7,言語野を知らない人
いじめられていた女子は僕の火上に対しての暴行を止めたいのか?自分がいじめられているのに?理解できなかった。この女子にかまっている暇はないので、鉄槌を火上の頬にたたきつける。
もっとだ。僕はもう片方の腕を振りかぶろうとした。そうしたら女子が悲痛な顔をして近寄ってくる。なんなんだ?さすがにこの子に暴力で言うことを聞かせるのは駄目な気がする。会話で解決しよう。
「君はこいつらにいじめられてたんだよね?こいつらをかばう理由なんてないだろう。」
僕は邪魔をされたことに対する憤りを抑えながら確認した。それに対して女子は震えながらも言葉を紡ぐ。
「でも、でもここまですることはないです。」
「甘い。こういうやつは痛めつけないと調子に乗るんだよ。」
「・・・・・・こんなふうにな。」
僕は顔を狙って飛ばされた水を首をひねってよけてから台詞を言い切った。続けて火上に鉄槌を数回打ち付ける。
火上は動かなくなった。こいつはなかなか粘るのでかなり殴らないといけない。僕は火上から離れて火上の仲間を痛めつけることにした。近くにいたやつを足で踏みつける。
「駄目ですよ!この人は抵抗していません。」
「うるさいな。心を折ってまた戦おうと思えないようにしてやらなきゃいけない。」
さっきから何なんだ。僕の行動に文句ばかりつけやがって。綺麗ごとじゃどうにもならないんだよ。これ以上、注意されたら手が出そうだ。適当に脅しておこう。
「どこかに行ってくれないかな?女の子は殴りたくないけど、体がいうことを聞かなくなりそうなんだ。」
声を荒げてそう言った。すると女子は自分の頭をさすった後に気まずそうに口を開いた。何を言おうとしているのだろう?
「私、女じゃありません。」
はい?僕はもう一度、女子?を観察する。緑色のまっすぐな短い髪と翡翠のような目に、おっとりとした顔と白い肌。平均的な身長。口元を隠す白いマスク。どう見ても女だ。
「どういうこと?」
「教域に来たのは自分の好きな格好をするためでした。」
質問をしたら身の上話が始まってしまった。彼女いや彼はざっくりと自身のことを説明していく。どうやら彼は息苦しい故郷を離れてここに来て好きな格好をしていたらあいつらにいじめられたらしい。
「本当にあいつらをかばう必要ないじゃん。」
彼の話を聞いた僕の率直な感想だった。周囲から浮いた存在にすぐさま暴力をふるう火上に呆れた。そんな僕の感想を聞いても彼は悲しそうな顔を崩さない。
「それでも人を痛めつけるなんてよくないことです。」
僕は気づいた。彼は真面目なのだ。世間で語られる道徳という概念に忠実なのだ。吐き気がした。正しく生きているからなんだ。道徳なんて建前だ。
みんな好き勝手に道徳を語る。でもその道徳は保身に負ける。そしてこれはこれと言い訳を重ねる。つらい目にあってでも道徳を貫くなんて馬鹿のすることだ。
僕は道徳なんてどうでもいい。どうでもいいはずだ。僕は自分のために生きるのだ。誰かのためになんて無駄なことは考えない。それでいい。なのにどうしてこんなに焦っている?
腹が立った僕は適当に近くにいたいじめっ子の腹をかかとで押しつぶす。そのあと僕はどうしようもない気分になってその場を後にした。
翌日の昼休み、僕はとても憂鬱な気分だった。昨日のことを後悔していた。無駄に敵を作ったかもしれない。昨日の放課後と今日の朝は何もなかったが昼休みも何もないとは限らない。
まああの程度の連中、正面からでも勝てる。五人もいても小学校の時の連中よりも連携が取れていない。数がこれ以上増えなければ大丈夫だろう。まあ、あれ以上の数を集めるのは難しい。数が増えることもないはずだ。
昼休みに教室で佐々木と会話でもしよう。思考を切り替えようとしたところでガラっと教室の扉が開いた。
「こんにちわー。鈴木 秀太君に用がありまーす。」
最悪だ。火上が取り巻きを六人連れてやってきた。こりゃやべえ。流石に七人と正面から戦闘したら勝率は低い。
落ち着け。知らないふりだ。まさかあいつらも他クラスの教室で喧嘩しようなどとは思うまい。教室から出なければいい。
周りのみんなもこんなやつの言うことは無視すればいいのだ。いや言われるまでもなく、そうするだろう。他のクラスに大人数で押しかけてくるやつに好感は持てないと思う。
僕は周囲を見渡す。クラスのみんなは笑顔になった人、無表情になった人、顔を見合わせる人、多様な反応だ。そしてクラス一丸となって僕を教室から押し出した。
「このゴミどもがああああああ!」
ちなみに佐々木は助けてくれなかった。足をがくがく震えさせて尻もちをついていた。生まれたての小鹿かよ。まあ教室から押し出すのに協力していなかっただけよしとするか。
「ずいぶんな慌てようじゃないか鈴木。」
誰のせいだ。クラスメートに裏切られたのはこいつのせいだ。こいつのせいでクラスメートが全く信用に値しないことが露呈してしまった。知らないほうが幸せだっただろう。なのにこいつは残酷な現実を突きつけてきやがった。
「ひ、ひひうええええ!ころすすうううう!」
このくそ野郎が。俺を小学校で卒業まで苦しめやがって。絶対にこいつを拷問しなければならない。股間を何度も踏みつけて、水をぶっかけてやる。
もう残酷なことしか考えられない。僕は全身の力を適度に抜いて構えをとる。火上はそんな僕をさらに挑発する。
「獣の鳴き声みたいだな。言語野がいかれてんじゃねえのか?」
「ゲンゴヤ?ナンだそレ?ころすすうううう!」
言語野が何かは知らないが馬鹿にされていることはわかるのでころすすうううう。ころすすうううう。ころすううう!
「こいつ言語野も知らねえのか?頭悪い。」
ころすすうううう。僕は不良共にすり足で接近することにした。その時、聞き覚えのある女の声が聞こえた。
「ダメですううううう!」
この場にいる全員の視線が声の主に集中する。僕も声の主を見る。昨日の男子だ。声まで女っぽいから性別を誤認した。
「どっか行ってな山田!もうお前に用はない。」
火上が冷たい声で昨日の男子に退避を命ずる。あの男子、山田っていうのか。火上の野郎、山田をいじめていたがもうどうでも良くて優先すべきは僕ということか?
「昨日はあんなに下品な視線を向けて、嫌がっているのにお構いなしだったじゃないですか!」
山田の叫びが廊下に響きわたる。教室の中からクラスメートたちの会話がざわざわと聞こえてくる。俺たちを助ける気はないのに話だけ聞くつもりらしい。ふざけんなよ。
「なに火上君、あの子に気があるのかな?」
「確かにかわいいけど。」
「無理やり?ちょっと見たかった。」
「火上君に無理やりいろいろされる?羨ましいから変わってよ!」
誤解が生じている。いっそのこと火上の悪口を言え。最後のやつは何を期待してるんだ?くそが!火上の野郎、女子から好かれやがって殺すぞ!
「山田!誤解を生む発言すんじゃねえ!てめえ男だろ!」
教室で爆発的に会話が広がる。何を騒いでんだこいつら。僕を見捨てたくせにのんきに会話してんじゃねえ!しかも今気づいたが教室の窓から様子を覗いていやがる。こいつらも殴ろうかな?
「男?まさか火上君、男子が好きなの?」
「あんなに可愛いのが男なわけないだろ!嘘ついてごまかそうとしてるのか?」
「男が好き?俺にもチャンスがあるんじゃねえのか?」
「男と男の関係。魅力的ね。」
「私のほうが可愛い。火上君の心をつかむのは私よ!」
どうやら僕のクラスには変わっている人が多いようだ。こいつらもいじめられる資格があるのではないだろうか?僕は少し現実から逃げた。