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溺愛彼氏★失恋したらチャラ男が一途な本性を現しました

作者: しおむすび


「見てみろよ。青山がまた告られてるぞ」


 放課後、片桐の面白がる声にわたしは肩を竦めた。切ったばかりの襟足がちくちく首を刺激してきて、胸もつられて痛くなる。


「ミユと別れた途端、これだよ? まるで二人が別れるのを待ってたみたいじゃん」


「ーーだとしても関係ない。わたし達はお別れしたんだし、青山君が他の人と付き合おうと自由だから。ほら行こう、覗き見なんて趣味悪いよ」


 窓辺に張り付き、野次馬精神全開の片桐。その茶髪を軽くバッグでこつく。すると見るつもりがなくとも青山君が視界に入り、困り顔で相女の子と向き合う姿を映してしまう。


 相手の子のサラサラロングヘアーで大人しそうな雰囲気はわたしとは正反対だ。


 まぁ、そもそも青山君みたいな人気者とわたしが付き合えたのが不思議で、交際期間は一ヶ月と短かったけれど幸せだった。


「失恋の傷が癒えないうちにバイト行くなんて、ミユは働き者だなぁ。偉い、偉い」


 ちっとも尊敬していない口調で言われても。


「ただでさえ人手不足なのにシフトに穴開けたら店長に怒られるでしょ。それに忙しくしている方が余計な事を考えないで済むし」


 片桐とはクラスメートであり、バイト仲間でもある。彼はバイクを買う資金を得る為、わたしは青山君の誕生日プレゼントを買おうと駅前のファミレスで働く。

 誕生日を迎える前に破局したので目標は無くなったものの、話した通り、時間があると青山君を想ってしまうから。


「ふーん、ミユはまだ青山が好きなんだ? 思ってたのと違うって言われて振られたんだろう? そんな失礼な事を言う奴なんか、さっさと忘れたらいいのに」


「……そう簡単に忘れられれば、髪を切ったりしない。片桐みたく次から次へと気持ちを切り替えられる人ばかりじゃないんだよ」


 軽薄な恋愛観をこれ以上聞きたくなくて先に教室を出た。


「ちょ、ちょっと、人聞きの悪い言い方するなよ!」


 片桐は足音をさせて追い掛けてくる。わたしの周りを動き回り、茶髪も相まって大型犬みたい。

 廊下を行き交う生徒等はコミカルな片桐を笑ったり、携帯電話のカメラを向ける。


「おっ、ツーショット撮ろうぜ! イェーイ!」


 お調子者はレンズに気付くとわたしの肩を抱き、ピース。


「はぁぁ、片桐。こういう所だと思うな」


 大きくため息を吐き、脇腹へ肘を入れておく。


「いっ、痛ってぇ! 何だよ? こういう所って?」


「いちいち馴れ馴れしいの。片桐って女の子を勘違いさせて泣かせてばかりじゃない。この間だってーー」


 そこまで注意して、ふと前方へ意識が向く。校庭に居たはずの青山君がこちらに歩いてきた。

 わたしはすかさず片桐の手を払い除け、脇に寄る。どうかわたしに構わず通り過ぎて欲しい。


「相変わらず仲が良いね。今からバイト?」


 しかし願い叶わず、青山君は律儀に立ち止まる。別れたからといって無視をせず、行き合えばこうして挨拶してくれるが、わたしとしてはそれが辛くて。


「う、うん」


 返事が上擦ってしまう。わたしはまだ青山君を友達扱い出来ないし、雑談に応じられそうもない。まともに顔だって見られない。


「マンゴーフェアやってるんだぜ、良かったら新しい彼女と食べに来いよ! カップル割りあるからさ」


 と、片桐が再びわたしの肩を抱いた。


「か、片桐!」


 元彼を前に大胆な密着をされ身を捩ったーーが、びくともしない。がっしり掴まれている。


「さっき告られてた子、清楚な子だったなぁー。羨ましい。で、付き合うの?」


 片桐はプライベートにずけずけ踏み込む物言いを人懐っこさで中和した。もしわたしがこんな発言したら非難されるが、片桐なら許されてしまう。

 にこにこ八重歯を見せ答えを待つ片桐に、青山君は額へ手を当てる。


 わたしが知る限り、青山君と片桐の性格は真逆だ。例えば突然雨が降ってきたら青山君は雨宿りしてやむのを待つ、一方片桐の場合、誰かの傘に入れてもらう、もしくは傘をささず濡れるタイプ。

 お互い目立つ存在なので名前と顔は認識していても、友人関係を築くとなると難しそう。


「君には、いや君達には関係ない」


 君達と言い直した辺りから含みを感じた。つまりわたしが片桐側の人間と言いたいのかもしれない。


「だよねぇ、お前が誰と付き合おうと俺やミユには関係ないよな」


 うん、うん、と一人で納得する片桐。


「同時にミユが誰と付き合おうと青山には関係ない訳だ」


 なぁ? 同意を求められて、げんなりした。


「そんなの当たり前でしょ。もういい? バイトに遅れちゃう」


 周囲の目もあり、この場に留まりたくない。片桐の袖を引っ張って促すと、何故か嬉しそうな顔をした。


「なぁなぁ、バイト上がったらマンゴープリン食べない? ミユ、好きだろ?」


「分かった、分かった。早く行こうってば!」


「よっしゃあ、ミユの奢りな!」


 などと、たかっておいて、片桐がわたしに奢らせた事は一度もない。



 バイトでの持ち場はわたしがキッチン、片桐はホールを担当する。

 片桐のキャラクターは接客に向いていて、もくもくと皿洗いする中でも彼の明るい笑い声は届く。最近では片桐目当てのお客さんも居るそう。


「ねぇ、片桐君って彼女居るのかな?」


「え?」


 新人の子が頬を赤らめ尋ねてくる。


(あぁ、スタッフ(こっち)もか)


 声に出さないで落胆する。せっかく同年代が採用されても彼女等は必ずと言っていいほど片桐に好意を持ち、恋に破れると辞めていく。もはや片桐のせいでバイトが定着しないと断言できる。


「片桐君と仲良いでしょ? 知ってると思って」


 わたしが眉をしかめた理由を勘違いし、頭を下げられた。


「片桐、告白してくれればお試しで付き合ってみるって言ってたよ」


 質問にいつもと同じ答えを返す。


「そ、そうなんだぁ。お試しでも付き合えはするのか」


 それでいつもと同じ反応を返される。


「あのさ、わたしが言うべき事じゃないと思うんだけど、お試しで付き合うとか止めておきなよ」


「どうして? そこから本当に好きになるかもしれないじゃん? 自分を知って貰うチャンスなのに?」


 彼女の言い分はよく分かるし、否定はしない。というか否定なんか出来ない。何故なら青山君に告白した際、わたしも仮初めの彼女でもいいからと食い下がったから。

 まぁ、この仮初めの彼女というのも片桐を見ていて思い付いたんだけど。


「ミユ、オーダーいける?」


 噂をすれば影、片桐がキッチンを覗く。


「あっ、アタシやるよ!」


 さっそくアピールしようと張り切る新人に片桐は柔らかく微笑む。バイトの時は前髪をピンで留めて襟足を結っており、表情がよく見える。


「じゃあ、お願いできる? 無理っぽかったら一人でやり切ろうとせず、ミユにフォロー頼んでね?」


「は、はい! 頑張る!」


「あははっ、頼もしい。ミユ、期待の新人が入ってきて良かったな。人手が足らない足らないってグチってたじゃん」


 流石、大型犬。鼻がよく効く。自分に好意を寄せる相手を嗅ぎ分ける能力が高い。


 ーーその後、バイトを終えて裏口から帰るところ、告白の場面に遭遇する。


「ミユ、お疲れー。ちょっと告られてるから待っててくれる?」


 そういえばマンゴープリンを食べる約束をしていたっけ。しかし、片桐は今それどころじゃないはず。彼の前には耳まで染め上げ、想いを打ち明ける人が立っているじゃないか。


「マンゴープリンはまた今度。ごめん、邪魔する気は無かった」


 片桐にではなく新人の子に言う。


「俺はすでにマンゴープリンの口になってるんだ! 今度なんて嫌だし!」


「なら彼女と食べたらいいじゃない? 付き合ってみるんでしょ?」


 感じの悪い言い方をしている自覚はある。


「さっきも言ったけど、お試しで付き合うなんて止めた方がいい。わたし達は試供品じゃないよ、思ってたのと違うって返品されるのってキツイから」


 これも新人の子に訴える。どうせ片桐には響かないだろう。


「それからもっとキツイのは返品された後も好きだし、仮初めの彼女期間が幸せだったなぁとか感じる事だよ」


 彼女の状況が重なって見えたのもあり、勢いで自分語りをしてしまい気まずい。それと青山君に未練タラタラだと改めて痛感し、鼻の奥がつんとする。


「いやいや、ミユが泣きそうになるのはおかしいだろ。てか、泣くほど青山が好きなのか? あいつの何処がいい訳? 仮初めの彼女って言って、ミユを大事にしてくれなかったじゃん」


「それを片桐が言う? 片桐も同じなのに?」


 涙の気配を察知した片桐は渋々語り始めた。


「確かに俺は告白してくれればお試しで付き合ってみるかって聞くよ、実際この子にも聞いた。ただ、これには前置きというか条件があるんだ。ミユには言わないだけで」


「前置き? 条件? なにそれ知らない」


「ミユには言わねぇってば」


 だからミユには言わない、片桐が繰り返し言った時だった。


「うわぁぁぁぁっ!」


 突然彼女が大声を出し、しゃがみ込んでしまう。わたしは豹変に呆気にとられたが、片桐の方は彼女と目線を揃え、ぱちん、両手を合わせた。


「ごめん! 俺、こういう奴だからさ」


 毎度わたしにする謝罪より心が込められていて、少し切なそうで諦めた顔をする。


「……お試しで付き合ってくれなくていい」


「うん」


 どうやら片桐と彼女の間で何かが成立したみたい。

 彼女は片桐の手は借りずに立ち上がると、状況が飲み込めないわたしを睨む。


「アタシ、バイト辞める! 一緒に働きたくない!」


 そして一方的な決別宣言をし、足取り確かに去っていく。


「えっ、えっ、わたし!? な、なんで? 悪いのは片桐じゃないの?」


「あーあ、ミユのせいでまた新人が辞めちゃったか。こりゃ店長に言い付けないと。店長怒るだろうなぁー」


「なによ、それ。意味が分からない」


 今度はわたしがその場に踞る。


「残念ながら意味が分かってないの、ミユだけだけ。他の人はとっくに気付いてる」


 片桐はクイズを出題するみたいな口調で告げ、おもむろに前髪を撫でてきた。


「ははっ、ミユは髪が短い方が可愛い、似合ってる。おや、でもニキビが出来てるな。寝不足? ビタミン不足か? よし、マンゴープリン食べるぞ!」


「こんな時に? そんな気分になれないんだけど?」


「こんな時だからこそマンゴープリンを食べるんだって。帰ってもミユは青山の事を考えて泣いちゃうだろう? 俺はさ、ミユにお肌ツルツルで居て欲しいんだ」


 ニコッと効果音が付きそうな笑顔で、こちらの憂鬱を掻き消そうとする。


 片桐の笑顔を《太陽》と表現した子が居たけれど、わたしはどちらかと言えば《月》だと思う。月はわたしを優しく見守り、穏やかに照らす。それでいて裏側を絶対見せない。


「お肌がツルツルって……それより、わたしだけ分かっていない内容とやらは教えてくれないの? なんだか仲間外れにされた感じがして嫌だよ」


「ふーん、知りたいんだ?」


 浮かべていた明るい表現をさっと引き、片桐は手を差し伸べてきた。

「俺がミユを仲間外れにするとか、有り得ないから」


 さぁ、お手をどうぞと言葉を添える。真顔になったのはほんの一瞬で、わたしが素直に手を取り立ち上がればいつもの片桐だった。


「ところでマンゴープリン食べる時、カップル割り使ってもいい? 給料日前でぎりぎりなんだよ」


 また趣味関連の出費があったに違いない。片桐はバイクに限らずハマると見境がなくなる所があり、多少無理してでも欲しい物は必ず入手する。


「片桐に払わせてばっかりだし、たまにはわたしが奢る」


「えー、カップル割り使えば良くない? おまけでソフトドリンクも付いてくるんだぜ?」


「じゃあ、ソフトドリンクも奢ってあげる。カップルじゃないのに特典をズルして利用しちゃ駄目ーーって何よ?」


 片桐がじっと見詰めてきた。


「ミユは真面目だなぁー。んなの適当に誤魔化せばどうにでもなるのに。律儀というかバカ正直というか」


「ふん! 融通がきかない頑固者とでも言いたいんでしょ?」

 そっぽを向きつつ、青山君に対してはこんな自分を曲げてまで付き合おうとしていたのが過る。


「潔いと思う」


「え?」


「ミユの真っ直ぐで不器用な性格、俺は嫌いじゃない。青山に一ヶ月付き合おうって持ち掛けて、きっかり一ヶ月後に振られるなんて正々堂々過ぎる。きっと黙ってやり過ごせれば青山の彼女のまま居られたぜ?」


 クククッと笑いを堪える片桐。小刻みに震える振動が伝わり、唇を噛む。


「……そうやって馬鹿にしたらいいよ」


「あのな、バカ正直とは言ったけどバカになんかしてない!」


 珍しく怒った声音なので顔を上げる。視線がぶつかると片桐は弾かれたようにわたしと距離を取った。


「だから、その、俺はだな、えっとバカにはしてなくて」


 さっきまでの滑らかさを失い、モゴモゴと口を動かす。


「はっきり言ったら? 馬鹿にしてないなら何?」


「それは……まぁ、アレだ! マンゴープリン食べよう。イライラすると甘い物が欲しくなるからな、うん、そうしよう」


 露骨に話題をそらされ、カチンときた。そそくさ店内へ逃げ込もうとする片桐の腕を掴む。


「黙ってやり過ごして青山君の彼女でいれば良かった?」


 ギュッと力を込めた。日頃からスキンシップの多い彼に自分から触れるのは新鮮だ。


「片桐はクラスメートでバイト仲間、青山君と付き合うとなったら応援してくれた一人。そんな片桐に青山君と付き合い続けろと言われるのはショックだよ」


「別に青山と付き合い続けろと言ってない、やり過ごせば付き合えただろって意味。だってミユは青山が今も好きなんだよな? 好きなら相手に好まれるよう振る舞うのは悪い事じゃない。そりゃあ、合わせすぎて辛くなったら無駄だけどさ」


 好きな人とお似合いになる努力を無駄と切り捨てられた。しかも、わたしの行動を一番近くで見ていたはずの片桐に。


「片桐は合わせて貰う側だもんね、わたしの気持ちなんて分からない!」


 片桐と喧嘩がしたいんじゃない。それでも言わずにいられなくて大きな声を出してしまう。


「俺はミユに合わせてる! ミユに好かれたいから! ミユは俺の気持ち、考えたりしてくれた?」


 つられて片桐も怒鳴る。


「もうこの際だから言っておく」


 片桐は掴まれた腕を解き、わたしの手首を掴み直す。咳払いひとつ落として射抜く強さの眼差しを向けてきた。


「俺、ミユが好き。かなり前からミユしか見えてなかったよ。けど青山が好きって知ってたし、チャラチャラふざけながらでも側に居られるならそれでいいと思ったんだ」


 片桐がわたしを好き? あまりの急展開に見開く。


「い、いきなりどうしたの? 片桐は色んな女の子と付き合ってたよね?」


「告白してくれた子には《俺は好きな人がいて絶対に君を好きになったりしない、それでも諦められないならお試しで付き合ってみるか》って言ってた。これを伝えた上で付き合う子も居たにはいたけど、結果はミユも知ってるよな?」


 片桐は現在フリー。彼女が出来ても一ヶ月と保った試しがない。


「諦められられない子と付き合うのが酷いと言いたい? 俺自身がミユを諦めきれず苦しいからか、彼女等に俺への恋心は100%報われないんだって諦めて貰うのがいいと考えた」


「それが片桐と付き合う前置きや条件?」


「そう、ミユ以外に発生する前置きと条件。ミユには言わない、言えないって理解した?」

 片桐に握られた箇所がじんじん熱くなる。


「で、ミユまで青山に仮初めの彼女でいいから付き合いたいとか言い出して、俺がしている事は自己満足なんだと気付いたよ。ミユがお試しで青山の彼女になるなんて悔しい」


 常日頃、女子に囲まれている片桐は自他共に認めチャラさで、特定の相手が必要ないと決めつけていた。わたしと仲良くするのだって異性というより同性に近い接し方をし、全くというほど気取らせない。


 わたしを好きだと言う理由は分からないが、片桐が冗談でわたしを好きと言わないと信用はする。


「……ごめん片桐、わたし何と言えばいいか」


 そして、これがわたしの正直な感想だ。混乱している。


「ははっ、俺もごめん。ミユが俺は好みに合わせて貰ってばっかりって意地悪言うもんだからムキになっちまった」


「ごめん」


 また謝る。


「いいって、謝るな。ミユは悪くない。失恋して弱ってる所に付け込むみたいだよな」


「……ごめん」


 それでも謝る。


「あっ! これってもしかしなくても、俺、振られてるやつだ?」


「片桐、ごめんね」


 わたし、ごめんねしか言えないロボットみたい。


 話しているうち辺りはすっかり暗くなり、頼りない電灯と欠けた月がわたし等を照らす。手首は随分握られ続けて感覚が無くなりつつある。


 片桐の告白は驚きに次いで申し訳無さを巡らせ、つまり彼の気持ちに応えられない。これが結論。


「……今日のところはマンゴープリンはお預けという事で帰るぞ、解散!」


 わたしから手を離せないと察知したのだろう。片桐は歯切れのよい声で離すタイミングを演出し、力なく戻された腕がぶらぶら揺れて心も揺れる。

 

「ミユ」


 呼び掛けに怒気は含まれておらず、考えてみれば家族を除いて片桐しかわたしを名前で呼ばない。


「振られたからって友達辞めたりしねぇから安心しろよ。明日になれば今まで通りだ」


「友達でいてくれるの? いいの?」


 食い気味に聞いてしまい、片桐は頷く。


「当たり前だろ。ミユも変に気を回したりしないでくれよ? 俺、今の関係が壊れるのは嫌なんだ」


「う、うん。わたしも嫌だ」


「暗いから気を付けて帰るんだぞ」


「うん、ありがとう。片桐も気を付けて」


「おぉ! じゃあな」


 片桐はニコッと笑う。満面の笑みなのに欠けているような笑顔。


 何度か振り返り、その度手を振ってくれる彼を見送りながら、わたしは生まれて初めて月の裏側を見た気がした。



「見てみろよ。青山がまた告られてるぞ」


 放課後、片桐の面白がる声にわたしは肩を竦めた。襟足はちくちく首を刺激しなくなったが、胸は変わらず痛くなる。


 片桐に告白されてから大きく変わった事はなく、相変わらず馬鹿をして騒ぎ、他愛もない話で笑い、友人関係を維持できている。ただ、それがわたしの胸をこんなにも締め付けるのは想定外だった。


「青山、一体誰となら付き合うのかね? 全員振ってるって話だぜ?」


「さぁ? 勉強とかで忙しいんじゃない? 片桐こそ、最近は全部お断りしてるって聞いたよ?」


 ひとつだけ変わった事がある。どうやら片桐はお試しで誰かと付き合うのを止めたらしい。


「あー、それはバイトに忙しいんじゃない?」


 質問を質問で返された。


「まっ、ミユにはその辺は関係ないでしょ」


 見なくともわたしが不満な顔をしているのが分かるのだろう、片桐が言葉を付け加えた。これは他意はない発言で、わたしを傷付けるつもりなどない。それなのに一本、線を引かれたと感じてしまった。


「マンゴーフェア、今月末で終わっちゃうね」


「あ、そうだった、そうだった! マンゴープリン、食おうぜ」


 延期になっていた件を持ち出せば、いちにもなく食い付いてくれる。片桐に距離を感じるとこんな風に試したくなってしまう。


「今日はバイト入ってないよ?」


「いいじゃん。何か予定あるのか?」


「無いけど。片桐は無いの?」


「あぁ、今、予定が出来た。ミユとマンゴープリン食う予定が! な?」


 片桐は告白場面の覗き見を中断し、こちらに振り向くとウィンクした。


「もう調子いいんだからーーえ?」


 帰り支度を整え、さっそくファミレスへ向かおうとした所、窓の外から視線を感じた。


「!」


 なんと青山君がこちらを見ている。


「? ミユどうした?」


 動きが固まったわたしを不思議がり、片桐も校庭を確認した。


「青山の奴、こっち見てるな」


 わたしの見間違いではないようだ。しかも青山君はおいで、おいでと手招きをしてきた。


「どうするの? 青山、ミユを呼んでるぞ」


「どうするって……わたしは青山君に用なんてないよ」


「そっか、そうだよな。よし!」


 すると、片桐は窓を全開にして身を乗り出した。


「バーーカ! 普通、用がある奴が出向くだろうが! ミユと話したいならお前が来いよ! バーーカ!」


 最初と最後のバカという単語に物凄い声量が充てがわれて、もしかしたら青山君はその部分しか聞こえないかも。


 校庭では部活活動中の生徒や帰宅する生徒も居て、片桐の大声は注目を浴びる。そんな彼等に対し片桐はふふんと鼻を鳴らし、ピースサイン。


「もう馬鹿はどっち! 何してるの! 恥ずかしいからやめて!」


 だらしなく着たシャツを引っ張り片桐を教室へ引き戻す。


「だって青山と話した方がいいだろ? ミユ、ずっと悩んだままじゃん?」


「そ、それは」


 片桐がーーと言い掛け慌てて飲み込む。胸の痛みはすっかり彼のせいになっていたんだ。


「んじゃ、後はお若い二人に任せて。俺は帰るわ」


 バッグを担ぎ、片桐は出て行こうとする。


「帰るって? マンゴープリンどうするのよ!」


 引き止めようと伸ばした手は空を切り、片桐が遠い。というより避けられた。


「あいつがミユと別れてから誰とも付き合わないのって、ミユが好きなんじゃねぇ? もう一回ちゃんと話した方がいいぞ。意地張り合ってても、しょうがないだろうが」


 首に手をやり、アドバイスしてくる。


「ーーなんで片桐がそういう事を言う訳?」


 わたしを好きなんじゃないの? もう好きじゃなくなったの? 余計なお節介に身勝手な主張をしそうになり、彼を睨むに留まる。


「おぉ! 怖い、怖い! 退散しましょう」


 睨まれた片桐はわざと肘を擦る仕草をし、踵を返す。


「片桐!」


 後を追おうとしたが、片桐と入れ違いで青山君が入ってきた。二人は無言ですれ違い、視線も合わさない。

「青山君、ごめんね? 片桐が迷惑掛けちゃって」


「いや、片桐の言う通りだと思って。用がある側が来るべきだよね。少しいいかな?」


 わたしから話は無くとも、申し出を受けると断りにくい。片桐の気配を目で追い掛けつつ、曖昧に首を傾げる。


「いい、けど……何かな?」


 青山君に振られた際《思っていたのと違った》と言われた理由は、おしとやかで温厚、マンガに登場するみたいな女の子を一生懸命演じていたからだろう。


 わたしは一ヶ月という短期間ですらその仮面を付けられず、がっかりさせてしまったんだ。


 青山君と向き合うと理想と現実の差にズキズキして、こういう胸の痛みは少なくとも恋じゃない。よく皆が言っている恋に恋をしていたと今なら分かる。


「髪切ったんだ?」


「え、あ、うん」


 青山君が長い髪が好みだと知って伸ばしたものの、ケアが大変、わたし自身が短い髪が好きなのもあって失恋を言い訳に切ってしまった。


「また伸ばしてくれないかな?」


 鼻先を擦り、照れた顔で青山君は言う。


「え?」


「あれから僕も考え直した。君は授業の予習をして教えてくれたり、お弁当を作ってくれた。僕の好きなゲームやスポーツを一緒に楽しんでもくれたよね? 僕の為にそこまでしてくれる人は君しかいないかもしれない。他の子に同じ事が出来るか確かめたら出来ないと言われて、君が僕を本気で好きなんだと理解した」


「……それって」


 好かれる為の努力を認めて貰えてるのに、全然嬉しくない。なんなら青山君にとって都合のよい女の子を求められているような気持ちになる。


「もう一度、付き合わない?」


 この言葉を告げられる妄想を何度もしたけれど、いざ告げられてみたら響かないどころか冷めていき、あんなに眩しく映った相手が霞

 再び情熱を持って青山君に尽くせるか? 答えはノーだ。


「わたしはっーー」


 反論しようとしたら唇に人差し指を立てる。


「それから片桐とは仲良くしないで欲しい。片桐なんかと一緒に居たら、君まで先生に目を付けられてしまうよ? 知ってるはずだよね? 片桐がいい加減な奴だって」


「片桐が……いい加減な奴?」


「最初、君に告白された時、片桐と結託して僕に嫌がらせでもするのかと思った。もしくは片桐に脅されて告白してきたのかと。蓋を開けてみたらーー思ってたのと違ったんだけど」


 ペラペラ語る。片桐を何も知らないくせ、滑らかに悪口を生産する。

 わたしだって彼の全部を知っている訳じゃないが、お弁当を作りたいと相談すれば手伝い、ゲームやスポーツの話題を仕入れてくれる。

 一緒に笑って泣いて、わたしの恋路を誰よりも応援したのは片桐じゃないか。


 それなのに。


「ーーカ」


 それなのに、わたしってば。


「ん? なんて?」


「バーーカって言ったんだよ! バーーカ! 誰が付き合うか! バーーカ!」


「なっ」


 思い切り舌を出すと、呆然とした青山君を置き去りにして駆け出す。


 今すぐ片桐に謝りたい。


 そして今すぐ片桐に会いたい。


「片桐!」


 いつの間にか雨が降り出していた。片桐はずぶ濡れのわたしに目を丸くし、それから当たり前に傘を差し出す。


「女の子が身体冷やしちゃ駄目でしょ。何? どうした? 困った事あったか?」


「……片桐を、追い掛けてきた」


「俺を? 傘もささずに?」


 ファミレスへ向かうであろう片桐にやっとの思いで追いつくと中腰になり、ぜぇぜぇ息切れする。鏡を見なくても自分が酷い有り様なのは分かっているが、拭う間も惜しかった。


「謝りたくて。片桐、ごめんね、ごめん、わたしーー」


「とりあえず、こっち。雨宿りしようか」


 片桐は冷静に雨風を凌げる公園へ誘導する。バイト帰り何度か立ち寄ったことのある東屋に入って自販機で飲み物を買う。


「ほら、これ飲みな。あとタオル使え。安心しろ、体育で使おうと思ってたけどサボったから未使用だ」


 バッグを漁りタオルを取り出して頭の上から掛け、カフェオレを握らす。スマートな気遣いが温かい。


「あ、ありがとう」


「どういたしまして。髪、ちゃんと拭けよ」


 簡易であるもののベンチとテーブルが設置されている。しかし全身が濡れた状態で着席はしにくく、片桐も立ったまま。


「それで? どうしてミユが謝るんだ?」


 強くなる雨足を見上げ、片桐は尋ねてくる。


「わたし、片桐をたくさん傷付けてた。青山君と話をしてたらハッとして、謝らなきゃって思ったの」


 片桐の匂いがするタオル、なんだか落ち着かないようで落ち着く。


「俺はミユに傷付けられた覚えは無ぇし、謝らなくていいよ。あぁ、ひょっとして青山に謝って来いとか言われたとか?」


 傷付いていないと言いつつ、こちらを見ようとしない。声音も何処か強張って低目だ。


「ううん、言われてない、よ」


「なら、なんでさ? 青山に告られたんでしょ? やり直そうと言われたんじゃない? ミユはなんでここに来た?」


「青山の気持ち、知ってたの?」


「はっ、知ってたなら早く教えて欲しかったか? そうすれば悩む時間が少なくて済んだのに?」


 片桐は眉間を揉み、かぶりを振る。


「ち、違う! わたしはもう」


 バッとわたしに身体ごと姿勢を向け、今にも泣いてしまいそうな揺れる瞳を突き付けた。


「俺だってミユが好きなんだ! 青山と付き合うお膳立てなんて本当はやりたくない! でもミユが幸せならいいと我慢してた!」


 ころり、手元の缶が滑り落ち、転がって片桐のスニーカーへぶつかる。


「……まだ、わたしを好きなの?」


「あぁ、好きだよ! 悪いかよ! 全然諦められねぇ上に、どんどん好きになっちまう! ずっとミユに片思いしてるわ!」


 噛み付くような感情の吐露に、自然と涙が溢れ、体当たりで伝えられた好意で胸がドキドキした。雨にさらされた全身が一気に熱くなる。


「わ、うわ! 泣くなよ! 俺にこんな風に想われるのはキモいよな? 分かってる、分かってる」


 わたしの泣き顔に片桐は我に返り、フォローを始める。カフェオレを拾おうとした指先が後悔で震えていたのをみ、彼へ抱きつく。

「ミ、ミ、ミ、ミユさん、どうかなさいましたか? 距離が近いんですけど……」


 片桐の腰に手を回しギュッとくっ付く。彼の鼓動に耳を澄ませ、タオルと同じ香りを目一杯吸い込む。


「敬語?」


「バカ! 言わせんな、動揺してるんだよ! いいから離れろ」


 言葉だけで無理にわたしを剥がそうとしない。


「濡れるの嫌?」


「嫌な訳ないじゃん。バスタオル代わりにされてもいいよ」


「わたしは片桐を代わりになんかしない、お試しもしない」


 すると片桐は躊躇いがちに抱き返してきて、髪を撫でてきた。


「髪、伸ばした方がいい?」


「どっちでも。ミユは長くても短くても可愛い」


「青山君にまた伸ばしてって、もう一度付き合わないかって言われたけど断った。片桐をいい加減な奴って悪口を言うからバカって言ってやったの。片桐はいい加減な人じゃない」


「ーーは? バカ? 青山に言ったのか? 学年トップだろ、あいつ」


「うん、でも一番のバカなのはわたし。ねぇ、まだ間に合うかな? 目の前の大事な事に気が付いたんだ」


「俺はミユなら取り返しのつかないバカでもいい。責任はとってやる。何に気付いた?」


 片桐がわたしの顔を覗き込み、頬へ触れる。


「わたし、片桐が好き!」


 わたしらしく直球で飾らない本音を告げれば、片桐は笑ってくれた。


「俺も。俺もミユが好き。ずっとずっと好きだったよ」


 これまで色々な片桐の笑顔を見てきて、どれも本物だと思うけれど、気持ちが通じ合った瞬間に浮かべた笑顔は別格だった。



「マンゴープリンをカップル割りで」


 後日、わたし達は晴れてカップル割の対象となりマンゴープリンを注文する。


「ミユはバイト代出たら何を買うんだ?」


 青山君の誕生日プレゼントを買うためバイトをしてきたが、その必要はない。


「あぁ、それなんだけど。ペアのヘルメットはどうかなって。バイク、二十歳になったら乗せてくれるんでしょ?」


「ペア?」


「あ、やっぱりバカップルっぽい? 気が早すぎ?」


「いや、バカップル上等じゃん。しかも二十歳になっても付き合ってるのを想定してくれて嬉しい」


「意外、お揃いとか嫌うと思った」


「ミユ限定でなら。長い間片思いしてたからさ、ミユが彼女って触れて回りたいくらい浮かれてる。あと男共への牽制にもなるしな」


「はぁ、わたしはそちらの方が心配だけど? 相変わらず告白されてるって話じゃない?」


「されてるけど、ちゃんとお断りしてる。あ、想ってくれた子には誠意を持って接してるから。もうお試しも仮初めも御免だ」


 マンゴープリンが運ばれてきた。カップル割りにするとニ人前が一つの皿に盛られ、シェアして食べるようになっている。


「はい、あーん」


 片桐がスプーンを口元へ寄せてきた。


「え、いや、恥ずかしいよ。自分で食べられるし」


「あーん」


 小首を傾げ、繰り返す。わたしは諦め、キョロキョロ周囲を確認してからパクリと食べた。


「美味しい?」


「う、うん」


「そ、良かった」


 恥ずかしくて本当は味など分からなかったが、彼が蕩けた表情をするので口の中が甘酸っぱくなる。


「ねぇ、わたしにして欲しい事とかないの? お弁当作ってとか、女の子らしく振る舞ってとか」


「? どうした急に?」


「わたしに合わせて貰ってばかりじゃ申し訳ないというか、その、わたしも片桐の好みになりたいというか」


 プリンに続き、ソフトドリンクもテーブルへ置かれた。メロンソーダーの気泡越しに片桐を伺う。

 彼はふむ、唸ると頬杖ついた。


「ミユが青山にしてたのは尽くすというより自己犠牲だったじゃん? 俺は無理してないしミユが喜ぶならそれでいい。ミユだって興味の無かったバイクについて調べてくれてるけど無理してる?」


「してない。片桐が好きな物を知りたいの」


「うん、そういうもんなんだって」


「……そっか」


「いや、待てよ」


 丁寧な説明に納得しかけると、片桐は何やら思い付いたらしい。


「ミユにお願いしたいこと、あったわ!」


「え、何?」


 悪戯な笑顔に嫌な予感がする。


「名前で呼んでよ。いつまでも片桐呼びじゃ寂しい。ちなみに俺の名前、知ってるよな?」


「あ、当たり前じゃない!」


「だったら呼んで、さぁどうぞ」


「ーーっ」


「おや、聞こえないなぁ?」


 きっと、わたしが片桐の名をスムーズに呼べるまでそう時間は掛からないだろう。

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