人生ドロップアウト
寒い。夏だというのに、俺の身体は小刻みに震えて言うことを聞かない。
苦しい。あと幾許かの命だというのに、それを無駄に惜しんでしまう自分が憎い。解き放たれたいという感情が人として当たり前であるはずの本能をずっと上回っている。
震える手で柵を掴む。脚を掛けて柵を越える。そして、目下に広がる大都会の喧騒が俺の恐怖心を増大させていく。
もうずっと前から決めていたことだ。ここまできて、また後戻りなんてしてたまるか。いずれはこうなると、わかっていたはずだ。
もう終わらせてしまおう。
「良かったなお前ら…今からはみ出し者が1人この世から消えるぜ」
大都会に立ち並んだビルの狭間で、俺は風を切って落ちていく。目に入ってくるネオンと徐々に大きくなってくる人々の笑い声が痛くて、俺はそっと目を閉じた。
目を覚ました俺が最初に見たのは、インターステラーの背景のような綺麗な星空だった。辺りを見回すと俺のいる立方体の部屋から、全面に星空が透けて見えていた。
「ここは…」
「気がついたのね」
俺が言葉を発した途端、俺の目の前を眩い白い光が照らし出し、そこから突如として人間が現れた。
「南野琥太郎、あなたは残念ながら死んでしまったわ」
現れたのは、天女と見紛う程の美貌を持った少女だった。綺麗な水色の髪、宝石のような金色の瞳、そして大人っぽさを併せ持った可愛らしい顔立ち。
そんな彼女は開口一番、俺に死亡宣告をしてきた。
「そうか。良かった。ちゃんと死ねたのか、俺」
その知らせを聞いて、安堵する俺はおかしいかもしれない。けれど、あの世界で生き続けることが何よりの苦痛だった俺にとってはこれ以上ない程に喜ばしい知らせだったのだ。
「あなた、どうしてそんな風に…普通は現実を受け入れられなかったりして大変なことになるのに。
どうして、自分の死に安堵できるのよ…あなたは15歳、まだ若かったはずなのに」
「確かに俺も自分が異常なのはわかってるよ。けどな、俺はもう生きることに疲れたんだ。砕けた言い方になるけど、あの世界じゃマジでやってられん。
生きる上で得られる喜びが、苦しみを上回らないことってのはそう珍しくないんじゃねぇか?そうなって、終いには自分の命を投げ出してここに辿り着く奴もきっといるだろ。俺もその1人だっただけだ」
自殺ってのは案外、身近なところにあるもんだと思う。幸せに生きている奴にはわからないだろうが、身近な人間が次々と消えていく悲壮感と虚無感、恐怖感はそう簡単に言い表せてしまえるものではない。
「そう、ね。確かにその通りだわ。私が無駄に言葉を掛けてもあなたは迷惑するだろうし、早速説明に入らせてもらうわね」
そう言って女神(仮)は説明を始めた。
「ここは、寿命を残して死んでしまった人間の魂を一時的に留めておく為の場所なの。
私はここを管理する天使、ルミアよ。よろしくね、琥太郎くん」
「お、おう。よろしく頼む…
で、ルミア。俺の魂はこの後どうなるんだ?一時的にってことは、俺はこれからどこかしらに飛ばされることになる訳だよな」
「そうね。あなたの行き先は大きく分けて3つあるわ。
まず1つ目、今の記憶を引き継いで元の世界で0歳から別の家庭に生まれ直す。
次に2つ目、天国に行く。
最後に3つ目。異世界に行く。
この中の1つを「じゃあ3つ目で」選ぶの速過ぎるわよあなた!まだ説明の途中なのに…」
「いやだって、異世界行けるんだぜ?死んだ後ってこの3択を提示されて異世界行くのが相場だしそりゃ即決するだろ」
「そんなテキトーな理由で自分のセカンドライフ決めて良いのあなた…?
まあ良いわ、じゃあ異世界に行く方向で進めるわね。まずは行く世界を選んでもらうわ」
「え、選べるの?」
「もちろん、オーダーメイドにはできないけれど幾つかの選択肢はあるわよ。
摩天楼の世界、平面世界、星の世界の3つから選んでもらうことになるわ。
摩天楼の世界は、謎多き摩天楼の最上階を目指して冒険する世界。
平面世界は5つの大陸に分かれた今の地球に似通っている世界で、魔法なんかが存在しているわね。
星の世界は地球から見た宇宙を旅するような感覚の世界って言うのがわかりやすい説明ね。星を渡って色々なことができる世界よ。
さあ、どれを選ぶの?」
意気揚々と異世界転生を選んだ俺だったが、もちろんハードな世界観はごめんだ。まあ多少ヤバい世界だったとしても現世とかいうクソゲーオブザワールド受賞作に比べたら圧倒的にマシだろうけど。
できるだけ楽な世界に行きたいと思うのは自然な話。ただそれと同時に、心躍るような楽しい世界に行きたいと思うのも自然な話だろう。先の見えない現実から逃げるように貪り読んでいたライトノベルのような世界を現実にできるかもしれないのだ。
夢にまで見たその世界を、俺は体感してみたい。だから…俺の答えは1つだ。
「平面世界で頼む」
「了解したわ。じゃあ次は、転生特典を選ばないとね。少し、そこで待っていてね」
そう言って一瞬で姿を消すルミア。何かを取りに行っているのだろうか。にしても可愛い人だな。天使かよ。いや天使なんだけど実際。
それから少しして、ルミアは俺のもとに戻ってきた。なぜかカードの束を持っている。
「今からあなたは、ここから好きな特典を10個選んで平面世界に転移してもらうわ。
組み合わせは完全に自由。上手く使ってセカンドライフを充実させてね」
そう言ってルミアは俺の前にたくさんのカードを広げていく。
どれどれ…各ステータスがカンスト状態で始まったり、セルフでバフ掛けできる魔法だったり、相手のステータスを確認できる眼だったり…やっぱ強力なのが多いな。これ10個選んで良いってマジかよ。普通1つだけだろ。無双しちゃうよ?何の見せ場もなくチートしちゃうよ?良いの?
とりあえずこれは確定として、あとはこれとそれと…ん、この選択肢って…ありなのか?
「そろそろ選び終えたかしら?」
「ああ、ちょうど今決め終わったところだ。
まずはこの『賢者の眼』を頼む」
「了解よ。これで、あなたの疑問に答えてくれるあなたから自立した眼が手に入るわ」
冷静に考えたら結構怖いなそれ。まあいっか、他の選択肢と比べてもブチ抜けてチートだし。強けりゃ良いや。眼にアレ◯サくらいいても気にならん。
「次に『剛力』『魔手』『叡智』『幸運』で」
各ステータスはやはりMAXにしておきたい。これでそれぞれ体力、魔力、知力、運がカンストだ。
「あと『生成』と『鉄壁』を頼む」
『生成』はアイテムの生成スキルで、鉄壁は最強の防御系スキルだそうだ。リスクヘッジと利便性を可能な限り高める方向で行きたい。
そして、残るは3つ。普段の俺ならもっと他にスキルを取っていたんだろうが…思い返せばこの時、俺は彼女の美貌にやられておかしくなっていたのかもしれない。
「そんで最後なんだが…
枠を3つ消費して、ルミア。あんたを連れて行きたい」