叱咤とお願い
私は、戻ってきた。
『お帰りなさい、宮部さん』
「あっ、あの、三日月さん」
『はい』
「最初に聞こえた声は、何だったのですか?」
糸埜さんも、三日月さんを見つめていた。
『あー。コントロールできなくて入ってしまいました。』
三日月さんは、何もないように笑った。
「あの」
「私は、手紙を書く紙を持ってきます。」
糸埜さんは、立ち上がって出て行った。
『何でしょうか?』
「さっきのは、本当なんですか?」
『もう、そんな遠い昔の事はいいじゃないですか、お気になさらずに』
「遠い昔?そんなわけありませんよね。三日月さんは、私の事を」
『今さらどうこう言っても、どうにもならぬ事を話すのはやめて下さい』
三日月さんは、私を叱咤した。
『すみません。私が、悪いのを宮部さんのせいみたいにしてしまいまして…。』
ハッとした顔を一瞬浮かべて笑った。
「宮部さん、どうぞ。」
「あっ、すみません。」
私は、糸埜さんから手紙を書く紙を渡された。
忘れないように、紙に書いた。
どうにもならない事をと言われて、私は初めて三日月宝珠を好きになっている自分に気づいた。
「書けました。」
「では、村井美鶴さんの所へ行きましょう。」
「はい」
三日月さんは、黙っていた。
糸埜さんの車に乗り込んだ。
三日月さんは、黙って助手席に座る。
誰も、何も話さなかった。
「村井さんは、夜に上がります。なので、お待ちしましょう。」
「はい」
いつもは、昼までに終わっていたビジョンを見せる行為は、今日は夕方までかかっていた。
いつまでも、黙っているのかと思ったのに、三日月さんが話し出した。
『荻野美花が、私の前に現れたのは、村井美鶴の復讐をとめるためでした。』
「はい」
『三日月先生、美鶴は包丁を98本集めました。後、2本集まれば美鶴は殺人者になります。とめて欲しいのです。そう頼まれました。』
「はい」
糸埜さんが、返事をしている。
私は、三日月さんを見ているしか出来なかった。
『私は、村井美鶴を伊納円香に会わせるようにしました。』
「どうやったのですか?」
『簡単な事です。夢のまじないを使ったのです。』
「夢のまじないって何ですか?」
私の言葉に、糸埜さんが私を見た。
「これ、夢で見たわって思った事ありませんか?」
「あります。たまにですが…」
「それですよ。まじないを掛ければ、どうしてもそれをしたくなり、その場所に行きたくなるのです。」
「三日月さんが、わざと村井さんを導いたのですね」
三日月さんは、私を見ずに話す。
『私ではなく、荻野美花が伊納円香に村井美鶴をどうしても会わせて欲しいとお願いしてきたのです。』
「荻野さんが、伊納さんを見つけていたって事ですよね」
『はい。荻野さんは、私に言いました。伊納さんの食べ方と私の食べ方は、よく似ていると…。私は、伊納円香のかつての恋人に接触しラザニアのレシピを村井美鶴に教えました。』
「どうやって、ですか?」
私の言葉に、糸埜さんがフフっと笑った。
「味覚のまじないを使ったのだな。」
『はい』
「味覚のまじないですか?」
「寝てる間に、その彼の味覚と村井美鶴の味覚を入れ替えたんだよ。効果は、数時間から一日。もちろん、記憶は残るから何度だって同じレシピをつくれる。ただ、美味しいと思うかはわからないけれどね。」
「何だか、空想の世界ですね。」
「そうだね。まあ、催眠術なんかの類いのように思ってくれればいいよ。宮瀬さん、見えるものが全てではないんだよ。この世は、見えるものと見えざるものが共存している。そして、見えざるものの方が圧倒的に数が多いんだよ。深く考えないでくれたら助かるね」
そう言って、糸埜さんは笑った。
「すみません。何度もやってるのに…。」
さっきの三日月さんの言葉のせいで、私は思ったよりも苛々していた。




