6.5 都会に憧れて
私は息苦しい故郷が嫌いだった。みんな世間体を気にしているし、可愛いものが置いてあるお店も少ない。
私の故郷は群馬県にある田舎だ。人が少ないから周りに目が向きやすいし、人が少ないからお店も充実していない。当然のことだ。
だから私は都会に憧れを抱いた。人が多いから周囲のことなんていちいち気にしないだろうし、可愛いものが置いてあるお店もいっぱいあるんだろうな。そう思っていた。
「おい山田!どうしたんだよ?ぼーっとして馬鹿みたいな顔してたぜ。」
「いや、こいつは本当に馬鹿だろ。学校にこんな格好でくるんだなんてよ。」
都会は意外とろくでもなかった。いやこの東京教域がおかしいだけかもしれない。インターネットでも治安が悪いと書いてあったし。
校則などのルールは守っているはずだ。受業も真面目に受けている。なのに私はこうしていじめられている。
いじめっ子の数は五人。こうやって大勢に囲まれるのは初めてなので、全く体が動かない。体が動いたとしてもどうにもならいけど。
せっかく自由になれたと思ったのに、誰かに助けてほしい。道を踏み外さず生きてきたはずなのに誰も助けてくれない。両親は正しいことをしていれば誰か助けてくれると言っていた。
そんなのは嘘だ。いや服装が正しくないからかもしれない。正しいってなんだ?わからない。私は現実から逃げるように正しさのことを考えた。
その時だった。私の斜めに立っていたいじめっ子のほうから鈍い音がした。一瞬遅れて悲鳴も聞こえる。え?私が慌ててそちらに目を向けるといじめっ子の顔は驚きと苦痛に歪んでいじめっ子は前から倒れる。
あまりに一瞬のことだったので理解が追いつかない。その間にも事態は進んでいく。いきなり現れた金髪の大柄な男子が息もつかせぬ三連撃でいじめっ子を地に沈める。速かったので攻撃がよく見えなかった。
「キエエエエエエエエエエエエエ!」
耳をつんざくような大声。この男子はいきなり暴力を振るい始めたし、威嚇するしまるで山猿だ。いきなりの大声でみんな硬直している。
金髪の男子は一番近いところにいるいじめっ子に急接近。みんな動けない。これは打つ手なしか?そう思った。だがいじめっ子たちのリーダー、火上が金髪の男子といじめっ子の間に割り込んで左足で踏み込むと同時に左拳を突き出す。
見事に命中。何かあった時に咄嗟に動けるのが火上のいいところだ。だから人をいじめていたとしても人望があるのかもしれない。
目の前の修羅場を前にそんなのんきなことを考えていると、火上の左手から水が放出される。火上の名前からも本人の見た目からも水より炎のほうがイメージに合うがこれが火上の能力だ。まあ異能は別に本人の性格や見た目で決まるわけじゃないから別におかしくはない。
火上の異能の階級は五級。五級だとかなり弱いが小細工ぐらいには使える場合もある。実際、金髪の男子の顔面に水がかかり大きな隙を作ることに成功した。
火上はその隙を逃さず、腹と顎を殴りつける。金髪の男子は後ろに何度も跳んで距離をとった。火上の顔は憤怒に歪んでいる。いきなり襲撃されたから怒っているのか、ほかに理由があるかは判断できない。
「こいつを倒す。まとめてかかるぞ!」
火上が仲間たちに指示を出す。仲間たちは戸惑いながらも支持を理解した。ただ喧嘩慣れしていないのか反応するのが遅かった。いや私は喧嘩したことないからわからないだけでこれが普通なのだろうか?
金髪の男子が素早くいじめっ子の一人に接近。素人の私でもわかる。無駄のない動き。いじめっ子は拳を後ろに引いて迎撃しようとするが、それより早く金髪の男子の掌がいじめっ子の顎を軽く揺らす。
そこから目にもとまらぬ速さで複数個所への連続の攻撃。頭や腹などを何発も殴っていた。何発かはわからなかった。
力尽きていじめっ子が地面に膝をついた。最初は5人で私を廊下に追い詰めていたいじめっ子たちの中で動けるのはもう二人しかいない。
それでも火上の戦意は一切揺らがない。火上は異能で水を発射。金髪の男子は首をひねって水をよける。さっき当たったのは火上の能力を把握していなかったからなのだろう。でも私だったら分かっていても避けられない。
ただ水に気をとられたせいか、火上が続けて放った拳をよけることが出来なかった。それに加えてもう一人のいじめっ子の拳を振り回すような一撃が頬に直撃する。
でもいじめっ子は痛そうに拳を左手で押さえる。対して殴られたはずの金髪の男子のほうはあまり痛くないようだ。普通逆ではないのか?
私が少しびっくりしている間にも状況は進んでいく。金髪の男子の掌がいじめっ子の頭を大きく震わせる。
火上は金髪の男子が仲間を攻撃して隙ができたと見たのか腰を回して拳を突き出す。うん、これくらいなら何とか見える。だがここからが見えなかった。
金髪の男子が左手を動かしたと思ったら火上が急に姿勢を崩す。姿勢が崩れた火上のすねに金髪の男子の足がぶつかり姿勢がさらに悪化する。
そこから気づいた時には火上の腹に上履きがめり込む。ほぼ同時に火上の仲間が動き始める。そして金髪の男子の前に立って拳を引いた。
先に攻撃できたのはやはり金髪の男子だった。左腕がすさまじい勢いで伸びる。一瞬遅れて火上の仲間の頭がぶれる。攻撃の瞬間が相変わらずよく見えない。どうやったらそんなことができるのだろうか?
だがそれだけ強くとも数が多いとてこずるものらしい。火上が水を金髪の男子の目に入れる。そこから勢いよく右拳を叩き込む。そしてもう一発、今度は左手でやはり頭に追撃を入れる。
次に備えようと火上が手を引こうとした次の瞬間に腕に金髪の男子の手が絡みつく。視界が戻ったばかりなのに即座に次の行動をとった?信じられない。
火上の腕が力強く引き寄せられて、気づいたら火上の横顔は膝でゆがめられていた。火上の仲間は攻撃に参加しようと動き始める。攻撃の直後である今が好機。
私もそう思った。火上の仲間がある程度まで近づいた瞬間、しなやかに動いた足が腹に押し込まれた。火上の仲間は腹を手で押さえて地面にゆっくりとへばりついた。
これで全員動けなくなった。・・・・・・いや火上の目は死んでいない。まだ戦う気なのか?何が彼を動かしているんだ?
しかし気力は十分でも体力は限界。左足を横から蹴りつけられた火上は地面に背中をつけた。勝負あり。私はそう思った。
でも金髪の男子はそのようには考えなかったようだ。火上の上にまたがって握り拳を振り上げる。それはやりすぎだ。これ以上は間違っている。
私は気づいたら金髪の男子の前に立ち、こう言っていた。
「だ、駄目です!」
金髪の男子が下から私を強くにらむ。確信した。この人は私を助けるために喧嘩をしたのではない。自分のために喧嘩をしたのだ。