第2話 変わらぬ日常?
頭の痛みで目が覚めた。
私は寝相が悪いようで、目覚めた場所はベッドの上ではなく床の上だった。近くに置いてあったスマホの画面を見ると、時刻は5時59分と表示されていた。
どうしてこんなに頭が痛いんだ?
私は、そっと痛みのある部分に触れてみた。ん? なにかが付いている。
手櫛で髪を梳くと、ドス黒いものがボロッと落ちてきた――それは血の塊だった。ただ、その理由がまったく思い出せない。それだけではなかった。私の記憶がごっそりとなくなっている。過去の記憶ばかりか、名前や年齢といった基本情報まで。
なんとなく居心地の悪かった部屋をスウェット姿のまま出ると、なんと《《リビング》》が広がっていた。パンの焼けるいい匂いが鼻腔をくすぐる。
「遅いわよ、リン」
身支度を整えている母親らしき人物が一瞬動きを止め、こちらを振り向く。「それではこの問題について、黒瀬優子さんのご意見をお聞かせください。ご紹介が遅れました。黒瀬さんはご自身の著書『その考えが日本教育をダメにする』にてシリーズ累計100万部を突破。現在もっとも人気のある教育支援アドバイザーのひとりです」
朝のテレビ番組に映っている人物が目の前にいる。
「そんなに驚くこと? これ録画番組だからっ」
なるほど。
私の母親はテレビに出るほど有名な教育関係者なようだ。となると尋ねたくなる。
「お父さんは?」
「今日のあんた、なにかおかしいわよ。あんなダメ夫のことなんてもう忘れなさい」
私は無言でうなずいた。
「ねぇ、今日は頭が痛いから……」
「ダメよ!」
私がすべてを話し終える前に口を挟まれてしまった。
「お母さんの立場も少しは考えてちょうだい!」
そう言い残し仕事に行ってしまった。
私はすっかり冷めてしまったパンにジャムを塗ると部屋に戻った。パンを口に加えたまま鏡の前で長く伸びた黒髪をハーフアップにまとめる。目の下には隈ができていたので、コンシーラーを塗って隠した。
机の横のハンガーに掛けられた制服は私立篠峯学園のもの。ノートや教科書には『2年3組黒瀬リン』と書かれている。記憶喪失に近いこの状況下で学園に通うのは本当は嫌なのだけれど、母親の立場を慮って登校することにした。