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俺も、魔法使いの弟子にしてください!





「姉ちゃん、やだよ俺……!」

「やだじゃないの。ちょっと修行に行くだけなんだから…………」

「ダメだよ……!」

「…………すぐに帰ってくるよ?」

「いつだよそれ……? いつになるか分からないんだろ?もう嫌だよそういうの。すぐに帰るって言って行方不明になったやつが、ほんとにすぐに帰ってきたことある?」

「………それは………っ」

「姉ちゃん一人で頑張ることないじゃん……だろ?」

「っ……でもぉ……!」

「一人で泣くなよ、俺たちきょうだいだろ?」

「……ぅえぇ……ふさはちぃ……!」

「よしよし……」


 ひーん、とか細い泣き声が房八の上着の中にくぐもって潰れていく。房八の少年の手が、雛衣の小さな背中を優しくとんとん叩いた。

 そして、長いみつあみを撫でていた房八が、きっとキリヤを見上げる。

 それは決して睨むような責める眼差しではなく、今度は素直で真っ直ぐな、真摯な目線だった。


「……お医者さん」

「なんだ?」

「雛衣を弟子にとるんですか?」

「そのつもりだ」

「それ、増えちゃダメですか?」

「は?」

「ぐすっ……ひぐ……」

「おれも、魔法使いの弟子ってやつになっちゃダメですか?」

「………………」


 房八の目は真剣そのものだ。くしゃっとした赤茶けた内巻きの前髪の中に、まんまるい燃えるような意志の煌めく瞳。

 キリヤは絶句する。


「雛衣だけ特別見込みがあるって感じすか?」

「何を……」

「おれのことは、どうやったら見てもらえますか?」

「あのな」

「さっき掴みかかったことは謝ります。だから、俺も“魔法使いの弟子”にしてくださいっ!!!」

「………………!」


 房八は雛衣を抱いたままがばっと頭を下げた。雛衣はビックリして濡れた顔を上げたし、いきなり片手をついて頭を下げられたキリヤも驚いてややたじろぐ。

 屋根の薄いタイルに頭を擦り付ける房八に靴先が当たらないよう、キリヤは僅かに足を引いた。


「甘く見るな。魔法使いの弟子はついでで拾えるもんじゃない。師匠(こっち)も命以上のものを賭けているんだ」

「俺もそれに足るやつだって分かればいいってことですか?」

「そうじゃない。お前の姉はただでさえ“本来の身体”という担保を吸血鬼の呪いに奪われているから仕方なく魔法の世界に行く。選択肢がないだけだ」

「なら俺だって、“雛衣”っていう人質を取られているようなもんでしょう? おれ、なんだって頑張りますよ!体力もあるし、勉強……はそんなに得意じゃないけど、もしかしたら雛衣よりスジがいいかも」

「ちょおい!」


 雛衣は濡れた頬を膨らませて怒る。房八は雛衣をじろりと見た。


「なんだよ!1人で頑張るより2人で頑張ったほうがさ、効率的でいいじゃんか!」

「そうだけどさ、あんたまで生活捨てる必要は無いんだっつの!」

「ねーちゃんがいないのに何が生活だよ!お母さんだっておじさん達だってさぁ!みんなずーっとずーっと、一生心配しなきゃいけないんだぞ!」

「だからぁ!そこは何とかなるの魔法でっ!お姉ちゃんの言うこと聞けってのー!」

「姉ちゃんは子供になったんだからもう俺が兄ちゃんみたいなもんだろ!」

「ちっ違うわァ!全然違うッ!!」

「……………………」


 子犬同士がきゃんきゃん吠えあっているようなきょうだい喧嘩だ。キリヤは呆れてそっぽを向いた。その足元に、がっしと小さなヒナがしがみつく。


「キリヤ!弟になんとか言ってよ!」

「あ?」

「魔法使いの弟子ってどうやったらいいんすか?姉貴の分までオレもがんばるって、どうやったら証明できます?」

「………………」


 似通った顔つきとほとんど同じ目が4つ、こっちを必死に見上げてくる。キリヤは冷ややかに見下ろしつつ思案する。


(想定外だ。仲間ならいざ知らず“弟子にしろ”と来たか……ご立派な姉弟愛だな。だが師弟関係には()()がつきものだ。姉はともかく、弟は逃げ帰ろうと思えばこの家庭がある。隠れ潜まなければならない幼児化した早見雛衣(ゆくえふめいしゃ)と違い、真っ当に早見房八(いっぱんのにんげん)として生きていける前提がある人間を魔法の世界に引き込むのは得策とは言い難い。どうやって諦めさせるべきか……)


 魔法使いの弟子になりたいと言い出すやつは今までもそれなりにいた。しかし、弟子にするには相応の条件がなければいけない。そのうち最も重要な要因こそが『あとのなさ』である。

 弟子本人の中に、師事における明確な目的がなければならない。そうでなければ《第三画魔法》……魂の中枢をかけた真の魔法を使いこなすことが出来ないのだ。


(弟にそばにいて欲しいと、ヒナから求められたらどう答えるか……俺が考えておくとしたらそれかな)


 もう師匠としては十分事後処理に付き合ってやった。どれほどヒナと弟との交渉が割れようと《別れの魔法》さえ使えば円満に実家を離れられる。あとはヒナの気の持ちようという訳だ。


「だーかーら!もう大っ変なんだから! 吸血鬼とかと戦ったりしなきゃいけないんだよ!」

「姉貴がなんとかなったなら俺だって戦えるっしょ!」

「そんなレベルじゃないよ!普通のけんかとはわけが違うんだよ!」

「ならちっこくなった雛だって同じだろ!むしろ弱くなってるじゃん!絶対俺の方が強い!」

「そこはっ……なんか、魔法とか勉強して戦うんだよ!」

「ゼロからはじめるなら俺だって(おんな)じだね!とにかく俺、下に行って支度してくる!修行だかなんだかわかんないけど、旅に出るなら姉弟(きょうだい)一緒じゃなきゃだめだっ!」

「ちょ、こら……!」


 房八は立ち上がり、ダウンの中で落ちたバットケースのベルトをダウンの袖ごと引っ張ってずりあげた。



 その房八の手首から肘の内側にかけて、真っ赤な発疹(ほっしん)のようなものが出来ていた。











(3/13更新分につづく)

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