5,どこまでも強くなりたい
休憩した後に他の道場生とも組み手をやり終わって少し時間が空いたので清助と雑談でもすることにした。いろいろと話したいことがある。
「清助君。ちょっといいかな?」
「組み手か?やろうぜ!」
元気のいい声だ。だがそうではない。清助の思考はすぐに組み手に結び付く。空手が大好きなのだ。この道場で一番練習を積み重ねたのはこいつだ。
僕も清助の練習相手をずっとやるのは厳しい。天才というのはそういうものらしい。精神から常人と違う。常人の心が壊れるような鍛錬ができる。どんどんと技術も習得する。
だから僕は清助には勝てない。無力感が僕を襲う。僕は無力感を振り払うように首を振った。こいつは友達だ。友達だからいくら劣等感にさいなまれようとも憎んではいけないのだ。
そう無理やり心に言い聞かせる。そうだ僕は楽しい会話をするのだ。暗くなってはいけない。僕は気を紛らわせるべく会話を続けることにした。
「清助君は中学どうする?僕は東京教域に行くんだ。もうここにはいられない気がしてね!同級生には言ってないんだ。それでね。」
「早口だぞ。秀太。もっとゆっくり、あと内容が多い。もっと絞れ。」
僕は口数は多く人見知りもしなかった。だが陰キャである。その理由は空気が読めないのにガンガンしゃべるからだ。悪い癖だ。僕は本当に教域でやっていけるのか?また同じことになるんじゃ。心配で表情がゆがむ。
「おい秀太。落ち込むなよ。俺は空気が多少読めなくてもお前と友達でいたいよ。」
こいつはいい奴だ。新しく道場に入ったやつがいるとすぐ組手をさせようとしたり、感覚でやってるから空手を教えるのが下手で空手を教わりにきた後輩をがっかりさせる。でも気遣いができないわけじゃない。
「有難う清助君。僕の友達なんて君くらいだ。」
嬉しくて少し涙が出る。声も震えてしまっている。きっと今僕は気持ちの悪い笑顔を浮かべている。清助はそんなを見て笑顔で言った。
「友達の数が少ないなんて悲しいこと言うなよ。お前も教域行くのか。俺もだ。」
驚いた。なんでだ。空手の試合に出れなくなるかもしれないのに、僕は呆けた顔になった。自然と言葉があふれ出てくる。
「どうするの。体の形が変わる異能を手に入れたり、『呪い』とか背負ったりしたら空手に影響が出るよ!せっかくここまで強くなったのに、台無しになるかも・・・・・・。」
また早口になってしまった。僕はそれに気づいたので黙った。それに清助もきっと考えてのことだ。理由を聞こう。僕が決意したとき清助は口を開いた。
「いいんだ。俺はもっと強くなりたい。空手は楽しいけど強くなる一つの手段でしかない。役立つ異能があるに越したことはない。それに試合で実績を上げなくても強ければそれでいい。」
異能にはいろいろある。体の形状さえ常に変えてしまう異能もある。そういう異能は格闘で有利になりすぎる可能性がある。
なので多くの空手の公式大会には出られなくなる。一部出られる大会もあるがそれは珍しい。それだけではない。
弱くなる可能性もある。『呪い』と呼ばれる種類の異能だ。『呪い』は自分の能力を下げるなど生活に悪影響が出る異能だ。持っているだけで損をする。『呪い』が芽生えた場合は程度に応じて国から補助金が出るくらいだ。
清助はこれらのリスクを呑み込んだうえでもう強いのにさらに強くなろうとしている。狂っていると思う反面、尊敬している自分がいる。
いろいろ思うところはあるが、清助にかける言葉は決まっている。一つしかない。これしか思い浮かばない。
「清助君、本当にすごいよ。」
「お前だってすげえよ。」
清助のいつになく真面目な声。思わず清助の顔を凝視してしまう。喜怒哀楽が分かりにくい真剣な表情だった。清助は表情を変えず話を続ける。
「俺はいつもお前に驚かされるよ。それだけの実力を持ちながら昇級に興味を示さない。他の道場生から帯の色に文句を言われても昇級しない。」
「それは筆記試験が面倒くさいからだよ。あいつらを倒せる強さがあれば自分の帯の色なんてどうでもよかった。」
「人一倍努力する。」
「清助君には敵わないよ。」
「いじめっ子を倒して、目的を果たしてもまだ空手を続ける。」
「なんとなくやめられないだけだよ。」
会話が続く。僕は清助に褒められるだけの人間じゃない。顔もよくないし、学力は低いし、性格は卑屈で、空手だって僕より強い奴はかなりいる。つらくなって僕はうつむいた。
清助は落ち込んだ僕の肩に手を置いた。僕は思わず顔を上げた。清助のクッタクのない笑顔が間近にあった。清助は穏やかな口調で僕に語り掛けた。
「お前は本当暗いよな。でもお前が何と言おうと俺はお前のことをすごいと思ってる。」
自信は今までの長い生活で失っていた。清助にいくら褒められようとも取り戻せないものだ。でもいつか清助にショウサンされたら素直に認められる自分になりたい。