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1.目覚め

 フッ、と意識が浮上した。フワフワとした微睡みの中、ゆっくりと、少女は瞼を開けた。

 目に飛び込んできたのは水色だった。その中を、ひゅん、と茶色い鳥が過ぎ去っていく。


(……きれいな空)


 雲ひとつない……というわけでもなかったが、それでもそれはそれは美しい空だった。

 綺麗な空に手を伸ばそうとして、少女はそれができないことに気づく。少女の体に何かが巻き付いているようだった。

 少女を縛りつけていたのは太い鎖だった。鎖にはところどころに線が刻まれていて、その線は水色にぼんやりと光っている。鎖は非常に長いようで、少女に何重にも巻き付いているというのに、更にまだどこかに繋がっているようだった。


(……だいぶ、まだねむい)


 まだ半分重たい目で、むくりと起き上がる。少女の顔に、きらりと光る金系が張り付いた。

 顔についた長い髪を振り払って、少女は初めて辺りを見渡した。どうやら、ここは洞窟のようだ。

 周りは岩壁に囲まれていて、その岩壁は上に高く登りながら、真上の天井にぽっかりと穴を空けて綺麗な空を覗かせている。いや、ここが地下深くで、地面に空いた穴の中にいるだけかもしれないが。

 地上か地下かなど定かに確認することはできないが、その大穴がこの洞窟に明るい光を差し込ませていた。


「ここ……どこ……?」


 ぐるりと辺りを見渡して気付いた。どうやら、その洞窟の中にある岩場の上だったようだ。地面からだいぶ高いところに少女はいるようだ。

 岩場の上は平らで寝心地も悪くない。人の手が加えられているのか。


(……とりあえず、これ取らなきゃ)


「う、ぐぐぐぐ……」


 少女は巻き付いている鎖をグイグイと引っ張ったり、体全体でもがいてみたりする。そんなふうに格闘することしばらく、徐々に開く隙間からどうにか鎖を取ることができた。食い込んでいる箇所のせいでそこが赤くなって、とても痛い。

 少女が手をさすっていると、手首に何かが付いているのに気付く。


「なに、これ……」


 この鎖と同じだ。真っ黒な鉄で出来た腕輪に、水色にぼんやりと光る線が刻まれている。

 特に違和感や痛みもないが、外すことができない。抜こうと引っ張ったりしてみても手首のサイズとぴったり合って外せない。留め具も見当たらなかった。

 ふう、と疲れを吐き出して、少女は肩をすくめた。

 少々気になるが、どうしようもないものはしょうがない。この腕輪が何か判明はしなかったが、特に害はないので、少女は諦めることにした。


 そっと岩場の下を覗いてみると、階段があるのがわかる。岩場を削って加工して作ったかのような階段だ。鎖はこの下に続いているようだ。

 少女が鎖を手で伝いながら階段を降りていけば、鎖の行き先がこの岩場全体だというのがわかる。

 鎖は岩場を囲い、捕らえるようにして何重にも巻き付いている。なぜ鎖をこんな岩場になんて巻き付ける必要があるというのか。

 ふと上を見上げれば、空いた穴から差し込んだ陽の光が、この岩場だけを照らしていた。

 どこか特別感を演出させるこの岩場に、少女は首を傾げた。


(なにか特別な岩みたい……)


「わ、おとと……」


 探索しようと少し歩けば、少女はよろけて転んでしまいそうになる。階段と違い、地面は特に人の手が加えられているわけではないようだ。


(……そういえば、私、どうしてこんなところにいるの……)


 目覚めるより前の記憶は空っぽだった。ここがどこで、どうしてこんなところにいて、そして自分は誰なのか。

 しかし、わからないからと言ってこんな洞窟に留まっていてばかりなのはよくないことだろう。

 そう思って少女は一つ、外へ繋がっていそうな道を見付けて進み始めた。


 あの岩場のある場所は、洞窟の相当奥深くにあるようだった。

 どこかで水滴の落ちる音がする、曲がりくねった道を歩くことしばらく。足が痛くなって、歩き疲れてきたそんな頃に、ようやく外の光が見えた。

 眩しい白い光に少女が目を細めながら外に出れば、外はなんとまあ。


______大勢の人がいた。



『ーーーー!?』


『ーーーー!!!』


 少女に彼らの言葉はわからなかった。

 彼らは洞窟から姿を現した少女を指さし、口々に叫び始めた。


 鎧を着て剣を掲げた騎士や、黒づくめ、または白づくめの布に覆われた者たちの大勢が洞窟を取り囲み、少女に視線を集中させる。まるで、災厄の化け物でも討伐しに来たかのような軍勢だった。

 黒づくめの者達は、太く大きな木の枝を構えてこちらを警戒し、反対に白づくめの者達は少女を指さしながら、困惑したり恐怖したりと反応は様々だった。

 それでは少女がどうだったかというと、目を見開きぽかんとしながらその場に突っ立っていた。


(なんで、なんでこんなにたくさんの人たちが……)


 少女は彼等の姿に見覚えがなかった。黒づくめの者も、白づくめの者も。

 鎧を身に纏う彼らが『騎士』だということはうっすらと理解したが、少女の記憶にある『騎士』とは格好が違う気がしていた。しかし、そんな違和感は覚えても、今はそんなことに構っている暇などない。

 頭の中の情報と、目に飛び込んでくる情報、そして目覚めたばかりの混乱で、少女は目が回ってもうどうしようもなかった。


 1人、騎士の中でも体格の大きい男が、この軍勢の中先頭を切り、少女を警戒しながらにじりよってきた。

 歳は30代くらいであろうまだ若さの残る顔立ちの、その男の鋭い眼光に少女は思わず後ずさった。

 たとえ初対面で言葉が通じなかったとしても、もっと友好的な笑みを見せてくれていたのなら、少女は当然ここまで怯えることはなかっただろう。

 本能に身の危険を感じた少女は、素早く踵を返そうとする。


(……逃げ場になりそうなのが、洞窟しかない……!)


 しかし、考えている暇はない。今は逃げなくては。

 振り返り、再び洞窟の奥へと駆け出そうとした……が、無駄だった。騎士の男は風を切って少女の真後ろへと移動し、腕を掴み掛かった。

 必死に抵抗しようとした少女の足を薙ぎ払い、男は体勢を崩させる。


「うぐっ……!」


 ベシャリと地面に投げ出された少女は抗うこともできず、うつ伏せの状態で体重をかけられる。両腕を背中に回され、ガチャという音とともに、手首に手枷をはめられる。


「うそ、やだ、やだ……」

 

 腕を拘束され動けなくなるという恐怖と絶望に、少女はじわりと涙を浮かび上がらせた。

 繋がれた腕をなんとかもがかせてもびくともしない。

 まだかろうじて動く足をばたつかせれば、男によってそちらにも枷をつけられてしまった。


『ーーーー!』


『ーーーー?』


 様子を見かねて駆け寄ってきた騎士と、少女を捉えた騎士の男が会話をしている間も、少女は何も理解することができなかった。その間にかけられ続ける体重が、少女の体に痛みをじわじわと与え続ける。

 痛みと混乱、そして恐怖や屈辱感に感情がごちゃごちゃにされて、少女の瞳から自然と涙が流れていった。


(こわい、こわいこわいこわいこわいこわい。だれか助けて、おねがい離して……!)


 震えながら嗚咽をもらし泣き始めた少女に気づき、騎士達が慌て始めた。

 剣を抜いて警戒し始めた騎士達とは反対に、少女を捉えた男は体重をかけるのをやめ、手錠の鎖を引っ張り無理矢理立たせる。


『ーーー!?』


『ーーーー』


 男の行動に戸惑う騎士に男は何かを命令し、鎖を引っ張って少女を連れて行こうとする。


「え、や、やだ!」


 少女はその場で踏ん張り、なんとか連れていかれないよう抵抗してみるも、体格差のせいでそれは無意味に終わるり、ずるずると、足元の砂に線ができる。少女がいやいやと首を横に振っても、現状は何も変わらなかった。

 この人混みをくぐり連行された先には、鉄格子の嵌め込まれた『馬車』があった。少女はあまり『馬車』に見覚えがなかった。『見たことのあるもの』でさえ、これほど大きなものではなかった。

 他にも大勢の馬が止まっているが、大きな馬車は一つしかないようだ。馬車は鉄でできているようで、少女に巻き付いていた鎖や腕輪と同じように、水色の線が掘られていた。

 馬車の側で待機していた騎士の女性が扉を開くと、男は少女の腹に腕を回し小脇に抱え上げた。


「え、なに……いたっ!」


 抱え上げられてすぐに浮遊感を覚え、扉の開いた馬車の中に放り込まれる。思い切り背中を打ったせいで、少女は痛みでうめき声を上げた。

 放り投げた男がそばにいた女性と何やら口論を始めたが、すぐに扉は閉ざされ鍵がかかる。


(……う、うそ)


 仰向けで痛みに動けずにいた少女は、出る機会を完全に失ってしまった。

 パシン、という鞭の音とともに、大きな号令の声が響き馬車が動き出した。これではまずい。

 なんとかして出られないかと、少女は馬車の中を見回す。

 馬車の中には鉄格子がはまった小窓があった。暗い馬車の中に、そこから外の光が漏れ出していたので、少女は外を覗き込んだ。

 外では、大勢の馬に乗った騎士達が、少女の乗る馬車を取り囲みぞろぞろと列をなして歩いていた。先ほどまではいたはずの、黒づくめや白づくめの者たちの姿はどこにもなかった。

 ここからは容易に出られそうにもなく、何処に連れて行かれるのかもわからない。運良く出られたとしても、こんなに大勢の騎士に囲まれたのではすぐに捕まるだろう。

 こうなってしまっては成り行きに任せるしかないと思い、少女はそっとため息を吐いて膝を抱えた。


(……どうして、こんなことになっちゃったの?)

 

 そっともう一度小窓から覗いた景色は、少女のいた洞窟から森の中の獣道に変わる。しばらく森を進めば、それはそれは美しい湖が目に飛び込んできた。

 こんな状況だというのに、湖の美しさだけは少女の心に響き癒しをもたらしてくれたため、少女は思わず感嘆の溜め息を漏らした。

 湖のほとりには綺麗な水色の花が咲き誇っている。


(今すぐ逃げたい……。こんなとこにつかまってないで、あそこに遊びに行きたい……)


 ずるずるとしゃがみ込んで、少女はまた膝を抱えた。

 外からは騎士の話し声と大勢の馬の足音だけが聞こえてくる。

 自分はこんなことになっているというのに、晴れ渡った天気がなんと恨めしいことか。

 少女は何故自分がこんな目に遭わなくてはならないのかわからず、うずくまってただ静かに泣いていた。ただ知らないところで目が覚めて、自分が誰かもわからなくて、混乱した状態で外に出てきただけだというのに、自分が一体何をしたというのか。


 しかし、もしかしたら覚えていないだけで捕まるだけのことをしてしまった可能性はある。目覚めた時には既にあの岩場で鎖に巻かれていたし、何か悪いことをしたからああなっていたのかもしれない。記憶が何もない今、そんなことがあったとしてもおかしくない。

 しかしその場合、言語すらも通じないということは、まさか知らない国で何かをやらかしたのか、はたまた何かをやらかしたから知らない国に追い出されたのか。

 考えても、真相などわかるはずもなかった。


 湖沿いの何もない平野の広い道を長時間馬が走れば、その先に見えてきたのは大きな壁だった。

 一同は壁の前で立ち止まる。しばらくして、また号令の声が響き渡ると、大きな扉の開閉音が聞こえた。再び馬車はガラガラと音を立てて進み始める。

 近づいてくる壁を見上げ、先程の開閉音の正体が壁の中と外とを出入りするための巨大な扉だと気付いた。

 そして、騎士の軍勢が扉をくぐった瞬間、ざわざわした喧騒が辺りを包んだ。


『ーーーー!!』


『ーーー!』


『ーーーー!?』


_____そこは街だった。


 白いレンガの壁と赤い屋根でできた家が立ち並ぶ、広大な街だった。

 開いた門の先には、恐ろしい化け物を討伐した騎士の帰りを民衆が待ち受けていた。

 無事に帰ってきた騎士を見て安心する者、何事もなかったことに喜ぶ者。


……そして、その捕獲した化け物に恐怖する者。


 少女はただの犯罪者か何かではなかったのか。

 捕まえられる理由もわからないが、少女はひどく恐れられているようだった。


 色とりどりの紙吹雪が舞い落ちるこの広い大通りを、大勢の民衆に囲まれながら軍勢は前に前に進んでいた。

 そっと鉄格子から外を覗き込めば、大通り沿いに立つ街の人達の中から、赤子を抱える母親の姿があった。

 その親子と、すれ違いざまにふと目が合う。母親が少女を目にして顔を青ざめたのと同時に、その赤子はとても楽しそうに笑い始めた。少女に手を伸ばして、キャッキャと楽しそうに笑ってくれたのだ。

 母親はともかく、その赤子の反応に、少女は心がじんわり暖かくなっていくのを感じた。


(私って……なんなんだろう)


 この母親のように、顔を青ざめられるような存在なのか、それともそうではないのか、少女にはわからない。だから、こんなことしないでなんて自分が言っていいのかも、少女にはわからなかった。


 大通りをどれだけ進んでも、少女達を見にきた街の人の行列は絶えることはなかった。

 そんな大通りを進み、この軍勢がどこに向かっているのかがわかった。

 大通りの先に待ち構える、それはとても高く神々しい建物。


……城だ。


 少女はこれほど大きな建物は見たことがなかった。少女の知る城とは形状も違っていたし、この城ほどは大きくもなかった。

 大通りの突き当たり、城門前に辿り着くと、格子状の門を開く仕事をしている衛兵が門を開けた。ゴゴゴ、と音を立てて格子状の門が上に上がり、少女達は城の中へとゆっくり進行していった。

 

 そこは広大な庭だった。

 迷路のような生垣に、色とりどりの花が咲きほこる花壇。赤や白の薔薇が咲くアーチに水飛沫をあげる噴水と、ここまで素敵なものを少女は見たことがなかった。

 ぽっかりと口を開けていると、馬車は城の前で止まる。

 騎士達は、少女の乗る馬車を取り囲み警戒し始めた。彼等の統率の取れた足音が、ゆっくりと近づいてくる。

 思わず少女は窓から離れて後ずさった。逃げ場などないこの箱の中で、その行為に意味などなかったが。

 鍵の開く音がして、扉が開かれる。中に入ってきたあの少女を捕えた男は、剣を構え、手で少女に馬車から降りるよう身振りする。


(いや……いやだ……)


 降りた先で、どんな目に遭うのかなんて、悪い想像しかつかなかった。

 嫌だと首を横に振って、これ以上後ろに行きようもないというのに、少女は後ずさろうとする。ぐしゃりと髪が乱れた。

 痺れを切らした男は、剣を構えたまま馬車に乗り込んで来た。


「ひっ」


 自然と声が出た。

 怖くて、怖くて怖くて、自分の行く末を想像したくなくて、涙が出る。

 男が少女の腕を掴み、強引に引っ張った。踏ん張るとか、引っ張り返すだとか、そんな抵抗は少女にはできず、そのまま引きずられてしまう。そもそも、少女とは体格差が違いすぎた。

 抵抗する間もなく引っ張られ、体が浮かび上がり前に倒れる。グン、と顔から倒れそうになるも、少女の膝が付く方が早かった。

 膝に鈍い痛みが走り、床についたもう片方の手に全体重がのしかかる。耐えきれなかった左手がすべり、結局少女は転んでしまった。


「いた……」


 振り返った男が転んだ少女の姿を目にして、もう一度腕を引っ張る。前ではなく上に引っ張られたせいで宙ぶらりんになり、強引に立たされた。男はその姿を無視し、再び歩き始めた。

 馬車の外に出されて、警戒する騎士に囲まれながら城に向かって歩き出す。


 ここまで来ればもう無駄だろうと、少女は全て諦めて歩を進め始めた。


 城の扉へと続く石段を登り、大きな両開きの扉をくぐる。城の中に入ってすぐ、街の大通りほど広い廊下が真っ直ぐに伸びていた。

 剣を床に突き刺し、仁王立ちで構える騎士の石像が、こちらへ来いとでも言うかのように、この廊下に敷かれた赤いカーペットの脇に列を成している。


 この長い廊下をずっと進んだ先に、また両開きの扉があった。その側に立つ二人組が少女達が来たことを目視すると、すぐさま扉を開ける。

 開かれた先は、広い部屋だった。

 廊下から続く真紅の絨毯は部屋の中まで続いており、真っ直ぐ伸びたその先には黄金に輝く玉座がある。

 その玉座には真っ黒な髪に髭を生やした中年くらいの男性が、凛々しくも威厳のある風貌で腰掛けていた。


 未来を半ば諦めてしまいそうになっている少女にも、まだ恐怖心というものは残っている。全身にぶるりと身震いがした。

 その震える足で、少女はこの玉座の間に、一歩足を踏み入れたのだった。

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