選択
三日月さんは、宮瀬さんから離れて、宮瀬さんの涙を拭う。
『ただ、それでも、生きて行く選択を私はして欲しかったです。生きることは、大なり小なり辛いことですから…。肉体を持って産まれた以上は、痛みを知らねばならないのです。喜びや楽しさや嬉しさよりも、魂を強くするのは、悲しみや憎しみや痛みなのです。だから、その痛みを感じながら生きるしかなかったのですよ。』
三日月さんの話し方は、穏やかで宮瀬歩は、見えないベールに包まれているようだった。
『早乙女加奈枝さんを向こうで待っているべきですよ。それを、お二人も望んでいます。それまでは、どうか三人でいてください。』
『三日月さん』
宮瀬さんは、三日月さんにキスをした。
それは、とても、とても綺麗だった。
『歩ーー』
『来ましたよ』
三日月さんは、宮瀬さんを立たせた。
『ニコ、カール』
『歩、迎えに来たよ』
『一緒に、向こうで愛する人を待とう』
『ありがとう』
宮瀬さんは、二人に抱きついた。
『三日月さん、さよなら。出会えて、よかったです。』
『はい、私もです。』
『あの時は、ありがとう』
『いえ。』
『さよなら』
三人は、手を振って消えてしまった。
カチ…カチ…カチ…カチ…カチ
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「すみません。泣いてしまいました。」
「いえ、みんな泣いていますから大丈夫ですよ。」
糸埜さんは、泣きながら笑っていた。
「あの私、ずっと三日月さんだと思っていました。」
「あれは、三日月礼珠です。彼は宝珠の父親です。」
「てっきり、お父様はいないのかと思っていました。お母様だけかと…。」
私の言葉に、糸埜さんは笑った。
「もう、いません。死にましたから…。ただ、それは宮瀬さんの後だったのですね?宝珠」
三日月さんは、溢れる涙を押さえていた。
「そうだったようですね。私は、初めてこのビジョンを見ましたので、今まで知りませんでした。」
「あの、何故亡くなられたのですか?」
「実は、礼珠さんは一度行方不明になっていたんです。それで、宝珠が13歳の時にひょこり現れて師匠と喧嘩したんですが、あの人は婿養子でね。でも、見えざるものが見れましてね。ビジョンも見せれたんです。その能力を師匠は買っていたので…。また、こうやって、やらしてたわけです。ただ、この人を終わらしてから消えました。で、師匠から死んだと聞かされました。」
「じゃあ、生きてるのですか?」
「それは、ありません。山道でガードレールを突き破って車ごと転落したんです。生きているわけがありません。」
そう言って、糸埜さんは首を横に振った。
「あんな、綺麗事を並べ立てて自分も自分を殺すなんてね。皮肉ですね」
「宝珠、そんな風に言わないであげて。自分とそっくりだっただろ?」
三日月さんは、糸埜さんを見つめた。
「あぁ、双子親子。師匠に言われた意味がよく理解できたよ。」
「じゃあ、三日月さんも繊細だったんですね?」
「あぁ、そうだよ。私も、父と同じだ。器が、繊細だった。」
「師匠も二条も私も、宝珠の繊細さは心配だった。いつかポッキリ折れてしまいそうで。」
「よく、生きたのですね。三日月さんは…。」
「そうだな。父の歳もちゃっかり越えた。」
「お父様は、おいくつだったのですか?」
「39歳だった。」
私は、三日月さんを見つめる。
「三日月さんも、6年前は息をのむほど美しかったのですね?」
「ハハハ、そうかもね。40歳を境に崩れたな」
糸埜さんが、笑って三日月さんの頬を撫でた。
「すみません。そんなつもりは、なくて…。今でも充分お綺麗ですよ。」
「私は、怒ってなどいませんよ。」
三日月さんは、そう言って笑った。
「ただ、凄く悲しいお話でしたね。」
私の言葉に、三日月さんが私を見つめた。
「宮部さん、もう一人のビジョンを見ていただけますか?」
「誰のですか?」
「私が、初めて眠っている時に呼び出された魂です。吉瀬ユーリ。彼も、宮瀬歩と同じような人生でした。」
「見てみたいです」
私の言葉に、三日月さんは糸埜さんの顔を見て頷いた。
「これは、7年前です。」
カチ…カチ…カチ…カチ…




