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おばさんと私

私 あんな怖い思いをしたのは、はじめてよ

作者: のどあめ

「わたしには見えなかった」に出てくる叔母さんと私の話


(注意)

自然災害(津波)についての表現があります。苦手な方、トラウマをお持ちの方はトラックバックをお願いします

数日ぶりにあった叔母は少し痩せて目に隈が目立った。


「ああ、よかったわ。わざわざ来てくれてありがとうね。暑かったでしょう。あなたの好きなアイスコーヒーを用意したわ。チーズケーキもあるのよ。どうぞ召し上がれ」


私の大好きな白花のチーズケーキ。

厚待遇だ。アイスコーヒーと一緒に味わっていると、叔母からいつもの叔母らしくなく、おずおずと話しだした。


「本当にごめんなさいね。

姉さん、怒っているでしょう。

そうよね、せっかくの旅行なのに途中で帰ってしまって、すっかり台無しにしてしまったわ」


叔母は落ちこんでいる。

先日私達一家と叔母で海のリゾート地に出かけたのだが。

着いた早々から叔母の様子がおかしくなり。ついに母と喧嘩した挙げ句、説明もなく帰ってしまったのだ。


マイペースな叔母に慣れっこな私達もさすがに驚いたし呆れた。

夫婦二人暮らしとはいえ、義叔父は出張が多い。病弱な叔母に何かあっては困る、と母に言われて様子を見に訪ねたのだ。

母が行くとまた喧嘩をしてしまうからって、子どもをいいように使わないで欲しい。


さらに母から頼まれた用件がもう一つ。喧嘩別れになってしまったものの、今回叔母を旅行に誘ったのは理由がある。


叔母自身は強く否定しているが。

叔母は非常に勘がよいというか。

ある種の危機察知能力に優れているらしい。


母いわく、叔母が体調を崩して旅行を繰り延べしたり、予定を変更して早めに帰るという事がちょくちょくあったそうだが。そうすると必ずと言っていいほど、乗るはずだったバスが事故に巻き込まれたり、電車が豪雨で長時間止まったりしていたそうだ。


叔母が怖がって乗りたがらなかったビルのエレベーターが後日、故障して閉じ込め事故が起きたり。


叔母が嫌がったり怖がる場所は必ずと言っていいほど、事故が起きたり、調べてみるといわく付きだったりする場合がほとんどだったらしい。


一族の間では不動産購入や引越前には、叔母に相談したり見てもらうのが暗黙の了解になっている。


もともと怖がりの叔母だが、今回の様子は尋常ではなかった。


リゾートに着いた時から顔をしかめイライラしはじめて。

その内に

「あそこはだめ。ここもだめ、助からないわ」

「避難するならあの山の山頂まで行かないと」

とぶつぶつと怪しい事を言い出した。


叔母が落ち着いていたのは山二つ離れた山奥の美術館に行った時ぐらいじゃなかろうか。


挙げ句の果てに。

セカンドハウス購入を母が相談した途端に、ものすごい勢いで反対して聞く耳をもたず、喧嘩して。


「もう、ここにはいられない!我慢できないわ!」


と言ってその足で帰ってしまったのだ。見るからに顔色が悪い叔母に調子をきいてみる。


「顔色が悪い?体調は落ち着いているのよ。ただ、最近というか旅行中から夢見が悪くてね。


どうしてって?

頭がおかしいと言われそうで、あまり言いたくないのだけど……。それじゃ姉さんもあなたも納得いかないわよね。旅行代までだしてもらったのに」


叔母にしては歯切れが悪い。


「実はね。こういう事を言うと心の病になったんじゃないかと思われそうで、言いたくないのだけど。


怖かったのよ、あそこ。


ほら、そんな顔すると思ったわ。

だから言いたくなかったのよ。

でも、気持ちは分かるわ。

私も思うもの、おかしいって。


綺麗な山、白い砂浜に青い海。

どう見たって素敵なリゾートよね。姉さん達がセカンドハウスの候補にあげるぐらいだもの。


でもね。私 本当におかしいのよ。

あの海をみた途端に思ったの。


『なんて所に来たんだろう』


って。海をみるだけで落ち着かなくなって、怖くて怖くて。

でも目に入る海はとても青くて綺麗なのよ?なのに、海の色が暗くて黒く感じるの。


こんなに美しくて長閑で平和なリゾートが何で恐ろしいのか、どうして海が忌まわしく感じるのか、自分でも訳がわからなくてイライラしてしまって。

あなたにも姉さん達にも不愉快な目にあわせたわね。


それは慣れてる?

言ってくれるわね。

それより、ホテルの店員さんへの声かけがひどかった?

なんで『津波に気をつけろ』なんて言ったかって?


私にも分からない。ただ、店員さんが『昔、この地域には津波が度々起こっていて、今も避難訓練をしている』とお話してくれた時にピタッとパズルがはまった気がしたの。


こんなに怖いのはここに津波がくるからだって。


それで。つい言ってしまったの。

端からみたら頭が変なおばさんよね、全く。でも言わずにはいられなかったのよ。


変な光景が見えたの。

海から真っ黒な水が溢れてきて街中だけでなく。山の中腹まで水がくるのが。


あのホテルは大丈夫な気がしたわ。頑丈な高層ビルだから最上階に避難できたら大丈夫な気がした。


でもね、あなた達と買い物に行ったショッピングセンターも、岬の展望台も、別荘地も砂浜も何もかもがみんな流されるのが見えたわ。


それがずっと、ずっと、繰り返し見えるのよ」


叔母は顔色を蒼白にして話した。

さっきからコーヒーにもケーキにも手をつけず、何かに憑かれたように話をしている。


「大丈夫かって?正直言ってあまり大丈夫じゃないわね。この際だから、さらにおかしな事を言うけどいい?


実はね。昔、霊感があるという友達から聞いた話があるの。


その子は死期が近い人の顔を見ると顔の辺りが黒く見えると言ってたわ。私、そういうの大嫌いだから聞き流してたのだけど。


あのリゾートで見かけた人たち。顔の辺りが真っ黒な人ばかりだったの。

日焼けじゃないわよ!

なんといえばよいのか。黒い煙みたいなのがかかって顔立ちがはっきり見えない感じよ。あの子が言ってたのはこの事かと思ったわ。


ホテルの人たちは大丈夫だったの。

でも。道を行く親子連れも若者もお年寄りも、みんな真っ黒な顔をしていたの。


私 あんな怖い思いをしたのは、はじめてよ。


何より怖かったのがね。あそこに別荘を買おうと思うって姉さんと義兄さんが言った途端に二人の顔が黒く見えたの。


だから、私取り乱してしまって。ただでさえ津波のイメージがこびりついたように離れなくて参っていたのにこれ以上は耐えられなくて。それで先に帰ったの」


叔母はハンカチを取り出して涙を拭った。いつも小言を言うけど比較的冷静な叔母がここまで取り乱すのは珍しい。


「だからね。姉さんに言ってくれない?あそこに行くのも別荘を買うのも絶対、絶対、止めるようにって。

怖くて、家に戻ってもよく眠れないのよ。


ごめんなさいね。変な話を聞かせて。それでもこんな話を聞いてくれてありがとうね。少し落ち着けたわ」


叔母は弱々しく微笑んだ。

明日、心療内科に行くそうだ。もう私がカウンセリングしたようなものだが、プロに話を聞いてもらって少しでも落ち着けばよい。


帰りがけ、玄関まで私を送ろうとした叔母が立ち上がり際によろめいた。

とっさに叔母の体を支えた時、それは見えた。



ゴーーーーーーーーーーッ

重く低い地響きを上げて沖からやってくる黒い大量の水。

その水は私たちが宿泊していたホテルがあるビルの中層にぶつかり、せき止められた水は2つに分かれて町へ。

黒い水はあっという間に平坦な町と別荘を飲み込み、山に向かっていく。

ふっと風景が変わる。山の中腹あたりから町の方を見ているとそこへ黒い水の飛沫がやってくる。



「どうしたの?」

叔母に声をかけられて気がついた。

なんでもない、と答える。

母へのお土産にと持たされた白花のケーキのお礼をして叔母の家を後にした。


集団ヒステリーってやつかな。

叔母の話に当てられたみたいだ。

早く帰ろう。


私は母に叔母の話を伝え。件のリゾート地のセカンドハウス購入は見送りになった。


翌年、そのリゾート地周辺で地震による大きな津波が起き多数の犠牲者がでた。


私達が宿泊したホテルの従業員は最上階に避難して無事だったらしい。津波は過去に到達した範囲を大きく越え、山の中腹まで及んだと報道された。


そのショックで叔母が寝こむことになるとは、その時の私は想像もしなかった。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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