覚めなければよかった
私の顔に、涙が落ちてきた。
「貴方と交わうとは、あんな気持ちなのですか?」
『喜与恵、よかった。』
「貴方と肌を重ねるのは、あんなにも幸せな事なのですか?」
『喜与恵?』
喜与恵は、ポタポタと涙を流している。
「宝珠との交わりは、あんなにも素晴らしいものなのですか?」
『どうしたのだ。喜与恵』
「答えて下さい。」
『何を言っているのだ?喜与恵』
喜与恵は、私を涙目で見つめている。
「見せたではないですか?今、私に…。貴方との交わりを…」
『まさか、今のビジョンを見ていたのか?』
「こんなにも、幸せなのに…。目など覚めなければよかった。何ですか、これは?そんな事出来ないのに…。私への嫌がらせですか?」
喜与恵は、私から離れた。
体を小さく丸めて、泣いた。
『そうなってしまったのか?』
「触らないで下さい。」
『喜与恵、私も同じだ。気にするな、喜与恵。私は、力を与えただけだよ。巫女から、これをやっていいと聞いた。あいつの中で、幸せを感じたのか?』
私は、喜与恵の背中を擦る。
「とても、幸せでした。現実だと思った。赦されたのだと思った。なのに、目覚めたら違った。絶望です。下半身が、熱を持ち。その熱を感じながら、ただ宝珠に抱き締められているだけ。どうして、私はこの人生を何度も選ぶのでしょうか?私が、宮部希海さんなら宝珠とそうなれたでしょう?私が、真理亜さんなら宝珠に抱かれたでしょう?どうして、私はこの神社の案内人にまた産まれ落ちたのでしょうか?どうして、私は宝珠以外を愛せないのでしょうか?どうして……。」
体を震わせて泣いてるのを感じる。
喜与恵のどうしてに私は、答えてあげられない。
『私が、ただの人間だったら喜与恵は私をここまで深く愛してくれていたのだろうか?私達が、一つに重なりあったらどうなるだろうか?私は、遠慮して喜与恵に何も言えなくなったのではないだろうか?失いたくなくて、取り繕って、平然と嘘をつくようになったのではないだろうか?』
喜与恵は、私を見つめている。
「それは、宝珠が見てきた幽体達の話をしていますか?」
『そうだよ、喜与恵。』
私は、喜与恵の隣に寝転がった。
喜与恵は、私の方を向いた。
『私が見てきた数多の幽体が教えてくれた。』
私は、喜与恵の手を両手で握りしめた。
『愛する事は、素晴らしいけれど怖い事を…。』
喜与恵は、泣きながら私を見つめている。
『互いに互いを、求め合った時期を過ぎれば空しい事を…。』
「宝珠、あの幽体達の話をしているのですか?」
『喜与恵には、嘘をつかずに何でも話したね。覚えていたんだね。』
私は、喜与恵に泣きながら微笑んだ。
「私と宝珠も傷つけ合ったのでしょうか?」
私は、首を横にふった。
『傷つけ合わなくなっていくんだよ。』
「そうなのですか?」
『そうだよ、喜与恵。私は、幽体達に聞いたんだ。傷つく度に消耗していく心が嫌で、いつしか傷つかない生き方を選んでいたって。互いを思いやり尊重する。聞こえはいいけれど、実際は無関心だったのだと言った。もっと、ぶつかればよかったと話した。納得いくまで、心を震わせればよかったと話した。』
喜与恵は、私の手を握り返してくれる。
『あるものは、不倫相手を目撃して生涯を終えた。不倫相手は、自分とは違い愛する夫にワガママを言っていた。自分は、夫を失いたくなくて我慢していた感情を彼女はキラキラと夫に話していた。それを見た日に彼女は幼き我が子を残し旅立った。私は、彼女の深い痛みに触れた。自分を押さえつけて、夫と子供と生きていただけなのに…。横から、勝手に奪われたのだ。そして、奪った相手の方が自分より幸せだった事に絶望したのだ。』
喜与恵は、私から手を抜くと涙を拭ってくれる。
「心を揺さぶられないように生きた結果、心を激しく揺さぶられてしまったのですね。」
『その激しさに、彼女の心は耐えられなかった。』
私は、喜与恵が涙を拭う手を握りしめた。




