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屋根の上で会おう

「…………弟に会うか?」

「うん。会ってちゃんと話したい。」

「なら呼び出すしかないな。見ろ、ヒナ」

「?」

「お前の叔父と叔母が出かけるようだ。弟だけに会いたいなら今がチャンスだろう。」


 ヒナは石のベンチに上がって、キリヤのスマホの画面をのぞき込む。そこには、どうやって手に入れたのか早見家の各階の見取り図と、人の位置を示すらしいリアルタイム更新の赤いポインタが表示されている。


「なにこれウチ?!いつの間に撮ったのこんなの!」

「は? 今描いただけだが……?」

「魔法で?」

「そうだ。家屋の骨子を魔法で解析してデータ化した。そこにそれぞれの魔導(まどう)をリアルタイムで書き込む。」

「すご……仕組みとか全然わかんないけど……」

「便利なものだ。今や電波の影響が全くない人間なんていない。電波さえたどれば、椅子から動かずとも町中の人間の位置を把握できる。ネット社会のおかげだ」

「どゆこと?ハッキング?」

「物理的にエネルギーの作用する場所であれば必ず魔力を通すことが出来る。その魔力の通り道を魔法でひとつひとつ繋げさえすれば、いちいち家庭の電波をジャックする必要も無い。魔導監視形態の出来上がりだ」

「えー……プライバシーガン無視じゃん」

「そんなものは人間(ニンゲン)共の都合だろ。知られたくないんだったら魔法で防護してろ。鍵を開けっ放しにしていたくせに泥棒に入られたと文句言ってるようなもんだ。」

「魔法で防護とか普通の人はできないでしょ!」

「……地上の人間は無知(かわいそう)だな……」

「こっ、この医者腹立つ……!」


 キリヤは憐れみを込めて首を振り、ヒナはそれをギリギリして睨みつける。


「てゆーか、どうやって会うの?」

「俺にひとつ考えがある。お前、自分の電話番号を覚えているか?」

「え?うん……」

「弟のは?」

「弟のも覚えてる。でもあたしのスマホはもう壊れちゃったよ、多分だけど……」

「これにお前の番号をまず打ってみろ。魔法で、その番号からかかってきたようにしてやる。」

「そんなことも出来るの?」

「ああ」


 ヒナが自分の番号を打ち込むと、キリヤがまた空で何かを切るような仕草をする。すると、その画面が中央に吸い込まれるように消えて、再び発信画面が現れた。


「それに弟の番号を入れて発信しろ」

「う、うん……」


 何故か緊張して来た。受け入れてもらえるか不安だ。いやそもそも、電話口でなんと言えばいい?


「屋根の上で会う、と言え。お前の弟なら上がれるだろう。」

「わ、分かった……」


 既に呼び出し音はなり始めており、ヒナは緊張の面持ちで声をひそめて頷いた。

 呼び出し音は1コールもなり終わらないうちにすぐに止まり、かと思うとせきをきったように少年の大声が聞こえてきた。


雛衣(ひなぎぬ)!??』

「あ、ふさは……」

『今までどこいってたんだよ皆めちゃくちゃ探したんだぞ!??お母さん!おかーさん!』

「ま、まって房八!お母さんには言わないで……!」

『はぁ?何言ってんだよ!すぐに叔父さんにも教えないと……!』

「ダメなの(ふさ)!聞いてよ!」

『何だよ!ただの家出だったらしょーちしないかんな!』


 ヒナの目にはみるみる涙が溢れていく。弟の懐かしい真剣に怒っている声に、胸がいっぱいになる。掴んでいる腕に爪を食い込ませ、キリヤに言われたことを必死に言葉にする。


「あ、あんたにだけ事情話すから……!屋根の上に来てくんない……?」

『何でだよ?どうしておれだけ?お母さんは?』

「ほかの人には、話せない……ことが、あるの……!」

『なん……で?なんかあったの?……姉ちゃん?』

「ひっぐ……ぐす……っ!」


 上手く息ができない。子供になった身体が、急に息苦しく感じ始めた。弟の声色が、姉を心配する優しい声色に変わっていく。閉じ込めてきた感情が溢れそうになって、声が詰まる。

 キリヤがそっとヒナの頭に手を置いた。あったかい手のひらに温められて溢れたみたいに、目からぽろぽろ涙が落ちた。ぐずぐずに濡れていく声を一生懸命はりつめて、電話の向こうの弟に伝える。


「待ってるから……!約束だからね!」

『……分かった。屋根の上ね?』

「……、ゔん……」


 ヒナから電話を切った。赤い受話器を置くマルを押すと同時に、ヒナの心がわっとゆるんで涙が溢れてくる。キリヤが静かにスマホを受け取って、ヒナは両手で目を抑えた。魔法で作ったのか、キリヤは黒いハンカチを取り出してヒナの前に差し出す。ヒナは震える手でハンカチの端っこをつかみ、それに噛み付くようにして涙を押し殺した。


「……行けるか?」

「だい、じょうぶ……っ」


 真っ赤な唇が震えながら息を吸う。ちょっとでも乱れればそのまま心が決壊してしまいそうだ。

 帰りたいだろう。帰りたいに決まっている。色んな人が目の前で死んだ苦しみも身体が変わり果てた悲しみも、キリヤの前でさえ満足に吐き出せていないままだ。家族に話を聞いてもらって思う存分泣いて、自分のベッドで眠りたいに違いない。キリヤは今、残酷な決断を強いている。それを自覚しているから、ハンカチを渡したあとのやり場のない手をバイクのハンドルに置くしかない。


(すまない、などと何度言った? 救えなかった患者に言葉など無意味だ。俺は…………)

「っ……ぐすっ……」

「………………」

「いか、ないと……。房八、待ってるから……」

「……行けるか?」

「行かないと、だから……」


 ヒナは目元を吹いてから、口元にハンカチを両手で押し当てて前をじっとみた。目にはまだこぼれ落ちそうな涙の粒が乗っているが、それが落ちることは無い。ヒナはキリヤがこれまで進んできた理由と同じ理由を言葉にして、キリヤを呼んだ。


「キリヤ……行こ」

「ああ。分かった」


 キリヤはバイクを発進させた。家々の間に、早見家も見える。空に浮かぶと、公園からも二階の部屋に電気が着いたのが見えた。






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