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八代将軍吉宗と二代目雑賀孫市の出会い

作者: 橋本洋一
掲載日:2023/10/22

 山中において奇妙な行ないをする青年がいた。

 年の頃は二十歳そこそこだろう。

 高貴な着物を着ているが、上半身をはだけている。

 そして真っすぐに真剣を振っていた。


 そう、竹刀でもなく木刀でもなく、業物と思わしき刀を振っている。

 振り方も奇妙だった。

 呼吸を整えて、素早く振る――それを繰り返している。


 しかしよくよく見てみると、青年の足元には斬れた木の葉が落ちていた。

 季節は夏の終わり、秋の始まりである。

 青年は落ちてきた木の葉を斬っていた――おそらくそれが目的なのだろう。


 青年は剣の修業をしているのだ。

 時代が時代ならば立派な行ないだろう。

 特に世が乱れ、国同士が争う戦国時代ならば、自分の武を高めようとするのは当然の行ないだ。


 しかし今は太平の世である。

 国家安寧となっている今の世において、自らを研鑽しようとする行ないは、ただの暇つぶしにしか思われない。


 けれども、青年はひたすら木の葉を斬り続ける。

 無論、落ちている木の葉は斬れていないものが多かったが。

 青年は自分を鍛えようと――


「呆れるほど無駄な努力をしているな。あんたは間違っているぜ」


 いつの間にか、青年の後ろにいる中年の男――青年は慌てて振り返る。

 中年の男はまるで山賊か猟師のような恰好をしていた。

 熊の毛皮を腰に巻き、肩には火縄銃を担いでいる。

 髪は箒のように逆立っていて、髷を結っていない。

 顔立ちは野性味あふれる男前だ。


「何者だ? 近くに護衛の者がいたはずだが……」

「ああ。あいつらか。もう少し鍛えさせておけよ。素通りできたぜ」


 そんなはずはない、と青年は思った。

 自分が所属している藩の中でも腕利きの男たちだ。

 目の前にいる男が――それを上回っているのだろう。

 青年は落ち着いて「話を逸らすな」と厳しい声で言う。


「何者かと聞いたのだ」

「俺が何者かなんてどうでもいいじゃねえか。それより、こんな山奥で何しているんだ?」

「……修行をしている。貴様は無駄だと言うがな」


 青年は刀を仕舞って、中年の男と正対した。

 襲い掛かられてもいつでも対処できるようにだ。

 その意図が分かっているのか分かっていないのか、中年の男は「ああ。無駄だね」と笑う。


「剣の修行なんて戦場で役に立つかよ」

「では何が役に立つのか」

「決まってんだろ。この鉄砲だ」


 自慢げに火縄銃――鉄砲を見せびらかす中年の男。

 青年は鼻で笑いつつ「鉄砲か」と呟く。


「確かに優れた武器だが、たった一人では意味が無かろう」

「たった一人で刀振っているよりは意味があると思うけどな。ま、いいや。それで俺がなんで意味がねえって言うのか。分かるか?」


 青年はしばし黙った後「言ってみろ」と促した。


「刀ってのはな、俺が生きた時代だと飾り以外の意味が無かった。槍か弓矢が主流だったな」

「生きた時代? 何を言う、市井でも剣術の道場が多いではないか」

「だろうなあ。俺だって意味が分からねえもん」


 中年の男はふいに「あんたの名前は?」と訊ねた。

 自分は名乗っていないくせにと思いつつ、青年は「新之助だ」と答えた。


「新之助。俺の生きた時代はそんな悠長に修行なんてしてねえよ」

「ではどうやって己を鍛える?」

「決まってんだろ? 実戦だよ。人を斬って鍛えるんだ」


 あまりに苛烈な言葉をあっさりと言う中年の男に対し、新之助は何も言えなくなった。

 それから中年の男は「人を斬らねえと一人前になれねえ」と続けた。


「あんたはその覚悟が足らない。ただ漫然と刀振っているだけじゃ駄目なんだ」

「……私に本気でかかってくる者は、この国にはいない」


 中年の男は「実はよ、あんたの素性はなんとなく知ってんだ」と耳をほじりながら面倒くさそうに明かした。


「この紀州の若君ってことぐらい、押さえているさ」

「ふん。ならばどうする? その鉄砲で私を撃つか?」

「簡単すぎるな。だが俺に旨味がねえ……」


 中年の男は「あんた、国主になりたくねえか?」と唐突に言った。

 新之助は「貴様、何が狙いだ?」と慎重に応じた。


「先ほどから話題が飛び過ぎて、不明瞭だ」

「……そうだな。おい、こっちに来い」


 中年の男が呼びかけると、山の奥から子どもが出てきた。

 みすぼらしい姿をした女の子だ。

 彼女も鉄砲を持っている――幼い体躯に似合わない長い筒の鉄砲だ。


「その子は?」

「俺の後継者だ。俺があんたを国主にしてやるから、こいつを雇ってくれ」


 女の子は無感情に二人の男を見つめている。

 おかっぱ頭だが目だけは澄んでいた。

 磨けば光る玉だが、奥にある何かが……末恐ろしいものを感じる。


「先ほどから国主にしてやるというが、どうやって私を就かせるのだ?」

「決まっている。お前の父と兄を殺すんだよ」


 実の父と兄の殺害を口に出されたのに、新之助は黙ったままだった。

 斬りかかってもおかしくないのに――受け入れてしまっている彼がいた。


「やはりな。あんたが内心、二人を煙たがっているのは知っていたよ」

「ふん……」

「俺とこいつで殺す。報酬はさっき言った通りだ」


 すると新之助は「貴様はどうする?」と訊ねた。

 中年の男の得になることは何も言っていない。


「俺は良いんだよ。この国で猟師として暮らすさ」

「欲はないのか?」

「あるとしたらこいつの幸せだな」


 ぽんっと女の子の頭を叩く中年の男。

 何の反応もしない女の子に不気味さを覚えながら新之助は「三度目だ」と言う。


「貴様は、何者だ」

「……俺は鈴木という。そしてこいつは――」


 鈴木は女の子を指し示して、あっさりと言う。


「二代目雑賀孫市だ。言っておくが、俺なんかより腕がいい。そこんところは保証してやる」

「なれば、あれなる鳥を打ち落とせるか?」


 新之助は空高く飛んでいる鳥を指さした。

 鈴木は「簡単すぎるな」と孫市を促した。


「やってみせろ」

「……分かりました」


 案外、可愛らしい声だなと新之助が思う間もなく、孫市は素早く射撃の準備をした。

 その速度は素早く的確だった。

 玉薬を銃口に無造作に入れ、弾を乱雑に押し込み、火皿に口薬を盛って、火蓋を閉じた。

 そして――遥か上にいる鳥に狙いを定めた。


 ぴたりと身体を止め、銃口のみを鳥に合わせている。

 新之助はその姿を見てぞっとした。

 幼い女の子が鳥を殺そうとしているのに、一切の気の乱れがなかった。


 動揺がないというのは一種の才能である。

 常人ならば生き物を殺すとき、罪悪感が生まれる。

 それは射撃の腕を左右する――


「…………」


 女の子は無言のまま、引き金を引いた。

 轟音と共に、空を泳いでいた鳥は一瞬、動きを止めて落ちていく。


「見事だ。素晴らしい」


 新之助が手放しに褒めると鈴木は「俺以上の才能だ」と笑った。


「大切にしてくれよな」


 これが後の八代将軍、徳川吉宗と二代目雑賀孫市の出会いだった。

 紀州で出会った二人が、江戸で己の野望のため、己の欲のため、そして己の夢のために協力し合うことになるだが、それはまた別の話である。

評価が良ければ連載するかもしれません

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― 新着の感想 ―
[良い点] 歴史ifは面白いですね! 修羅の刻の方の雑賀蛍を思い出しました!
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