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その1

自分の作品としては長めです。よろしくお願いします。

僕は今の学校になって一か月になる。でも、前の学校で染め上げられた色を流し落とせないでいた。ときどき同級生が先生に食って掛かっている姿を見るとそれだけで心の底から恐怖が沸き上がり、癇癪を起しそうになるんだ。転校してからの数日なんかそれをこらえるあまり耐え切れなくなって無言で保健室に駆け込んでいた。そうして少しは気が収まったかと思うと、すぐさま先生に失礼な振る舞いをしたことが脳裏に映し出されて、どんなひどい目にあわされるだろうな、お前は取り返しのつかない大罪を犯してしまった、忠誠を誓うしかないと脳は警告してきた。今思えばあまりに荒唐無稽な思考回路だと思えるようになってきたけどけど、当時はそれが当たり前だった……。

 

 あの頃の記憶は今日までずっと話す気にはなれなかった。思い出したくないことばかりであるし、話せば「改心」させる気がしてならないし、極めつけは僕の覚えていることなんか信憑性が全くないからだ。記憶が曖昧だとかそんな次元ではなくて、知見していないことを心の底からしたと言い切ってしまうほどなんだ。でも君はそういうことは繰り返してはならないこととして伝えるべきだといったね。それに僕の経験を耳にしたことがある人が増えればそんな過ちは減らせるかもしれないとも言った。自分のような人が増えてはいけないかどうかはよくわからないけど、誰かの役に立てるのならと思って、精一杯綴ってみることにするよ。

…………

………

……


 僕の前の学校は確か、校則というものが存在しないかのような自由さが魅力だったはずだった。一つ上の先輩からはその良さを何度か自慢するかのように語ってくれたのを覚えている。たしかこんな感じだった。


「いい学校だぜ。生徒の権利という権利を尊重してくれるってのがひしひしと伝わってくるんだ。中学の時なんか息苦しくて仕方のなかった俺が、今じゃ水を得た魚さ。お前はどちらかといえば俺と同じ匂いを持ってるだろ。ここはお勧めだぜ。下手に背伸びしてM高なんかにしてみろ、すごいやつがいるなあ、で三年終わっちまうぞ。それにあそこに行ってる友人からはおおむね不評と来てるからな。選択肢からは外すべきじゃないかな。」


 振り返ってみると実に内容のない推薦だった。あのときは本気で信じていたんだろうか。信じたとして、せめてパンフレットをとるなり口コミを見るなり自分で調べる努力をすべきだったのだろう。


 結果、僕は身の丈とその校風に焦点を合わせたという名目で志望校を決めたのだと記憶している。僕は学校の一面すらみようとせず、先輩の言葉から広がる妄想で進路を定めたのだった。合格してからというもの、妄想に受験で見た場景を重ね、新生活に胸を膨らませていた。我ながらどこまでものんきなものだった。


 滑稽なことに入学当初から妄想は終焉を迎えた。砂場で作った城を蹴り飛ばすようにあっけなく崩れ去った。入学数日もすると部活の勧誘が来るのだが、ガタイのいい人にみんな拉致され、有無を言わさず入部届を書かされた。抵抗するものは軒並み力ずくで納得させられる始末。校則や先生を盾にしようにも、校則は世間を欺くための名ばかりであり、先生はそろいもそろって無能であるか、上級生の味方をするかだったのでどうしようもなかった。運よく魔の手から逃れることができたのは僕を含めてもクラスで三人だけだった。二人のことはよく知らないが、僕は昼休みをトイレの個室で過ごすという恥知らずな手段の結果である。副産物として、僕はクラス内で孤立した存在と化した。


 恐怖の誘拐週間が過ぎても、性懲りもなく勧誘する上級生はいたので安心はできなかった。ある時、そんな上級生の中に全ての元凶となったあの先輩の姿を見出した。意外とは思わなかった。先輩は下級生に顔が広かったから、僕のように騙したのもたくさんいるのだろうとすぐさま結論付けた。抱いたのは負の感情……予感通り先輩が悪党であったことへの失望、自分を騙したことへの憤怒であった。この時点ではまだ理性を保てていた。先輩がこちらの姿に気づき、自分のしたことを意にも返さない無邪気な笑顔で僕を迎えようとした。我慢ならなかった。先輩が何かを発しようと喉を振動させる前に、その端正な顔めがけて肌荒れした拳をプレゼントしてやった。


 拳から伝わってくる感触は僕の頭を冷やし、後悔の念を引き起こした。痛かった。自分が腕っぷしという点では非力であることをこの瞬間になって思い出したのだった。この現場では被害者にあたる者は、わずかによろけただけでしばらく状況が呑み込めずポカンとしていたが、やがてじわじわと眉間に皺を寄せ始めた。このあと、彼とその連れに粛清されたのは言うまでもない。


 この日以来、僕は多くの上級生から悪い意味で有名になった。執拗な嫌がらせをする奴には大変頭を抱えさせられた。廊下を歩いていると、


「おい、金がねえんだ。くれ」


「残念ですが、僕も金欠です。他をあたって、」


「待て待て、別に現ナマじゃなくてもいいんだ。そうだな……いい時計持ってるじゃないか。こいつで今日のところは勘弁してやるぜ」


「これは借りものなんです。お金と違って全く同じものを返さないといけないんです。」


「劣等生め!この学校で自分勝手な主張がまかり通るとでも思っているのか。第一お前の言っていることは、その場しのぎの安価な言い訳に過ぎない。対して俺の言い分はどうか。お前には俺が好き放題しているように見えているだろうな。哀れだ、実に哀れ!俺はあくまで学校の正当なルールのもとでの行いだ。引き出しの奥に眠っていそうな生徒手帳でも確認してみるがいい。どう読んでも俺に分がある!」


 そう言うと彼は僕の時計を分捕り、


「早くこの学校になれることだな」


 と言い残して去ってしまった。


 彼の言うことが微塵も信じられなかったので、生徒手帳に真相を求めた。校歌があり、スケジュール表があるところまではいたって平凡であった。それゆえに次のような一節を見つけたときには自分の目を疑った。目をこすってもこすっても浮かぶ文字は変化することなく佇んでいた。


『本校生徒はいかなる場合も上級生を敬い、行動しなければならない。また、下級生は原則として上級生の指示に従わなければならない』


 かつて『生徒の権利という権利が尊重して』いるという言葉を聞かされたが、このことだったらしい。ろくにルールを知りそうもない輩であるというのに、都合のいいことは逃さない目敏さだけは一人前である。僕はその場で笑った。乾いた音にしかならず、空しい限りだった。晴れて透き通った黄昏は僕には悪意あるものに感じられた。このような理不尽な仕打ちは夏季休業まで続いた。よく耐えられたものだ。



 九月となり、登校が再開された。僕には憂鬱な学校生活が再開するのが恐怖でならなかった。それからの期間、意外にも不当な扱いは激減した。事情を知らない僕にしてみれば減免されたようでうれしかった。


 上級生にも変化が訪れ始めていた。あれほど指名手配の一覧に加えてやりたかった顔ぶれが、見る影もなく凋落していた。彼らの全身からまるで覇気が感じ取れない。下級生との立場が逆転したかのように、大人しくなり、後輩の言い分を聞くようになった。あまりの激変に嵐の前の静けさをなんとなく思い浮かべていた。そんな僕の思案する顔に引き寄せられたのか、ある先輩らしき男が話しかけてきた。


「君、気難しそうな顔をしているね。もしかして分かるのかい、学校の変化を」


「学校が変わろうとしているというよりは、変えられようとしているという印象です」


「そうとも。まだ確定事項ではないがね。今度、生徒会選挙があるだろ。あれに立候補する鹿山ってやつが会長に当選すれば、学校はあるべき姿に戻るはずさ」


「その人は公約にどんなことを掲げているんですか」


 これは僕なりの用心だった。受験の二の舞になることは避けたかった。悲観的に聞いてやろうと構えていた。


「確か、クリーンな学校を目標に、今まで虐げられてきた下級生たちも上級生と同等の立場にする、とかだったかな。そのためにも生徒手帳とかにあるあの文は削除するって言ってたな」


 あの文の削除!思いがけない心地よい響きが僕を襲った。背筋がゾクゾクした。忌々しい一文がこの学校から消滅すれば、さぞかし僕ら下級生は生きやすくなることだろう。上級生におびえなくて済み、金輪際トイレに引きこってばかりいる昼休みともおさらばできる。公約を見せてもらったが何の異論もなかった。他候補の公約など見るに値しないとまで感じたほどの充実した内容だった。


「それは魅力的ですね。今後の学校生活に希望が持てそうです」


 彼は満足したような顔をして頷いた。


「じゃあ、そういうわけだから鹿山に入れてやってくれ」


「ぜひとも」


 悲しきかな、構えていたことは知らず知らずのうちに忘れ去られ、またもや鵜呑みにしてしまった。


 僕はこうして出来上がった姿勢を選挙終了まで崩さなかった。体育館で演説を聞き、やはり鹿山さんしかいないと思った。投票用紙を誰よりも書き上げ、当選を強く祈った。僕は蜘蛛の糸あるいは長いネギを渡されたのだった。心当たりはないが、十数年も生きていれば対象となる時間は大きいものであるはずだから、忘れている善行があってもおかしなことではあるまいと思った。仮に後に続いて登る輩がいるならば、快く声をかけ互いに励まし合いながら天国へ行こうなどと楽観的シナリオを描いていた。


 翌日学校に行くと、結果が張り出されていた。二位に大差をつけて鹿山さんは当選していた。


 このことで盛り上がったのは別に僕一人でもなく、クラス中、そして学年中という規模であったのは確かである。僕ら一年のクラスのある四階は一斉に歓喜という歓喜が沸き上がり一つの大きな共振を見せつけていた。ひとりひとりとはあまりなじみのない顔ぶれと一体となったかのようなあの感動は今でも忘れられない。


 午前の授業が終わり、一呼吸置いたところでアナウンスの音が流れた。新生徒会長となった彼の演説ということでみな期待し、場は一瞬にして静寂に包まれた。


『みなさん、こんにちは。この度新生徒会長となりました鹿山です。投票してくださったみなさん応援のほどありがとうございました。非投票者のみなさん、残念でしたね。これから私たち新生徒会は、今までの汚らしい歴史を拭い去り、学校を偉大なものへとすべく精進して参ります。まず手始めとして公約にも掲げましたあの一文、そう上級生の優越性を保証する項目を削除した、新たな生徒遵守事項を発布していきたいと思います。準備ができ次第、改訂した生徒手帳を配布いたします。その他実施の予定が決まり次第折って発表します』


『私はこの学校がクリーンな世界となることを最終的な目標としています。なぜクリーンなのか、それはこの学校は異常であると思うからです。校則というものが存在しないに等しいところに始まり、果てには上級生第一主義というところに至るまで、ここは学校なのか疑わずにはいられません。実に馬鹿げている!私たちは年上だろうが年下だろうが、等しい権利を持っているはずです。その権利をみなさんの手中に取り戻すために私は鬼になろうと思います。はじめこそ辛いかもしれませんが、そんな時間はすぐに終わらせるつもりです。何卒理解のほどお願い申し上げます』


 続いて、副生徒会長他の挨拶があったに違いないが、少しも聞いた覚えがない。鹿山さんの話からにじみ出ている違和感が気になって仕方がなかった。鬼になるという意味は制裁を指しているのだろうか、厳格な学校のルールを敷いていくことなのだろうか。それとも……


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