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3/3

夜に駆け巡る

次の瞬間、甲高い音を立てて屋上のフェンス柵が吹き飛んだ。

突然の轟音に咄嗟に跳ね起きる。

フェンスには大穴が空いていて、向かい側のビルのネオン看板の一部まで破壊され、ビルの壁に鉄の塊のような物が突き刺さっている。


「え? なになに??」


状況がよく分からない。いったいアレは何だ?

まるで大砲の玉でも撃ち込まれたような惨状だ。


混乱している気持ちを共有したくて、永麗奈(エレナ)の方を見る。

彼女もさぞ驚いているだろうと思ったのだが、永麗奈はそちらを見てもいなかった。


むしろ逆方向――僕らが上ってきた屋上の入口を見ていた。

そこに、銀色の甲冑に身を包んだ騎士がいた。


「な、なにあれ?!」


騎士だ。どこからどう見ても騎士だった。

すっごい大富豪の豪邸に飾られているような――実際に見たことはないが――西洋の騎士の甲冑そのものがそこに立っていた。

銀色の兜に、同じく銀色の鎧と籠手、腰には長く太い剣を下げている。

全身鉄の塊といった風情のプレートアーマーってやつだ。肩には深い藍色のマントを羽織っている。


明らかに場違い。現代日本のビルの屋上に立っていていい存在じ

ゃない。鉄の鎧がネオンの光を反射している姿はかなり異様だった。

いや、これもコスプレといえばコスプレなのか……な?


「“白百合の聖騎士”――」


永麗奈が呟いた。あ、やっぱり騎士なのか。

白百合――確かによく見ると甲冑の胸には大きな花の紋様があしらわれている。


「ようやく尻尾を掴みましたよ。永麗奈・ヴァン・ブラッドモア」


甲冑が喋った!――いや、喋るかそりゃ。人が着てるんだから。

その声は透き通った美しい声色をしていた。女だ――それは女性の声だった。


「ふひひっ見つかちゃったね、リリアンちゃん。そんなに私に会いたかった?」

「馴れ馴れしく呼ばないでください! ――ええ、でも会いたかったです。わざわざこの国まで来たのも全てこのため」


どうやら2人は知り合いらしかった。

コスプレ仲間? いやいや、さすがにそんなわけはない。

第一、両名の間にはどこか剣呑な雰囲気が漂っている。


銀色甲冑が右手を高く掲げた。途端、背後で壁の崩れる音がして、

振り返ると突き刺さっていた鉄の塊がひとりでに動き、僕らの頭上をものすごい速度で通り過ぎて行った。

ランス――鉄の塊の正体は西洋の騎士の武器の一つであるランスだった。いや、これも実際に見たのは初めてだけど。


「白百合の騎士団――構え」


飛来したランスを右手でキャッチすると、銀色甲冑が重く低い声で呟いた。

すると四方のビルのあちらこちらから数人の人影がスッと音も無くあらわれた。

全員が黒い服をまとった集団。胸にロザリオが光っている。教会の神父のような格好だ。


ここにきて僕は察した。


あ、これあれだ、吸血鬼退治とかしてる人たちだ。


神父たちが一斉に武器を構えた。ロケットランチャーだ。


――え、待って? ロケットランチャー?



神罰(ディバイン)執行(パニッシュメント)――放て!!」


銀色甲冑の号令と共に四方から放たれるロケットランチャー。

え、いや、ちょっと、大袈裟過ぎるというかイメージと違っ――


先ほどのランス投擲とは比較にならない爆音轟音が響き渡った。


大煙が立ち込める。けれど、苦しくも熱くもなかった。

身体を見回すが怪我もしていない。もちろん痛みもなかった。


ロケットランチャーの弾頭が僕らに命中する瞬間、ひひゃげて爆散するのを見た。

まるで透明で強固な壁に遮られたかのように。


「“不可視の壁”――吸血鬼のみが扱えるというESP」


銀色甲冑がランスを構えた。


「聖印を刻んだ弾頭だったとはいえ、現代兵器ではやはり通りませんか」


「ふひひひひひっ!」


晴れた煙の向こうで永麗奈が笑っている。

あの、にちゃあとした笑み。


「年季が足りないね! あと百年は眠らせてから使った方が良かったんじゃないかな?」


あー……そういうもんなのか。

もちろん永麗奈も無事だった。

彼女のセーラー服には埃ひとつ無い。


「長曽祢虎徹ーー」


永麗奈が呟くと、セーラー服の袖口からするりと日本刀が滑り出た。

そんな物まで出てくるのか、そのセーラー服は。


永麗奈が鞘から日本刀を鮮やかに抜く。

呼応するように銀色甲冑もランスの先端を永麗奈に向けた。


「聖痕騎士団アークトゥルス第二席、リリアン・ヴァレンティン――参ります」

「リリアンちゃんと遊ぶのは久しぶりだなぁ」


銀色甲冑が臨戦態勢に入ったのが分かる。対する永麗奈は左手で無造作に日本刀をぶらりと下げている。


「さあ、一緒に楽しもう」


永麗奈が言った刹那、銀色甲冑のランスが突き刺さった――ように見えた。

ほんの瞬きの間に距離を詰めたのだ。あの重そうな甲冑で。とんでもない速さだ。


しかし――


「せっかちさん❤」


ランスは永麗奈に突き刺さる一瞬前に日本刀で軌道をズラされていた。

あの重厚そうなランスを左手だけで。


「さすがの膂力ですね――“片翼の真祖”」

「毎日筋トレしてるから。嘘だけど」


銀色甲冑がランスを引く、そしてその勢いで再び突きを放った。

永麗奈は半身をズラして避ける。しかしそこにすぐにまたランスが襲い掛かる。

ものすごい速度での連撃だ。永麗奈はそれを次々と避けて行く。


その動きは武術家の身のこなしのようにも、ストリートダンスを踊っているようにも見えた。

とにかく当たらない。


「いいね。殺意にゾクゾクする♪」


永麗奈はこんな時でも笑っている。まだまだ余裕といった顔だ。

銀色甲冑の表情は顔面を隠す兜で見えない。焦っているのか――それとも。


「でも、まだ楽しくはないかな」


ギャリンッ――と音を立てて、ランスが日本刀に跳ね上げられた。

そのまま空中をクルクルと舞い、離れた床に突き刺さった。


銀色甲冑が跳び退き、間合いをあけた。

こちらはこちらで甲冑を着ているとは思えない身のこなしだ。


「あれれ? まさか退いたりしないよね、リリアンちゃん」

「もちろんです。ここからですとも吸血鬼」


永麗奈が満足そうに笑う。銀色甲冑が腰の剣を鞘から抜いた。

この剣もまたランスに負けず劣らず、硬く重い鉄塊であることが分かる。

美しい装飾こそ施されているが、殺人のための凶器だ。


銀色甲冑が左手を横に振る。すると床に突き刺さっていたランスが動き、宙を舞った。

そのままピタリと永麗奈の背後で照準を合わせるかのように先端を向けて止まる。


正面には剣を構えた騎士、背後にはひとりでに動くランス――挟み撃ちの形だ。


「上でも横でも避けられるものならどうぞ。私の剣と聖槍は、あなたを決して逃しません。ハッ――!」


銀色甲冑が剣を構えて突進する。同時にランスも動いている。

あの速度と自信、永麗奈がどう動いても対応出来る算段があるのだ。


永麗奈はピクリとも動かない。剣とランスが迫る。

剣が振り抜かれた瞬間、永麗奈の姿が床に溶けるように消えた。


「下っ――?!」


自分自身の影に落ちるように――いや、影そのものとなって消えた。

目標を失ったランスが永麗奈が立っていた床に突き刺さる。


そして、銀色甲冑の背後の床からヌッと永麗奈が現れた。


再び姿を現した永麗奈の背中には、大きな蝙蝠のような翼が右側だけ生えている。

“片翼の真祖”――確かそう呼ばれていた。


「月夜叉流剣術――抜刀の型」


銀色甲冑が気配を感じたのか振り返る。

すると翼が更に膨張し、銀色甲冑に向かって素早く伸びた。

まるで人間の掌のような形となって銀色甲冑を掴むと、そのまま引き寄せて行く。


永麗奈は日本刀を鞘に納めると、鯉口を切り、ゆっくりと柄に手をかけた。


「――“紅薔薇”」


白光が煌めき、一閃。

引き寄せた銀色甲冑に日本刀が直撃した。

鋼鉄で造られたであろう甲冑が弾丸のような速度で吹き飛ばされて行く。

屋上のフェンスを突き破り、ネオン看板を破壊し、ランスに穿たれた穴のすぐ側の外壁に激突した。


「ホームラン! さよならになっちゃうかな?」


永麗奈は得意気な顔で日本刀を肩に担いでいる。

右耳のピアスがちゃらちゃらと揺れた。


「さて……」


ぐるりと首を回し、永麗奈が周囲を睥睨する。

神父たちが身構えた。なかにはロケットランチャーを構え直す者もいた。


「舐めてもらっては困ります――真祖」


ガラガラと音を立てて、向かいのビルに空いた穴から銀色甲冑が歩み出た。

さすがに少しフラフラしているように見える。というか、生きているだけでも十分すごい。

それ程の勢いで激突したのだ。


「こうなっては穏便な手段であなたを仕留めることは難しそうですね。私も覚悟を決めましょう」


騎士が剣を縦に構える。切っ先で天を突くかのように。


「主の御心に背きし悪魔。創世の残光にて祓い給え」


途端、騎士の足元から周囲に光が溢れた。

無数の光が粒子のように浮かんでいる。

幻想的な風景。テーマパークのイルミネーションのような。


「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな。昔いまし、今いまし、のち来たりたまう永遠の神」


空が晴れた。いや、さっきまで夜だったのに急に朝になった。

剣の切っ先の延長線上の空の一部だけが、円形にくっきりと夜が跳ね除けられた。


ならば、あの円から降り注ぐ光は太陽なのか。たぶん違う。

もっと意図的に注がれた、けれど超自然的な“何かの光”だ。


「賛美終了。終わりです」


光がサーチライトように永麗奈の方を射した。咄嗟に飛び退く。羽根が散った。


「羽根…?」


よく見ると永麗奈のスカートの端が消失している。

破られたとか切り裂かれたというより、きれいさっぱりに。

そして舞う、天使のような羽根。

まるで、スカートの一部が羽根に変換(かわ)ってしまったかのよう。


天に開いた円形の穴から次々とサーチライトが向けられ、永麗奈を取り囲んだ。


「ふひっ、出し惜しみとかしないんだぁ。いいね」

「当然です。私は手加減を知りません。ましてあなたになど」


永麗奈はにやりと笑うと、再び自分の影に潜って消えた。


「無駄です」


無数のサーチライトが影を捉えようとする。

しかし影の動きも素早い。形を細かく変えながら、サーチライト隙間を縫って避け続ける。


そして――ずっと屋上の隅で尻もちを着きながら呆然としていた僕の目の前へ。

影から永麗奈が飛び出してくる。


「さて、レイド君! 逃げようか!!」


僕の襟首を掴んで、走る。


「え、ええっ、うわぁ!」


そのままフェンスを一飛びで乗り越え、屋上から飛び降りる。


落ちて行く。いや、堕ちて行っている。

日本刀を手放し、永麗奈が僕を抱き締める。

しかし、あまりの急転直下でドキってとする暇もない。永麗奈が言う。


「これを待ってた」


永麗奈のピアスがちゃらりと揺れる。

そしてスカートのポケットから古びた手鏡を取り出す。

サーチライトが素早く追ってくる。


「レイド君、付き合ってもらうよ」


サーチライトが僕らを追って降り注ごうとする刹那――耳元で永麗奈が囁いた。


「いいよね――?」


美少女らしく可憐に微笑いながら。

サーチライトに照らされた僕らを、地面が押し潰そうとすぐそこまで迫っている。


永麗奈の持った手鏡を中心に光が弾けた。

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