大きな白身魚が乗っていた。


 その上には切ったレモンと彩り豊かな香草が添えられている。


 魚の下には黄色く染められた米が敷き詰められていた。


「はいっ、おねえちゃん」


 カミサは料理を大皿から小皿に分けて私に寄越した。


「ありがと」


 私は試しに一口食べてみる。


 口の中で柔らかく崩れ去る魚の身が美味しい……。


「僕の奢りだから二人も食べてよぉ」


「おう」

「悪いな」


「わぁ~い、いただきます!」


 子ども相手とはいえ冒険者ランクの違いがあるせいか、二人は遠慮なく料理に手を付けた。


 私もパクパクと魚と米を交互に口内に運んでいく。


 爽やかなレモンの酸味と香草の匂いが食を押し進める味だった。


 いつかミラシェルは言っていた──


──「今は滅んだ街」

──「かつて君の公爵領の端にはノラクという街があったんだよ」

──「そこで伝わっていた魚料理が僕は大好きなんだ」

──「まあ僕が食べたことがあるのは(のち)の世で再現された料理なんだけどね」


──「なんていう料理なの?」


──「ノーランジャ」


 これがそのノーランジャなんだ。


 かつて、いや未来のミラシェルが愛する味。


 だけどそのころには本元の料理法が失われていた味。


「カミサ、ありがとう」


「へへん、みんなドンドン食べてねぇ」


「おいしー!」

「やっぱりノラクの魚は美味しいね」


「あぁ」


 エリとジェイデンも食が進んでいるようだ。


(どうだい?)

(最高のチョイスでしょ~)


(うん、ありがとう)

(おかげで私とミラシェルの産まれた時間に差がある理由がわかった)


(……へ?)

(どゆこと?)


(私はミラシェルが好きなものを守るために早く産まれてきたんだ)

(そしてきっと私が処刑されて時間が巻き戻ることも決まってたことなんだよ)

(今ここに私がいることは運命なんだ)


(んひっ、んぐふふふふふふ!)

(君って本当に面白いねえ)

(そんなわけないじゃんか~~~!)

(神様の僕が保証するよ)

(そんなわけ! 絶対に! ないんだよ!)




(そんなわけなくても、そんなわけあることにする)

(私がそうする、私がそうさせる)

(この世界の運命をすべてミラシェルのために捻じ曲げてやる)

(すべての運命をミラシェルのためのものにしてやる)




(素晴らしい)

(やはり僕の目に狂いはなかった)




 カミサの普段とは違う声が脳内に響いた。


 きっと前の歴史では、このままノラクはエレオノーラに滅ぼされたんだろう。


 でも今の歴史では違う。私がこの街を守る。


 そして将来はミラシェルといっしょにノーランジャを食べるんだ。


 もしもミラシェルが浮気していたら、すべての浮気相手を殺した後にミラシェルの体と魂を魔法で縛り付けて無理やりつれてくるんだ。


 待っててね。ミラシェル。


 ミラシェルが安心して産まれてこれるように──

 あなたが産まれる前に失われていたものは全部私が守るから。




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