0歳 2日目 中級冒険者たち
──「ノラク市街地」冒険者酒場
「え、えーっと改めまして私はエリアノイア・シャヴィチと言います……」
私の正面に座った長い黒髪の子はドギマギしながら自己紹介をした。
「お二人のほうが年上でしょうし、かしこまらなくても構いませんよ」
「いや~、でも、ほら……ね?」
間違いなくSランクよりも冒険者ランクが低いんだろうな。
「ランクなんて気にしないでください」
「あんまり意味がありませんから」
私は適当なことを言った。
でも前に王宮でミラシェルから聞いた話だとSランク冒険者は怠け者が多い……というか大事になりすぎちゃうから普通の依頼は受けることすらできない。そんな話だった。
だからあながち間違いじゃないはず。
「じゃあ、そ、そんな感じで」
「エリって呼んでもいいですか?」
「あ、構いません」
エリはおずおずと返事をした。
「悪いが俺も恭しい態度は取れない」
「慣れてないからな」
「ジェイデン・ニーダル、Bランク冒険者だ」
「改めて私はサラエスキシア・エトラルム」
「サラと呼んでください」
「それとこっちは……」
私が隣に目を遣るとカミサが口を開いた。
「僕はカミサ!」
「孤児だったから家名はないんだよね~」
「こう見えてもAランク冒険者だよっ」
私はカミサの嘘身分を把握してなかったので勝手に説明してくれて助かった。
「え、え、Aランク……」
「そんなに小さいのに……」
エリがますます戦々恐々とした顔になる。
それにしても……私は隣に視線を移しながら考える。
ジェイデンは本当にミラシェルに雰囲気が良く似ている。
普通の人間ならそこまで似ていると感じないのだろうけど"私なら分かる"。
きっとジェイデンは王家の庶子を先祖か遠縁に持つ人に違いない。
それぐらい雰囲気が似ていた。
「それにしてもSランク冒険者がこんなところで何やってんだ?」
「そうですね」
「……知りたいですか?」
私はカミサみたいに勿体ぶって喋ってみた。
「……いや、やめとく」
「Sランク冒険者の目的なんて聞いたら何に巻き込まれるか分かったもんじゃないからな」
ジェイデンは私の意味ありげな表情から勝手に深読みしてくれたみたい。
「えぇー、私は気になるな~」
でもエリは能天気な様子だった。
「やめとけって」
「でもさ、このあたりで何か起きてるんだったら」
「私たちも協力しないと!」
エリは一言で善良な人間だと言えるような気の良い女子みたいだ。
ジェイデンはエリの素振りを見て思うところがあったのか、私に目的を聞き直す。
「ノラクに被害が出るような話なのか?」
「ん……えーっと……」
どうしよう。こういう嘘ってついたことない。
仕方ないから私はカミサに振ってみることにした。
「どう思う?」
「そうだねぇ」
「ほっといたらノラクがなくなっちゃうかも」
「え、なくなるって」
「消し飛んじゃうみたいな意味!?」
エリが口を大きく開けて驚きをあらわにした。
「くすくすくす、そうなんだよねぇ」
「だって"あの"エレオノーラ・ザンクシェイドがこの街を通るからさぁ」
カミサが聞き慣れない名前を口にした瞬間、酒場の空気が変わった。
エリにいたっては顔を青くして放心している。
「おい、それマジなのか」
「んぐふふふふ……」
「Aランク冒険者の僕がそんなデタラメ言うと思う?」
(ねえ)
(何それ?)
(くすくすくす)
(なんだろうねぇ~)
念話で聞いてもカミサは答える気がないみたい。
最初にカミサに返事をさせたのは失敗だったかも。
「……お前ならどうにかできるのか?」
ジェイデンが神妙な顔付きで私を見た。
「え?」
「まあ、Sランク冒険者ですから……」
私は良く分からないままに返事をしてみる。
「お前みたいなパッと見でSランク冒険者に見えない」
「実力を隠してるようなやつがなんでここにいるのかようやくわかったぜ……」
「実力を隠しているのはお互い様だと思いますけどね」
私が小さい声で口にした言葉を聞いてジェイデンは眉をしかめた。
(君が私を困らせたいのは分かったけど)
(ヒントぐらいくれてもいいんじゃない?)
(ヒント~?)
(それなら冒険者の基礎知識を教えてあげよう)
(このあたりじゃ実質Bランクが最高ランクなんだよぉ)
どうやらエレオノーラ・ザンクシェイドがなんなのか、私に教える気はないらしい。
「はあ……そういうことなら協力するぜ」
「わっ、私も!」
「せっかく馴染めてきたこの街が無くなるなんて嫌だもん!」
え?
なにこの流れ……。
ジェイデンとエリの声に続いて酒場にいた数々の冒険者たちが声をあげる。
「俺も戦うぜ!」
「そうだそうだ!」
「俺たちだってタダでやられるかってんだ!」
「拙僧も微力ながら……」
「私も協力するよ!」
「あたしだって……!」
みんな私を置いて勇ましい雰囲気で盛り上がっている。
もう今さらエレオノーラ・ザンクシェイドのことなんて聞ける空気じゃなくなっていた。