人狼VS吸血鬼
(万事休す、だな……)
そう考えた次の瞬間、目の前で下卑た笑い声を上げる化け物の脳天が、スイカを割るようにばっくりと砕けとんだ。
「う゛あああああああああぁぁあああーーー!!!!!!!!!!!!」
夜が引き裂かれるような獣の絶叫。赤黒い脳天を貫く巨大な銀の斧。首切り台のような凄まじい断罪の刃が吸血鬼の脳天を真っ二つに引き裂いて、キリヤは放られるように投げ出された。
「返せ!!!!返せ!!!!あたしの弟を返せえええええええええええ!!!!!!!!」
「───ヒナ……」
「〜〜〜〜〜〜このガキぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
銀の斧に焼き切られた傷口がぶすぶすと腐敗臭をあげ、ビチャッと生ゴミ袋のように飛んでいった眼球が、巨大な斧を再び振りかぶる幼い少女を同時に睨む。
「このッ──このッこのッ!この人殺し!!このクズやろおっ!!お前なんか人間じゃないッ!!!ただの人殺しだッ!!」
飛び散った肉片が赤い腕を形成してヒナを追うが、ヒナはそのことごとくを、斧を重心に稲妻のように躱しながらなぎ倒していく。怒りに任せ、真っ赤に焼けそうな目から血が吹きそうに涙を流しながら、巨大化した斧を狂ったように振るい続ける。
(まさか……ヒナの魔力に反応して、斧が巨大化したというのか? 魔法を全く知らない少女が? ヒナの感情の持つエネルギーが、それほどまでに強大だったということか……!?)
キリヤは落とした端末を全てリンクさせ、中枢機関を中心に高速で回復させる。いくらヒナが爆発的なパワーであれを砕いたとしても、ただの斧では腫瘍に傷一つ付けられない。そして魔法を知らないヒナは、いずれ手数の差で責められて殺されるだろう。キリヤは祈るように体細胞を繋ぎ直す。
(間に合え、間に合え、間に合え……!)
「────調子に乗るなガキいいいいい゛!!」
「やめろ……!!」
その時、キリヤの骨で砕かれて聞こえなくなったはずの耳に、大地から鳴動するような狼の遠吠えの音が聞こえる。そしてキリヤとヒナの身体をはるかに跨ぐような凄まじく巨大な影が、ヒナを捉えようとした赤い腕を残らず踏みつぶした。
「な゛??????」
「────────ウウウォオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ!!!!!」
真っ黒く濡れた長い毛皮の間から真っ赤にぎらつく眼球ののぞく黒い影は、天を仰いで大地が揺れるほどの声でひとこえ、鳴いた。黒い針のような毛皮が手足を広げるように立ちはだかり、斧よりもさらに大きく巨大な爪が天に剥かれる。顔だけの吸血鬼よりさらに屈強な下顎から、輝く血のように赤い舌が鳴動しているのが、その真下からも見える。キリヤからみて天を覆いそうな巨大な獣型のそれは、ヒナの頭上を掠めながら吸血鬼の脳天を引き裂いた。
「うぎゃあああああああ゛!!???」
「──人狼……!??」
キリヤは目を見張る。巨大な影、大地をふるわす遠吠え、月の光にしか可視化されないという人狼の骨と皮と牙。間違いない。
「ぎゃあああああああああ!!!!やめろ!やめろぉぉおおお゛!!!!」
人狼は、地上に潜む魔物の中でも明らかに別格だ。不老不死であり、強靭にして凶刃。この地上で最悪とも言われる《半神半獣》の、人智を遥かに越えた怪物。人狼の爪ならば、吸血鬼の強固な腫瘍の殻も破壊出来るかもしれない。
「あああ゛ぁ゛っ!!!!うあああ゛ぁ!!!!」
「ッ………………!」
キリヤは修復した利き腕で身体を起こす。背骨がいかれているので下半身は間に合わない。それよりも、吸血鬼と人狼の間で刃を奮っているヒナを助けなければ。再び腫瘍の膿を浴びれば今度こそ生き残れない。キリヤは自分から彼女までの導線を結び、そこをレールに、魔力をありったけ流し込んで突進した。
「ッ……離して!はなしてよ!!」
「ひぎいいい!!!!いぎゃああああ!!!やめろやめろやめろぉぉおおおおお゛お゛お゛!!!!!」
さっきまでキリヤたちを圧倒していた吸血鬼は、巨大な人狼の爪と牙の前に呆気なく千切り殺されていく。人狼の身体の影で、何年も何年も吸い貯めた鮮血が一滴残らず散らされていく。キリヤは半狂乱でもがくヒナから斧を弾き飛ばすと、土山の影に隠れて暴れるヒナを押さえつけた。
カッと背後でなにか光った。それからまもなく爆風が吹き、近くの木々が吹き飛ばされていく。ヒナがキリヤの腕の中で泣きながら何か言っている。キリヤはその目を覆うようにヒナを庇い、抱き抱え続けた。




