最後の瞬間
こんな状態で、車を運転するつもりなのか?
「はぁ、はぁ、はぁ」
宮瀬さんは、鞄を持った。
帰らなきゃって思いだけを抱えていた。
「お世話になりました。」
片付けが終わり、鍵を返した。
宮瀬さんは、空港に向かっていた。
「さよなら、さよなら。愛する人よ」
よくわからない歌を口ずさむ。
「あっと」
助手席の荷物をとるのに、ハンドルがぐらぐらする。
【もっと、集中して】
「さよなら、さよなら、愛する人よ。もうもらえない愛ですよ」
【お酒?】
なにかを飲んでいる。
「さよなら、さよなら、愛する人よ。俺は、ここで死にます」
ハンドルを右に思いっきり切った。
【待って、待って、待って】
崖の下に、まっ逆さまに落ちた。
「はぁ、はぁ、はぁ。」
痛みがない。
「死ねよ、早く」
ブー、ブーとクラクションを鳴らしてる。
「出血すごいな。痛くねーな」
宮瀬さんは、さっきの液体を飲んでるだけじゃない。
「はぁー。飛べるわ。ニコ、サンキュー」
薬を飲み続けてる。
「もうすぐ、いけるから心配すんなよ。そっちで、待ってろよ」
自殺だったのか…
「あんた、金髪さんじゃん」
【えっ?】
私は、宮瀬さんの視線の先を見た。
『私は、眠ってますから。こちらは、明るい。海外ですか?』
「海外ですね」
『繋がったのは、私が貴方にビジョンを見せたからでしょうか?』
「会いたかったよ。金髪さん、はぁ、はぁ、はぁ」
五木結斗と同じだ。
この時の、三日月宝珠は、息をのむ程に美しい。
それは、内側から滲み出るエネルギーなのか?
圧倒される美しさだ。
カチ…カチ…カチ…カチ
私は、宮瀬歩から離れた。
「伝えたい言葉は?」
「ない」
「会いたい人は?」
「もう、会えた」
そう言って、三日月さんの手に触れた。
「早乙女加奈枝さんには?」
「別に、会わなくていい。」
「なぜ?」
「こんな痛みは、もういらないからだ。」
三日月さんは、泣いている。
『とても、生き辛かったのですね。』
三日月さんは、宮瀬歩の手を握りしめた。
三日月さんは、何て優しい人なのだ。
「わかるのか?名前は?」
『三日月礼珠です。』
三日月さんでは、なかった。
こんなに、そっくりなのに?
私の気持ちを無視して、宮瀬さんは話し出す。
「三日月さん、俺、生きていた時に、三日月さんともっと関わりたかった。」
『すみません。名刺の一つも渡す暇がなくて…。』
「俺の名を呼んでよ。歩って言うんだ。ね?三日月さん」
『歩』
「嬉しいなぁー。」
宮瀬さんの目から、涙がボロボロ流れていく。
『来世は、素敵な人生になるといいですね。』
三日月さんは、どうにも出来ない苦しみに泣いている。
「三日月さん、優しいね」
『優しくなどありませんよ』
「ううん。三日月さんみたいな人に関わって生きていけたら。俺の人生変わってたと思うんだ。初めてだよ。俺の事をこんなに理解してる人」
『役に立ちますか?私の能力は…。』
「俺みたいに、うまく自分の気持ちを言葉に出来ない人間には、凄い、いい存在だよ。三日月さんは…。」
『それなら、よかったです。私も、歩の痛みを感じれてよかった。この痛みも苦しみも感じれる事が、私はよかったと思います。』
「三日月さん、最後にさ。愛するってどんな気持ちか教えてよ。」
三日月さんは、宮瀬さんの後頭部に手を当てる。
ドクン………
「凄いねー、三日月さん。幸せだよ」
宮瀬さんは、肉体からだいぶ離れていた。
『歩が、会いたい人に会いに行きましょう。』
三日月さんは、幽体の宮瀬さんの手を掴んだ。
しかし、飛んでいかない。
「だから、会いたいのは三日月さんだったって言ったでしょ?」
『なぜ、私なんかの為に…。歩の貴重な時間を無駄にするのですか?』
「無駄じゃないよ。凄くいいものを見せてもらった。俺、ちゃんと人を愛した事なかったのかもな。」
宮瀬さんは、三日月さんの手を握りしめる。
「小さな世界にいたんだよ。俺は、加奈枝の言葉一つに傷ついたんだ」
もう、肉体から完全に離れてしまっていた。
私には、この人が三日月宝珠にしか見えない。




