第8話 明かされる真実
清白エリカは玉垣を乗り越え、右側の幹に打ち付けられたわら人形の前まで行くとこちらを振り返った。
「《《清白》》さんが記憶喪失になることは想定外のことだったのよ」
「なにを言っているの? 清白エリカはあなたでしょう」
私は黒瀬リン――いくら記憶を失ったとしても、それだけは変わらない。
「いいえ」
首を横に振ると、清白エリカは静かに話を続けた。
「これは呪いなの。あなたはこのわら人形の呪いによって本来の体である清白エリカから黒瀬リンの体に精神だけが移動したの」
「そんな非現実的なこと、急に言われても……」
――ただ、今になって思い返してみると、居心地の悪かった私の部屋、家族に関する記憶の欠除、ナビ機能を使った登校、奏でられなかったサックス。今の話が本当だったとしたらすべての辻褄が合う――。
「わたしは清白エリカをちゃんと演じたというのに……。でもこれも仕方のないこと。どうせこの効果は2日間しかもたなかったのだから」
残念そうに言うと、カバンの中からL型の釘抜きを取り出していた。そして、上下逆に打ち付けられたわら人形の釘を《《手慣れた》》ようすで抜き取ったのだった。
――次の瞬間――。
見ている景色がグニャッと大きく曲がった。とても気持ちが悪い。私は我慢できずその場にしゃがみ込んで目を閉じた。
次に私が目を開いたときには驚きの光景が目の前に広がっていた。
そこには、玉垣の外側でしゃがみ込んだ黒瀬リンの姿があったのだ。私はいつの間にか玉垣の内側で釘抜きを持った状態で立っていた。そして、今まで失っていた記憶が走馬灯のような形となって蘇った。
「これで信じてもらえたかしら?」
黒瀬リンが立ち上がりながら訪ねてきた。
――すべて思い出した。深夜、喉が渇いて目覚めた私は、机の上に置いていたペットボトルの水を飲もうとして、ベッドから起き上がり足元にあったなにかを踏んでバランスを崩し、硬いものに頭をぶつけ、そのまま気を失ったのだ。あのとき私はすでに黒瀬リンになっていたんだ。いくら暗闇だからって自分の部屋であんな無様な転倒するはずがない――。
「髪型っ!」
ハッとした。鏡の前で《《無意識》》でまとめたハーフアップ。
「そうよね。わたしたち、まったく同じ髪型よねっ」
黒瀬は人差し指に髪先を絡めながら答える。
「これであなたにもいじめられる側の人間の気持ちが少しはわかってもらえたかしら?」
今の黒瀬の発言には正直ムカついた。
たしかに黒瀬をいじめて楽しんでいたのは本当のことだが、あそこまでえげつない嫌がらせはした覚えがない。いじめにも程度ってものがある。
「こんなことしたって逆効果に決まってるじゃない。でも今日の黒瀬の演技、最高だったわ。明日からはこの私がもっと徹底的にいじめてあげるから楽しみのしておきなさいっ」
玉垣を飛び越え、その勢いのまま黒瀬を膝蹴りする。「うっ」という声と共に地面に崩れ落ちる黒瀬を、私は笑いながらなおも執拗に蹴り続けた。