第1話 丑の刻参り
「ヒィッ」
思わず声が漏れてしまった。
突然吹いてきた風の冷たさに驚いたからだ。ここ東北地方の秋の訪れは早い。10月も半ばになり朝晩の冷え込みは日に日に増すばかりだった。時刻は午前1時。私は素肌に白装束のみを羽織るだけという異様な服装で、ここ野呂 神社の本殿裏にやってきた。
道中はだれにも見つからないようにと念を押された。私だってうら若き乙女。こんな姿たとえ赤の他人であっても見られたくはない。だから自転車は使わなかった。物陰を見つけては、そこを目指し小走りで隠れる。これを繰り返し、ようやくここまでたどり着くことができたのだ。
スマホのライト機能を使って周囲を確認する。ここは街外れにある台地のヘリ。周囲を木々が覆い、道には街灯もなかった。しかも今日は朔月。月明りは期待できない。
神社の御神木である夫婦杉を見つけ玉垣を跨いで越える。ここからは、足元を照らしながら木の根を踏まないよう慎重に近づいた。
木の幹に軽く手を当て撫でてみる。
ゴツゴツとした荒い表皮。
さらによく見ると、真新しい小さな穴が所々に開いていた。
「これって……もしかして……」
丑の刻参りは今も脈々《みゃくみゃく》と続いている。そう考えるとなぜか真実味が増し、罪悪感は薄れた。
「これからここにわら人形を打ち付けます。神様、どうかお許しください」
大きく息を吸い込んだ後、一礼をした。
スマホを首から下げ、必要なものを手提袋から取り出すと、冷えた指先に息を吹きかけ温めた。木の幹にわら人形を押し当て、五寸釘でその中心を押さえてから、ゆっくりと金槌を使って釘を打ち付ける。もうひとつのわら人形は上下を逆にして隣に並べるようにして、同じように打ち付けた。わら人形の中には呪いたい者の体の一部である爪を仕込んだ。
――1時間後――。
ドクン――心臓の鼓動が大きく跳ね上がった。目の前の景色がグニャッと大きく歪み、私の意識は暗闇の中へと深く沈んでいったのだった。