幸せとは(一部修正しました。)
念珠さんは、喜与恵に優しく微笑んだ。
「少し座りましょうか?」
「ああ、そうしよう」
喜与恵は、念珠さんと近くの椅子に座る。
「喜与恵、幸せとは、相手が自分を見てくれる事だぞ。」
「見てくれるですか?」
「あぁ、わしは、そう思っとるよ。いろんな幽体も見てきた。生きてる人間の気持ちにも触れた。みんな言っていた。「愛されてないのが嫌だったんじゃない。あの人が私を見ていない事が嫌だったのよ」ってな。わしには、その気持ちがよくわかる。」
念珠さんは、喜与恵の髪を優しく撫でる。
「こんな風に、傍にいて話しておってもな。心がここにあらずの人間を沢山見てきた。向かい合っていても、相手を見ていても、何も気づかない。その点、わしは幸せものだ。美条の瞳の中にいつでもうつりこんでいた。」
懐かしそうにクスクス笑ってる。
「感情をぶつけられ見つめられる。ただ、愛されるよりも幸せだった。だってな、喜与恵。美条は、わしにだけガキのように剥き出しの感情をぶつけるんだぞ!特別だった。だから、幸せだった。」
「奥さんには、みせなかったのですね?剥き出しの感情。」
「みせるわけなかろう。みせれば、逃げられるかも知れないであろう?あれを、ぶつけられるのは肉親だけじゃよ。嫌、肉親であっても逃げるかもしれぬな。わしだから、よかったのかもな。」
そう言って、念珠さんはニコニコ笑ってる。
「それだけ、美条はわしを信じてくれておったんじゃよ。喜与恵、それは愛される事よりも尊い事じゃよ。」
「そうなのですか?」
「信じてもらうなんて難しいであろう?目に見えないものを扱っている三日月にとっては、特に容易な事ではない。そんな中で、美条はわしを信頼し全ての感情を剥き出しにしてきた。わしは、その愛を感じていたからずっと美条を愛していた。」
「夫婦や恋人になると、剥き出しの感情は押さえなくちゃならないのですか?」
「好きな人に嫌われたくないから、押さえるのだろう?美条は、わしには嫌われてもよかったんだよ。だから、剥き出しにぶつけてきた。言っていい事と悪い事も区別のつかんガキのようにぶつけてきた。わしは、それが愛しくて堪らんかったわ。美条の剥き出しの感情だけは、わしのもんじゃ。」
喜与恵は、念珠さんに笑いかける。
「私も、宝珠さんの剥き出しの感情をもらいたいです。」
「ハハハ、いい事じゃよ。何があっても、その想いを手放すなよ。苦しくて、辛くて、悲しい、それでも、その人の為に心を燃やす。それが、何より幸せだ。」
念珠さんは、喜与恵の手を握りしめる。
「今の片想いは、つまらん。あっちは、わしに微笑むだけじゃ。でもな、好きな人の視界に入って笑ってもらえる事も、これまた幸せなんじゃ。」
「念珠さんは、それで何かを手に入れられたのですか?」
「知りたいか?」
「はい」
念珠さんは、ポケットの財布から小さく折り畳んであった紙を広げて読み始める。
「念珠へ。お前がいてよかった。いなければ、節や万条や千野に手をあげていた。私は、お前に気持ちをぶつける事は何故か怖くなどなかった。だって、お前は私がどんなに侮辱し蔑んだとしてもいなくならなかった。それだけの、自信をお前は私にくれていた。お前が、誰を想い続けて結婚も子供も諦めてしまったのかは知らないが…。そのお陰で、私は、幸せな結婚生活を送り続ける事ができた。感謝している。ありがとう、愛しき友。美条」
喜与恵は、涙を流していた。
「これは、美条が亡くなる3日前に書いた手紙だ。美条が、幸せでよかったよ。報われたな。わしの片想いは…」
「念珠さんは、美条さんの信頼を手に入れていたのですね。絶対にいなくならない信頼。」
「そうじゃよ。それが、一番大切なんじゃよ。喜与恵も宝珠にとって、絶対いなくならない存在になれ。そしたら、宝珠の心の中の幸せを満たす存在の一部は喜与恵だ。喜与恵が、欠ければ宝珠は宝珠らしくいられないようになる。わかったか?喜与恵」
「はい、わかりました。」
私は、喜与恵のビジョンを閉じた。




