少し、休もう
「宝珠も生きて行くのに苦しんでいましたね。水面で口を開けて死にかけている魚でした。」
喜与恵は、そう言って私の髪を撫でる。
『喜与恵がいなければ、私は人生をやめていたかもしれないね。』
「師匠が渡す、重く苦しい愛とゆう名の鎖に繋がられ、三日月家という鎧を着せられて、常識とゆう名の檻に閉じ込められていました。私は、そんな5歳の宝珠を助けずにはいられませんでした。」
喜与恵は、そう言いながら懐かしそうに思い出して泣いている。
ドクン……
手から喜与恵のビジョンが流れてきた。
「ちゃんとせんか、宝珠」
まだ、遊びたい盛りの子供の私には年に数回のこの集まりが苦痛だった。
何十時間も、正座をさせられ。
幽体とどうやって接していくのかを話し続けられる。
大人の言葉は、ちんぷんかんぷんで、足の痺れだけが苦痛なだけだった。
「師匠、まだ宝珠は5歳なのです。多めに見てあげて下さい」
「子供だからと甘やかせていけば、黒き血が途絶えてしまう」
バシン バシン
二条さんと糸埜が、私を庇う度に師匠に叩かれた。
ちゃんとしなきゃ、しっかりしなきゃ、私がちゃんと、ちゃんと、ちゃんと…。
トイレに行くふりをして、私は桜の木の下で泣いていた。
涙を拭って、私は自分を奮い立たせた。
「ちゃんとせずとも、私が宝珠君の全てを受け止めますから」
ふわりと優しい温もりが、私を包み込んだ。
私は、その人を見た。
「ごめんね。気にしないで」
袴を着せられて、箒を持っている。
「お兄ちゃん、僕の気持ちをわかってくれるの?」
「宝珠君」
「ワァーン。嬉しい。嬉しい。しんどいよ。しんどい。こんなの嫌。普通がいい。皆みたいに何も考えずに走り回りたいよーー」
私は、喜与恵にしがみついて泣いている。
「そうしましょう?ここに来る時だけは…。僕の前だけは、いつまでも子供でいて下さい。」
喜与恵は、私にお守りを握り締めさせた。
季節が変わった。
「喜与恵。来たよ」
「いらっしゃい」
「追いかけて、喜与恵が鬼」
「はいはい、待てーー」
いつの間にか、二条さんや糸埜もやってきた。
「だるま、あっ、喜与恵動いた」
「ちょっとぐらい」
「ダメーー」
「だるま…二条さん動いた」
「ちょっとだったよ」
いつの間にか、神社の境内は私達四人の遊び場になった。
そして、私達四人が子供としての自由を手に出来る場所になっていた。
「喜与恵ー、きたよ!」
それが、合図だった。
喜与恵は、私から手を離した。
「すみません。よけいな力を使わせてしまって」
『いや、懐かしかった。すごく幸せだった。見せてくれて、ありがとう』
「宝珠、私の前ではずっと子供でいて下さい。皆は、両親の前でそうなるのですよ。」
喜与恵は、私の髪を優しく撫で続ける。
「少し、休みましょう。私が、宝珠の親になります。」
喜与恵は、私をギューっと抱き締めてくれる。
暖かくて優しくて、幸せ。
私は、両親の愛を知らずに生きてきた。
礼珠さんは、私の父親というよりは師匠だった。
私が、子供らしさを得られたのは二条さんと豊澄と糸埜と喜与恵の前だけだった。
三日月家で、それを出すとよく怒られた。
でも、小さな頃の私は、怒られても怒られても、子供らしさを出した。
たいした、修行もせずに、能力の上にあぐらをかいていた。
それが、私だった。
でも、そんな私をそれでもいいのだと包み込んでくれた喜与恵の優しさに私は、また甘えるのだった。
甘い蜜を欲しがる蜂のように、私は喜与恵の優しさや愛をもらい続けた。
それが、喜与恵を苦しめていようとも…。
私は、喜与恵の温もりを直に感じながら目を瞑った。
もう、私にはこの愛しか残っていないのだ。
わかっている。
いつの世も、私と喜与恵は結ばれぬのだ
それでも、私と喜与恵はお互いをこんなにも欲しがるのだ。




