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悪食


 ────腹が減った。腹が減った。腹が減った。

 満たされていたはずの全身から喜びの熱が退いていき、虚しい空腹がやってくる。

 餓死だけは嫌だ。死ぬのは嫌だ。死にたくない!身体が冷たく弛緩していく。そして臓器はどんどん冷えて硬直していく。地獄の釜がゆっくりと開く。飢えと寒さの吹きすさぶ吹雪のような闇が、大口を開けて俺を待っている。

「ひぃぃいいぃ……ひぃいぃぃぃぃいいぃ……」

 吹雪の吹き荒れて吸い込まれていく闇の向こうに、俺の脂ぎった身体を食おうとする地獄の鬼の姿が見えた。

「やめろぉぉぉおぉ……俺が貯めたんだ……俺の食い物だ…………」

 俺は石になっていく食い物の流砂を泳いで逃げようとする。しかし歯が砕けるほど固くなった食い物は俺を地獄の底へ押し流そうとする。

 蟻のような小さな小さな幾万にも増えた地獄の餓鬼たちが俺の爪を食いちぎり、そこから俺の体内へ食い進んでいく。

「ぎゃあああああああああぁ!!!!!いやだあああああああああああぁぁぁ!!やめてくれえええええ!!!!!!」

 痛い、痛い!!痛い痛い痛い痛い痛い!!!!酷すぎる!どうしてこんな目に遭わなきゃいけない?!こんな恐ろしい目に何故遭わせる!!?俺がいったい何をした!!!隠れ潜んで誰にも見つからないように暮らしていた俺に、なんて残酷なことをするんだ!!!!!

 泣きながら喰われる俺のもとへ、蜘蛛の糸のように細くたなびく温かい匂いが漂ってきた。

──── そうだ。

 俺は獲物に俺の鼻をいつもつけているのだ。どこへ行っても俺の獲物の匂いが分かるように。

 この(かぐわ)しい匂い。香ばしい香り。

 まるまると育った若い子牛を、脂身たっぷりかけながらじっくりとローストしている匂いがする。胡椒とニンニクを刷り込んだジューシーな肉汁が、ナイフを入れると解けるように溢れ出てくる。滑らかな舌のようなピンクの肉の真ん中は、俺好みのミディアムレアに焼きあがっている。表面はあっつあつにカリカリに焼き色がついて、中はまろやかなミルクの香りたっぷり。絶望していた俺の身体に力が湧いてくる。俺ははるかな山の頂きに燦然と輝く牛肉を目指して必死に泳ぐ。

 蟻共は俺の身体に穴を開ける。俺の目ん玉まで虫が湧いて吹き出してくる。だが俺は負けない。手も足も耳も胴体も失いながら、俺は魚のように必死に泳いだ。

「いただきまあああああああああぁぁぁす」

 ナイフの先に刺した肉厚に切ったローストビーフを、俺は口だけになりながらかぶりついた。

 全身に、薔薇色の旨みが広がっていった。唇の裏側から甘い花びらが舞い飛んでいきそうだ。

 歯が肉に吸い込まれていくようだ!花が咲きこぼれるように、俺様の口の中で甘い肉の喜びがふんわりと広がっていく。

 俺様の身体は鼻を思い出す。春のような吐息が吹雪を吹き飛ばす。

 俺様の舌は血管を思い出す。未知のパワーが全身に駆け巡っていく。

 俺様の喉は骨を思い出す。張り巡る神経が俺の芯を形作っていく。

 病気がなんだ?(クスリ)がなんだ???俺様には食がある。食が俺様を無限に回復させる。地獄の蓋なんぞ俺様のケツで閉じてやる。俺様は吸血鬼。吸血鬼の身体は最高だ!!!





「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」




「────……………………」

 キリヤは言葉を失う。

 弟が喰われた。ウイルスに魔力が再充填されていく。抗ウイルス薬の抵抗が紙吹雪のように効果を無くすのが分かる。

 腐りかけた体から赤い腸のような腕が伸びてくる。穴の空いた箇所が赤い網で塞がれつつ、屈強な腕や足を形成していく。

 キリヤが次の手を踏むより早く、高速で再生していく手足が空を舞うキリヤの身体を握りつぶしそうに掴む。

「ッ……グ……!!」

「次はお前だ、魔法使いぃぃ゛!!」

「が、あぁッ……!!」

 砲撃の時に纏ったフルフェイスのヘルメットが砂糖菓子のように砕ける。重火器がへし折られ、キリヤの足元に落ちて消える。

「さっきはよくもやってくれたなあ゛〜?あ゛あ?お前は非常食にしてやる約束だったからなぁ〜! てめえの肋骨を葡萄の皮みてえに左右に割って、プリプリの心臓をお前の目の前で啜ってやるぜぇ〜!! そしたら俺の口の中に死なねえように突き刺して保存してやる。てめぇの絶望顔をレーズンみてえに干からびるまでくちゃくちゃじわじわしゃぶってやるから楽しみにしとけえ゛〜〜ぐぐぐぐゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲ !!!!!」

「うッ…ぁ、ぐ、ああ゛ぁ゛あ゛…………!!!」

 キリヤの骨が袋菓子みたいに簡単に砕かれていく。骨子の交換も再構築も追いつかない。肋骨が肺につき刺さり、呼吸もままならなくなる。まともに動くのは心臓のみだが、それも背骨と肋骨に塞がれて脈動を失っていく。

 魔法を使うより先に喉から血が吹き出す。肺が破れて動脈血が気管支を逆流してきたらしい。掴み砕かれた頭蓋骨で眼球も傷ついたのか、視界が赤く滲んで何も見えなくなっていく。かすれていく視野の中でキリヤはひとりごちる。

(──万事休す、だな……)






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