現れた人
「あの、終わりましたか?」
案内人さんが、現れた。
「はい。先程終わりました。」
糸埜さんは、振り返ってそう言った。
「そうですか。三日月さんは?」
「出て行きましたよ」
「わかりました。失礼しました。」
「片付けますね」
「はい」
そう言って、案内人さんは頭を下げて出て行った。
今日は、綺麗な袴を着ていた。
「あの」
「はい、何でしょうか?」
「三日月さんは、どんな人でしたか?」
糸埜さんは、片付けをする手を止めて私を見た。
「宝珠は、本当に繊細な子供でした。そのうえ、誰よりも優しいんです。小さな頃は、悪しき霊をよく呼び寄せました。私と二条が、その度によく庇ったものです。」
そう言って、糸埜さんは、前髪を触っていた。
「これは、宝珠に入り込もうとした悪霊から庇った時に色が変わりました。私や二条にとって、宝珠は貴重で大切な存在でした。しかし、師匠にとっては大嫌いな存在でした。」
「どうしてですか?黒い爪をもつものは、能力が強いのですよね?」
「そうです。しかし、黒き爪の能力者には一つだけ欠点があるのです。」
「欠点ですか?」
「はい。それは、優しすぎる事。1000年続く三日月家の本に書かれていました。【黒き爪もち能力者、幽体を愛し、悪しき霊を払えぬもの】と書かれていたのです。」
「それって、三日月さんも同じって事ですよね。」
「はい。宝珠は、幽体を愛しています。そして、幽体に悪はいないと信じています。悪を作るのは、人だと信じています。」
糸埜さんは、そう言いながら寂しそうに笑った。
「そうではないと思っていますか?」
「いえ、私も宝珠と同じ意見ですよ。ただ、そうではない魂もいるのかも知れないとは最近思ったりしてしまうのです。」
糸埜さんは、そう言いながら顎を触っていた。
「人を悪人にするのも人ですよね?産まれた時から、悪い人なんていませんよね」
「そうですね。赤子は、皆ピュアです。ただ、その人格を形成する時にどれだけその子の形に合わせた愛を与えられるかです。」
「形ですか?」
「はい。丸なら丸、四角なら四角。ちゃんと見極めて愛を注いであげなければ、その子は一生愛されていないと嘆きます。そして、その愛を補う為に歪んでいく。歪みは、連鎖し。次の歪みへと繋がっていく。断ち切る事は、容易ではありません。」
糸埜さんは、そう言って涙を一筋流した。
「無理に断ち切らせるのは、愛ですか?」
「察しがよろしいですね。」
糸埜さんは、私の言葉に頷いた。
「これは、三日月家だけが知る話です。同性愛者、不妊、独身。これらは、歪みを正す為におこなわれているものであると三日月のもの達は教えられました。だから、誰のせいでもないのです。ましてや、本人達のせいではない。」
「三日月さんが、子孫を作れない事と同じですか?」
「はい、そうです。1000年前に、三日月のものが残した言葉です。【歪みを正すために導かれた魂は、皆と同じ人生は歩めぬ】です。」
そう言うと糸埜さんは、ポロポロと泣いた。
「生きづらさを感じている魂が沢山います。普通や当たり前の枠の中で、もがいてる人達を沢山見てきました。その方達に、真実を話すのは辛いでしょう?誰も恨めないのですよ。ただ、一つ言える事は本人のせいではないと言うことだけです。」
私も、独身だ。
上條さんは、同性愛者だった。
これが、歪みを正すために導かれたのだとすれば一体自分は何を望み、この世界に産まれ落ちたのだろうか?
私の涙に糸埜さんが気づいてハンカチを差し出してくれた。
「何の為に産まれたのか?と思っていますか?」
「はい」
「どんな形であれ、愛を知るためですよ」
「愛ですか?」
詳しく聞く前に、三日月さんが、戻ってきてしまった。




