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妖の庭  作者: 神橋くない
12/14

背負う男の物語(後編)

カンクロウは一目散にカイセンのもとへ走る。

息はとうに切れているはずなのに村人たちへの避難勧告をやめず、喉が千切れるほど叫んだ。

村人たちは今まで見たことのないカンクロウの様子から、カンクロウを疑うことなくカンクロウが示す方向へ避難する。

全村人率いるカンクロウの姿を見て城の門前にいた守人が愕然としていると

「門を開けろぉぉぉおおおおお!!!」

カンクロウの咆哮が聞こえ、思わず門を開いてしまった。

カンクロウ率いる村人たちが門の中に入り、守人の敷地内に収まる。

カンクロウはその様子を見ることなくカイセンの元まで走り続けていた。

周囲の騒ぎを聞き昼食の準備を止め、様子を見に行こうとするカイセンとカンクロウが廊下でバッタリ出会った。

「なんの騒ぎだカンクロウ!貴様の…」

カイセンはカンクロウに声を荒げようとしたが、カンクロウの言葉に打ち消された。

「妖刀二刀流。敵襲にございます。村人の避難は完了。エビスが足止めをしています。」

カンクロウは今にも倒れそうなほど息が荒れているが、カイセンをまっすぐ見て報告した。

その報告を受けてカイセンの表情が驚愕を見せた後、慌てることなく冷静に指示を出す。

「カンクロウはここに残っていろ。避難ご苦労様だった。俺が迎え撃つ。」

カイセンはそのままカンクロウを過ぎ去り、外に出ると草鞋を履いた。

草鞋を履いてからカイセンが足を地面に蹴るたびに小さな爆発と共にカイセンが跳躍する。


カイセンが跳躍した時、村の入り口の方でエビスと男が戦っている様子が見えた。

すぐさまエビスのところまで駆け寄るカイセンだが、エビスの手足には多数の切り傷があり、かなり体力を消耗している様子だった。

しかし、エビスは持っている縄を男の左手首にくくりつけ左腕の自由を奪っていた。

「エビス!!!」

カイセンはそう言って男の胸に目掛けて踏む勢いで足底を強く打ち付ける。

男の胸に強い衝撃が走るが男は微動だにしなかった。

「弱いな」

男の声がした。

男は右手に持っている妖刀をカイセンに向かって振る。

なんとかカイセンは紙一重で避けたが、男を蹴った足に激痛が走った。

「先ほどの蹴りで足を負傷したか。脆いな。」

男は白銀の刀身を輝かせた妖刀をカイセンに向ける。

「エビス。その縄だけでよくぞここまで耐え抜いた。その縄、俺が代わりに握ってもいいか?」

エビスは頷き常に張っていた縄をカイセンに渡す。

縄が緩んだ瞬間、男の手首から縄が解け落ちた。

カイセンは縄を負傷した足にくくりつけ強く結んだ。

「不思議だったろう?この縄。張れば張るほど強靭になる縄だ。状態を見るにその妖刀ですら断ち切れなかったようだな。」

カイセンは得意げに笑う。

「ここで1番強いやつを差し出せば貴様を見逃してやる。」

男の言葉にカイセンは堂々と立つ。

「俺だよ。この村1番の守人はぁ!」

カイセンは地面を強く蹴り、縄を巻いている足で前蹴りをする。


カイセンの使用する草履(妖具)は踏んだ時の衝撃の強さに比例して爆発力を増す。そのため、足への負担がかなり大きく、この村で使用できるのはカイセンのみ。そして、この技はカイセンが編み出した諸刃の剣。

片足で地面を蹴ることによる急加速。それに加えて前蹴りの脚力と加速による、地面を踏み締める以上の衝撃が生み出される。さらに縄による衝撃のベクトルを前方に絞ることでさらなる威力を生む。

爆脚(ばっきゃく)っっっ!!!」

カイセンの一撃が男の胸部を襲う。

強い衝撃にカイセンは後方へ吹き飛び、地面に転がる。

男は初めてよろめいたが、倒れることはなかった。

「恐るべし、白銀の妖具。二刀流ともなれば、その肉体は鋼以上か。」

カイセンは男の様子を見て狼狽えた。

男はよろめきながらもゆっくりとカイセンに向かって歩む。

「感謝しろ。貴様は我が刀のエサとなる。そして、ここの人間、カミは俺によって殺される。俺は強き者を喰い、この世界に覇者となる者。ノーリの養分として永遠に生きていけることを誇りに思え!」



「ちょっと待った。」


その声はエビス、カイセンの後ろから聞こえた。

そこにはカンクロウが悠々と立っていた。

「カンクロウ!残っていろと言ったはずだ!」

カンクロウはカイセンの言葉を気に留めずカイセンの方にゆっくり歩いていく。

「説教は後でゆっくり聞いてやる。縄と草履を借りるぜ。」

カイセンの足に結ばれている縄を解き、草履を脱がせた。そして、縄を襷掛け(たすきがけ)のように体に括り、草履を履いた。

「感謝しながら喰われる奴がこの世にいるかよ。感謝するのはお前だろうが。いただきますって言葉、ママから習わなかったか?」

ノーリが険しく睨んでいるのを見てカンクロウは得意げな顔をする。

カンクロウは胸いっぱいに空気を吸い、獅子の咆哮の如き大声を放った。

「俺はセオー村の守人、オカ・カンクロウ!俺にしがみつく()は全て救う。俺を跳ね除ける()は全て断つ!」

カンクロウは妖刀を引き抜き構えた。

「さぁ、喰えるもんなら喰ってみやがれ。」

カンクロウの妖刀が桜色に輝く。

ノーリがカンクロウ目掛けて走る。

カンクロウは妖刀を一振りするがノーリに易々と避けられてしまった。

カンクロウの妖刀は大太刀。長い分一振りの時間は刀より長く、体勢を整えるにも時間を要する。

ノーリはその隙を狙いカンクロウに斬り込む。

カンクロウはその一撃を鞘で受け止める。

しかし、ノーリは二刀流。もう片方の刀がカンクロウを襲う。

カンクロウは咄嗟に動くが避けるには間に合わず、ノーリの妖刀がカンクロウの胴を喰った。

ように見えたが、体に結んでいた縄が強く対抗していた。

カンクロウは笑みを浮かべ

「貴様の力量が凄まじくても、俺の技量には及ばん。」

カンクロウは避けられた妖刀の振りの勢いをそのままノーリに向けた。

ノーリはすぐさまそれに気づき避けようとしたが、刃が頬を掠めた。


カンクロウが戦う様を見たカイセンはカンクロウの努力を感じた。

一般的な刀は重さ約1kg。それに比べて大太刀は約2〜8kg。刀の数倍もの重さに加え刀身の長さが加わり、武器として扱う場合は重さ以上の負荷が腕にかかることになる。

その大太刀を木の枝を振り回すかのように軽々と操る技量だけでなく、懐に入り込まれた場合の対応策として妖具を用いる頭脳を併せ持った影の努力家。

「カンくん。すごいね。」

エビスはカイセンに語りかける。

カイセンはその言葉に応じず、ただまっすぐカンクロウを見ていた。


カンクロウは左右の手で妖刀、鞘を持って腕を広げる。片足を一歩後ろに引き、ノーリをまっすぐ見ている。

妖刀は血を吸うたび使用者の身体能力を上げる。先ほどノーリの頬を掠った一撃がわずかながらカンクロウの身体能力を向上させ、疲労していた肉体を万全な状態まで事実上の回復を遂げた。カンクロウはノーリとの持久戦は不利と考え一撃で決める意を決した。

カンクロウの足元から強い爆発が起こる。爆風を感じる前にノーリの目の前にはカンクロウが現れていた。

左右から妖刀と鞘が襲いかかる。ノーリは妖刀で左右の攻撃を迎え撃つ。

カンクロウは笑みを浮かべ、脚を強く曲げる。

「爆…脚ッ!!」

急加速と脚力。どちらもカイセンを大きく上回る力から生み出される前蹴りがノーリの胸部を強打する。激しい爆音と共に木の幹すら曲がる爆風が起こり、辺りの家々は半壊状態となった。

ノーリは強い衝撃に数歩後退りし膝をついた。

ノーリの呼吸が荒い呼吸を初めて見せた。

それほどの威力ということは言うまでもないが、周囲の状態を見ても尚ノーリが呼吸していることも事実だ。

カンクロウはノーリの様子を見て、咄嗟にカイセンの元へ駆け寄る。

そして、カイセンとエビスを担ぎカミサマの元へ飛び立った。

「おい!!カンクロウ!何をしている!ヤツはまだ生きているんだぞ!背を向けるな!」

カンクロウは答えずただカミサマ、村人たちのいる城をまっすぐ見ていた。



城へ到着しカイセン、エビスを下ろす。

村人たちは爆音と共に現れたカンクロウを見て目を丸くしていた。

カイセンたちを助けに行ったと歓喜する者や敵の生死を問う者、それぞれ思い思いのことをカンクロウに問う。

その場には村人たちを落ち着かせようとカミサマの姿があったが、カンクロウの登場により意味をなさなくなった。

カンクロウは村人、守人、カミサマを見渡し口を開く。

「敵はまだ生きている。だが、しばらくは動かないだろう。そこで、俺から皆に提案だ。俺に()()()()()()()。」

静かにカンクロウの言葉を聞いていた村人、守人が各々慌ただしく問いただす。

「この村を襲ってきたヤツは俺より強い。次第にここへやってくるだろう。そうなれば、皆ヤツの餌食となる。ヤツの狙いはカミサマだ。だから、俺はカミサマを連れてこの村から出ていく!」

守人達が声を荒げる。

「この村を壊すつもりか!」

その言葉は村人達の混乱を招いた。

さらにカンクロウの静かな頷きによってその混乱はさらに膨れ上がる。

「聞けぇぇええい!!」

突然カイセンの大声が響き渡り、その場の空気に静寂を生んだ。

カイセンがエビスの肩を借りながら立ち上がる。

「この村の崩壊は決まったことだ!変えられない未来に嘆く暇はない!目の前の未来は変えられなくても、その先の未来なら変えられることは出来る!選べ!!カンクロウ諸共死ぬか!カンクロウを逃し復讐の機会を与えるか!」

静寂は続く中、カイセンはカンクロウを見る。

「俺は今この瞬間、お前の教育係を降りる。お前はもう立派な守人だ。この俺が認める。」

カンクロウは涙を堪えカイセンを見つめる。

村人達の決断は一致した。

「カンクロウ。俺は以前お前に助けてもらった。お前のおかげで今のこの命があるんだ。」

「カンクロウ。私達も助けてもらったの覚えていないかい?今ここにいるのもあんたのおかげさ。」

「カンクロウにいちゃん!川で溺れてたの助けてくれてありがとう!」

「うちの息子を救ってくれてありがとう!」

静寂だったその場はカンクロウへの感謝の言葉で溢れた。

カンクロウは涙を拭い体を縛っていた縄を解く。

そして、セオーの目の前まで歩いて行った。

「言うまでもないな。」

『この場を見れば分かるだろう。みな、君に預けた。私も君に預けていいかい?』

「いいや、お前は預からない。」

そう言ってカンクロウはセオーを縄で括った。

『どう言うことだい?カンクロウ。』

カンクロウは縄で括ったセオーを背負い、胸の前できつく縄を縛った。

「この場に俺が斬るものはいない。それに、セオーはこの村の象徴だ。俺が背負うにはちょうどいい重さだ。」

『君らしいね。』

カンクロウは空を見上げる。そこには沈みかけている太陽がいた。その太陽は沈む前に最後の輝きを見せ、カンクロウを照らしていた。

知らぬ間にカンクロウの前には道ができていた。村人達がはけてできた道。その一本道をカンクロウは進み始める。

「カンクロウ!」

背後からカイセンの声が聞こえる。

「達者でな。」

カンクロウはその言葉を背中で受け止め大空に向かい声を上げた。

「俺はセオー村の守人!オカ・カンクロウ!この村の命と希望を背負う者!」

その言葉を村人も守人も心に留めた。

カンクロウは空を見上げたまま別れの言葉を放つ。

「行って参る。」

カンクロウは村人達が作った道を走り出し、全村人を追い越した後強く地面を蹴り、高く高く飛び上がった。

カンクロウは決して振り返らなかった。その背後で何が起こっていようと見ることはせず、足元からの爆音により音はかき消されている。

カンクロウの行先は太陽に照らされた輝かしき村。飛び上がった瞬間その村が見えたのが理由だ。

爆音と共に1歩1歩、カンクロウは飛躍しながら進む。




〈作者の感想と次回予告〉

カンクロウが何を背負っているのか、なぜコガレ村へやってきたのかが判明しました。

豪快な男の壮大な過去を描けたのかなと思います。

知らんヤツと知らんヤツの戦いは難しかったです。もうしたくないです。

次回はカンクロウがランマル達と出会う所まで時が戻ります。

この先の新しい1歩を生み出せる話になるはずです。

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