帰宅と噂話
私と三日月さんは、車に乗り込んだ。
「さっきのは、何ですか?凄く綺麗でした。」
「そうだろう、私も初めて見た時は驚いたよ。でも、彼女達があんな風に唇を近づけると黒いものが移動するんだ。あれは、恨みや悲しみや憎しみ。そういった負の感情の塊なんだと思う。」
「それを持っていってくれるのですか?」
「そのようだね。その後の、ご家族に会った事があるんだよ」
「へぇー。どうでした?」
三日月さんは、赤信号で停まると私を見た。
「そのご家族は、驚く程幸せになっていたよ。未来に羽ばたいていた。すっかり前を向いていてね」
「幽霊さんは、寂しそうでしたか?」
「いや、凄く喜んでいたよ。三日月先生のお陰ですって。私は、もっと続けようと思ったんだ。この1円にもならない事を続けようと思ったんだ。」
「三日月さん」
「何だろう?」
「あの神社のせいで、皆さん亡くなったのですか?」
「それは、最後に教えるよ。全て終わったら必ず」
三日月さんは、複雑な表情を浮かべていた。
「でも一つだけ言える事は、人間程、怖いものはいないって事だね。旭川愛梨を痛め付けたのも人間だ。君が、明日会いに行く五木結斗もだ。三笠千尋も…そして、これから会う。人達も…。」
「三笠さんは、自分でですよ。」
「確かに、そうだよ。でもね、私は、彼女の全てを見た。彼女は、そこに導かれたが正しい答えだよ。」
「導かれた?」
「そう、自分を殺そうと思う事はかなりの覚悟が必要だ。簡単な事じゃない。だから私は、三笠千尋はあっちに導かれたと思っている。」
「それって、あの桜の木の下が関係あるんですか?」
「弱っている時に行っては駄目な場所、やってはいけない事が、あるんだよ。目に見えない世界の掟だ。」
三日月さんは、車を停めた。
「あの、本当に連れていかれるなんてあるのでしょうか?三日月さんは、どう思いますか?」
「もしかして、オカルト的なジャンルの話を聞かれてるのかな?」
三日月さんは、フッと笑った。
「真剣です。私…」
「宮部さん、私は、いろんな魂を見てきた。魂に、悪などほとんど存在しない。ただ、一部を除いては、だけどね。その一部の存在は、綺麗な魂を喰らって生きていく。それに、耳を貸すもののせいで、奴等は、増加し、増幅する。そして、何より恐ろしいのは奴等に共鳴される事だ。それは、恐ろしい程、邪悪な悪を生み出す。」
三日月さんは、そう言って私を見つめる。
「その存在に三日月さんは、耳を貸して欲しくないから、私に真実を書けと?」
「宮部さん、五木結斗の中に入れば宮部さんにも私の言葉が理解できますよ。五木結斗は、思ったより力があった。…中学の桜木さんってわかりますか?」
「ああ、昔。取材しました。学校七不思議ですね」
三日月さんは、笑って首を横に振った。
「桜木徳路実在する人間でしたよ。」
「えっ?」
「彼は、絶世の美少年だった。そして、男が好き。彼は、尊厳を傷つけられた。毎日、毎日、学校で玩具にされていたんですよ。」
「なぜ?」
「なぜ?女の子にするより簡単な事ですからね。彼はね、好きな人がいたんです。その人が、主犯だった。言うことを聞く玩具にされていた。何十人もの人間と、ほぼ毎日です。愛してるよって言えばすむんですよ」
そう言って、三日月さんは私の後頭部に手を当てる。
流れてくる映像…
絶望、憎しみ、怒り、悲しみ、苦しみ
【こっちに、おいで】
綺麗な顔は、みるみる般若のような顔にかわる。
三日月さんが、手を離した。
「はぁ、はぁ、はぁ。こんなにも…。」
「100年前の話らしいですがね。凄いでしょ?桜木さんの感情」
「息が出来ないぐらいでした。」
「彼は、この力で何人も自分と同じ場所に送り込んだんですよ。それでも、憎しみや怒りが消えないようです」
「消えるわけないです。あんな、酷いことをされていて。」
「それだけじゃないですよ。大好きだった絵の道も選ばせてもらえなかった。彼にとっての唯一の逃げ道だったのに…。」
「絶望」
「五木結斗の、身内なんですよ。桜木さんは…」
「えっ?」
「じゃあ、五木結斗もあの顔ですか?」
「はい、そうです。五木結斗が、死んだせいで桜木さんはもっと怒りを増した。だから、あの木のおまじないはしてはいけなかった。」
そう言って、三日月さんはダッシュボードから小さく畳まれた紙を私に渡してくる。




