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処刑

──「アヴェルフェン王国」首都中央広場


「悪女!」


「汚らわしい」


「さっさと殺せー!!!」


「国の恥だ……」


「あのような者が生きているだけで女性の品位が下がりますわ」


「人間のクズが」


「罪状なんてどうでも良いから殺せ!」


「見て、あの顔。まさに魔女ね……」


「あんな女に誑かされるとは。おいたわしや、ミラシェル王子……」


「一体どんな神経しているのかしら」


「死ねーーー!!!!!」


 断頭台に掛けられて身動きが取れなくなった私の周囲にはありとあらゆる罵詈雑言が渦巻いていた。


 どうしてこんなことになったのだろう。


 私はただ婚約相手のミラシェルに幸せになってほしかっただけなのに。


「罪状を言い渡す!」

「サラエスタシア・ヴィンク・ブランシャード」

「貴女を国家騒乱、反逆、共謀等」

「計20以上の罪状によって極刑とする!」


「いいぞーーー!!!」


「早く殺せ!」


「いい気味ね……」


「とっとと首を刎ねろー!」


 民衆の前から振り返った罪状読み上げ人は私に問いかける。


「なにか言い残すことはあるか!」


「ミラシェルが幸せになりますように……」


 私が死のうともミラシェルが生きていれば、それでいい。


 脳裏にミラシェルと暮らした日々が通り過ぎる。


「死刑、執行!!!!!」


 ミラシェルとの思い出に浸っていた私の耳に執行人が振り下ろした斧の音が聞こえることはなかった。




──暗闇に包まれた場所


 私は目を覚ました。


 あれ、目を覚ます?


 死んだ後って無になるわけじゃないんだ。


「うわー、サラさんかわいそ~」


 そんなことをぼんやりと考えていた私の前にストライプのシャツにサスペンダーを掛けたショートパンツ姿の少年が現れた。


 彼は綺麗に切り揃えられた黒いおかっぱ髪を揺らしながら笑っている。


「くすくすくす、ねえ今どんな気分?」


「君、だれ?」


 私は質問に質問を返した。


「そうだねぇ、僕は神様だよっ」


 そうなんだ。


「ここって地獄?」


「どうだろうねぇ」


 神様ってヒゲを生やしたおじいさんじゃなかったんだ……。


「ねぇねぇねぇ」

「本当に僕が神様だと思う?」


 神様が私に変なことを聞いてきた。


「君が神様って言ったから神様なんでしょ?」


「はぁ~……」

「そんなんだから騙されて貶められた挙げ句に処刑なんかされちゃうんだよ」


「そうかもね」

「でも別にいいよ」


 ミラシェルが生きて幸せになってくれれば私の命なんてどうでもいい。


 私は処刑直前にも考えていたミラシェルの姿を再び思い浮かべた。


 透き通った長い銀髪、凛とした銀色の瞳、長いまつ毛、繊細な手足、背もスラッとして高かった。


 まさに私にとっての理想の王子様。


 ミラシェルは一介の田舎貴族に過ぎなかった私を見初(みそ)めて瞬く間に婚約までしてくれた。


 処刑されるまでの短い間とはいえ王宮で贅沢な暮らしもさせてくれた。


 たとえ地獄に落ちて無限の責め苦を受けようともミラシェルとの思い出があれば耐えられる。


「うんうんうん……うん!」

「君、本当に馬鹿だね~!!!」


「なに?」


「いま僕は君の脳内を覗いていたのさ」


 神様だもんね。心くらい読めるか。


「なんで私が馬鹿なの?」


「だって君は未だにあの馬鹿王子のことが好きなんでしょ~」


 その瞬間、私は光魔法で熱線を放ち、神様の首を真っ二つにした。


「私のミラシェルを馬鹿にするな!!!」


 神様といえど脆いものだ。


「こっわあ」


 神様は跳ね飛ばされた首で口を動かした。


「神様って死なないの?」

「ねえ?」


 そう問い詰めながら私は神様の首も身体(からだ)も蒸気となって消え去るまで追加の魔法をお見舞いした。


「君って本当に馬鹿だねえ~」

「やっぱりお似合いのカップルって感じかな」


 神様はいつの間にか私の後ろに立っていた。


 そして私の後頭部に指を立てて一言つぶやく。


「──落ち着け」


 すると神様に向けていた殺意が一気に萎んでいく。


 神様は再び私の視界に入って続きを話し始める。


「君は馬鹿で無知で短気で」

「好きな男を貶されるとすぐに人を殺しちゃうイカレ女だからさ~」

「ちょっと落ち着いてもらったよっ」


「死ね」


 私は自分すら巻き込んで死にかねない禁断の光魔法「レーテルライト」を発動させた。


 どうせ地獄なら何度死んでも変わりはしないだろう。


 暗闇しかなかった空間で神様を中心に極光が広がっていく。


「ちょ、ちょっとなんで落ち着いてないの~?」

「しかも宇宙創造しちゃうくらいの魔力じゃん!」

「こんなのぶっ放されたらビックバンが起きて新世界始まっちゃうって!!!」

「はい、魔法禁止!」

「──もっと落ち着け!」


 神様が"パンっ!"と両手を合わせると私の魔法は痕跡すら掻き消えた。


「本当に狂犬って感じだね」

「君を処刑するとはアヴェルフェンの国民は良い判断したよぉ」


「そういう君は本当に神様って感じなんだね」


 そう言いながら私は神様に向かって殴り掛かる。


 ゴシャっという破砕音とともに私は右の拳で神様の首を遥か彼方まで吹き飛ばした。


「あーもう!」

「──動くな」


 首を吹き飛ばされたはずの神様は再び私の前に現れ、別の言葉を口にした。


「僕はさあ、君に協力してあげようっていう神様なんだよ?」

「ちょっとは優しくしてよ」


「訂正しろ」


 私は少しずつ体が動くようになるのを感じながら短く言った。


「分かった分かった」

「ミラシェル王子は馬鹿じゃないよ」

「素晴らしい王子だよ」


「どういうところが素晴らしい?」


「へ?」


「神様ならそれくらい分かるよね」


 言えなければ今度こそ殺す。


 私は徐々に動くようになってきた右足を振り上げるべく神様との距離を詰めた。


 この空間のことも少しずつ分かってきた。


 たぶんここは地獄じゃないし、大した魔法空間じゃない。


 こいつが神様と自称できるだけの"何か"であることは確かだ。


 でも私ならこれくらいの空間は抜け出せる。


 そしたら早くミラシェルのところに戻らなければ。


「早く言え」


「んんんん、ん~~~」

「透き通った銀髪が綺麗」


「私の心を読むな」


 私は精神干渉を避ける結界を張り巡らして神様の覗き見をやめさせた。


「いや、流石にきびしいって……」

「そうだねぇ……」

「絵心がある、かな?」


「へー、神様っていうだけあって見る目があるね」

「ミラシェルは油彩も水彩も得意なの」


「ほっ……」


「ミラシェルは私を描いた絵をずっと執務室に飾ってたの」

「それに私と郊外の風景を描いた絵をプレゼントしてくれたりもしたの」

「ただ外見が良いだけじゃなくて繊細で豊かな感性も教養も持ってるの」


「そっかそっか」

「じゃあさ、そんなミラシェルと──」


「ミラシェル王子」

「お前ごときが呼び捨てにするな」


「……そんなミラシェル王子とまたいっしょに暮らしたいとは思わない?」


「どんなときだってミラシェルといっしょいにいたい」


「それなら人生やり直してみない?」


「生き返れるってこと?」


「そうそう」

「君があんまりにも可哀想だからさ~」

「神様の僕が生き返らせてあげようと思って君の魂を呼び出したんだよ」


「どんなふうに生き返れるの?」


「色々あるよ~」

「時間を巻き戻して生き返らせたりぃ」

「異世界に転生したりぃ」


「ミラシェルのいない世界に興味ないよ」


「じゃあ君には【人生やり直しチート】をあげよう」


「なにそれ?」


「君の人生を最初からもう一度やり直せるっていうシンプルな力だよ~」


「素敵」

「それなら今度はミラシェルと生涯をともに過ごせるように」

「絶対に処刑されないように生きてみせる」


「もしも途中で死んだとしても何度も人生をやり直せるから安心してね」

「手を出して」


 なんて素敵な神様なんだろう。


 私は素直に両手を前に出した。


「何回も殺してごめんなさい」


「大丈夫、大丈夫」

「僕ってば神様だから死なないの」


 神様は私の両手の上に(てのひら)をかざした。


 なんだかじんわりと温かい。


「それとおまけに"これ"もあげる」


 神様がそう口にしたとき、私の脳内にミラシェルの姿が浮かび上がった。


 私が見たことがない場所でミラシェルが映っている。


 きっと私のために私が見れていなかったときのミラシェルを見せてくれているんだ。




 だけど脳裏に浮かんだミラシェルは──

 何人も、何十人も、数え切れないくらいの見知らぬ女といっしょにいた。




 無数の女と行為に耽るミラシェル。


 私以外の女を描くミラシェル。


 知らない女に愛を囁くミラシェル。


 私は出会った当時、ミラシェルに聞いた。


──「王子だからたくさんの妻がいないといけないんだよね……」


 でもミラシェルは「そんなことない」と答えた。


──「僕は生涯、君しかめとらない」

──「僕と時間を過ごす女性は君だけだ」


 そう言っていた。


 だからこんな光景は全部うそだ。


 この神様もどきが私を惑わすために見せているくだらないものなんだ。


「こんなもの見せて何がしたいの?」


「君に見せているのはすべて真実だよ~」

「ミラシェル王子は君が手に負えなくなったから」

「他の女を妻にしたくなったから」

「君に汚名を着せて処刑させたんだよ」


「根拠は?」


「根拠って……難しいこと言うね」

「映像じゃダメなんだもんね」

「じゃあ君が人生やり直して確かめてみればいいじゃん」


「そうだね」


 私は返事を返すと同時に目の前のたわけた子どもの魂を完全に焼き尽くした。


 自称神様は視界から消え去った。


 ミラシェルが浮気者だなんていう悪質な嘘を見せた罰だ。


 もはやベラベラと喋る者は誰もいない。


 この空間は魔法の発動を縛る法則の組み方がゆるすぎる。


 こんな縛りなら工夫すればいくらでも魔法を発動できるんだ。


 一刻も早くこの空間を出ないと。


 そういえば【人生やり直しチート】は何度も生き返るって言ってた。


 じゃあ早速試してみよう。


 そもそも、もう死んでるはずだけど。


 私は再び「レーテルライト」を発動し、この妙な空間ごと自分を消し去ることにした。


 待っててね、ミラシェル。


 今度はいっしょに幸せになろうね。




 でも、もしも……。


 もしもミラシェルが誑かされていたなら……。


 あの光景で映っていた女を全員殺してあげる。女の家族も皆殺しだ。


 ミラシェルは悪くない。


 そして万が一、そんなことはあり得ないと思うけど。


 もしもミラシェルが私のことを騙して私を処刑させたのなら……。


 絶対に許さない。


 絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に──許しはしない!!!!!


 必ず殺す、絶対殺す、どこに逃げても殺す!


 王家全員皆殺し、ミラシェルの前に首を並べてから、浮気相手の首もすべて並べてから殺す。


 ミラシェルの体と魂は私だけのものだ。


 体も魂も腐らないように魔法で縛り続けてミラシェルと生涯を添い遂げるんだ。


 絶対に──





 ぶっ殺してやる!!!!!!!!!!!!!!!!!









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