だからどうか………流星のように輝いて。
楽しんで頂けたら、幸いです。
「まぁ!何て可愛らしい子なのでしょう!」
ある日、お空の上から地上の人間達を眺めていた女神様は、そう嬉しそうな声をあげました。
あるお家で生まれた小さな小さな赤ん坊が、とても可愛らしかったからです。
あまりにもその赤ん坊が気に入ったものですから、女神様は沢山の加護を、生まれたばかりのその子にあげました。
どんなものにだって傷つけられない、強い体。
どんな目にあったって挫けない、強い思い。
どんな相手だって愛する事のできる、優しい心。
どんなものより美しい、綺麗なお顔。
他にも沢山。
傷ついてしまわないように。
死んでしまわないように。
与えましょう。
与えましょう。
全てのものを、与えましょう。
だから、しあわせに生きてちょうだい?
そう言って、女神様は赤ん坊を見守るようになりました。
◇
赤子が少年になった頃。
人間と魔族の戦争で、彼の生まれ故郷はなくなりました。
彼だけは、誰も殺せなかったので生き延びました。
――生き残って良かったわ!幸福ね!
少年が青年になった頃。
戦場で魔族の将軍を討ち取って、彼は英雄になりました。
何人も仲間を失ったけど、彼は諦めませんでした。
――英雄と呼ばれるなんて、しあわせな事です。
青年が大人になった頃。
彼を英雄と呼んだ国が、彼を魔王と呼び始めました。
裏切り者と罵る、かつて彼が守った人々の言葉に従って一人、彼は国外追放の旅に出ました。
――大丈夫、その国はもう直ぐなくなるの。嫌な奴が消えて貴方はしあわせになれるわ!
大人になった彼が少し世界を知った頃。
彼は追放された先でたくさんの人に愛されて、一国の王になりました。
彼の綺麗なお顔に一目惚れした皇女様と結婚をして、彼はしあわせになりました。
――最高のハッピーエンドね!
女神様は大満足です。
けれど……それから、十数年経った頃。
誰からも愛されて、とてもしあわせだった筈の彼は、死んでしまいました。
自分で、自分の首をへし折って。
誰にも傷つけられない彼を殺せるのは、彼自身以外にいなかったのです。
女神様は悲しみました。
――しあわせだった筈なのに。
――とても、しあわせだった筈なのに。
どうして、死んでしまったのでしょう?
女神様には分かりません。
だから女神様は、彼女のお父さんに聞きました。
「どうして彼は死んでしまったの?」と。
彼女のお父さんはいつもお空を眺めてばかりで、女神様の事を殆ど見てくれないので女神様はあまり好きではないのですが、他に聞ける人も居ないので仕方ありません。
いつも話し相手になってくれるお母さんは、お仕事で出張中なのです。
「どうしてそんなに残酷な事をしたんだ!」
久しぶりにお空以外を見た女神様のお父さんは、女神様が何をしたかを聞いて怒ります。
女神様には、何故お父さんが怒っているのか分かりませんでした。
「どうしてお父さんは怒るのですか?」
傷付かないように、沢山の加護を与えたのに?
とてもとてもしあわせな、人生だった筈なのに?
「分からないのか?………ちょうど良い機会かもしれないな。お前は今から地上に降りて、人として生きて来なさい。お前がどれ程残酷な事をしたのか分かるまで、何度でも繰り返し人として生きるように」
そう言ってお父さんは、女神様を地上に落としました。
いつもボンヤリしてばかりだけど、誰より力は強いのです。創世神の名は伊達じゃありません。
お陰で女神様は殆ど力を使えない状態で何度も何度も色々な人生を繰り返すハメになりました。
―――それが今から、二千年ほど前の話です。
◇
一度目の人生は孤児でした。ご飯食べなかったせいで死にました。人ってご飯食べないと死んじゃうんですね……知らなかった。
二度目の人生は町娘。十歳の頃に馬車に轢かれて死にました。女神を足蹴にするなんて不敬です。
三度目の人生は優しい家族。病気で小さい頃に死んじゃったけど、ずっとずっと家族の事を愛しています。
四度目の人生は村娘。無事にお婆ちゃんになれました。私より先に逝った夫の事は許しません!女神を泣かせるなんて最低です!
八十七回目の人生は面白かったですね。婚約者の王子様に婚約破棄されて、気付いたら隣国の妃になっていました。何が起こっていたのか未だによく分かりません。
女神様は何度も何度も、色んな人生を繰り返しました。二千年以上経って、今は百六十八回目の人生。これまで繰り返してきた百六十七回の人生は、どれも大切な宝物です。
そして何度も、産まれて……生きて……死んで……
やっと、分かった事があるのです。
誰かを亡くす事が、どれ程辛い事なのか。
誰かに裏切られる事が、どれ程悲しい事なのか。
誰かのようになれない事が、どれ程虚しい事なのか。
誰かと同じ痛みで泣けない事が、どれ程悔しい事なのか。
ようやく、女神様にも分かったのです。
生きるとは、一体どういう事なのか。
幸せって、どういう事なのか。
―――女神様が、どれ程残酷な事をしたのかという事も。
あの少年は、幸せなんかじゃなかったのです。
誰にも傷つけられないから……家族や友達が死んでも、無傷で生き延びてしまった。
挫ける事が出来ないから……仲間たちの死に心が何度砕けても、諦める事が出来なかった。
誰一人憎む事が出来ないから、どんなに辛い裏切りだって、受け入れる事が出来てしまった。
綺麗なお顔があったから、顔と力だけを愛している人間達に囲まれて、幸せな人間にされてしまった。
そんなの、とっても不幸に決まっています。
女神様はそんな当たり前のことに気がつくまでに、二千年もかかってしまいました。神様にとって、人間って難し過ぎるのです。
けれど………女神様は答えを出しました。
だからもう、次の人生はありません。
女神様の旅は、ここでお終い。
「さようなら、人間!大好きよ!!」
そう言って、女神様は百六十八回目のながい眠りにつきました。
◇
「おかえり。ずいぶん長くかかったけど、やっと答えを見つけたな……おめでとう」
二千年ぶりに見たお父さんの顔は、全くもって変わっていません。神様なんだから当たり前です。
けれど一つだけ、昔と違う事があります。
お父さんが自分から、女神様を見てくれているのです。あの、ずっとお空を眺めてばかりで、ろくに女神様の方を見なかったお父さんが!
女神様が驚きにお目目をまん丸にしていると、お父さんが気まずそうに頬をかきます。
「あの後、お母さんにしこたま怒られてな。……すまなかった、碌にお前の事を見もしないで」
あぁ成る程と、女神様は思います。
お母さんは普段はとても優しいけれど、怒るととっても怖いのです。何しろ破壊神ですから。
「次同じ事をしたら離婚しますからね!」
「それだけは勘弁して下さい!」
女神様が納得していたら、お家の中からお母さんも顔を出しました。どうやらまだお父さんの事を怒ってるみたいです。お父さんが半泣きになってます。
「お母さん!!」
「やっと帰ってきたかいバカ娘。晩御飯はお前の好きなビーフシチューだよ」
「やったーー!」
嬉しそうにお母さんに抱きつく女神様。二千年なんて神にしてみればそれなりに長い時間でしかありません。女神様もまだまだ子供なのです。
「よしよし。自己中なお父さんのせいで大変な目にあったねーー。もう大丈夫だぞー」
「そんなっ……お父さんには反応薄かったのに!」
何かお父さんがダメージ受けてるけど知りません。いつも私よりお空が大事なお父さんが悪いんです。
久しぶりに3人で晩御飯を食べていたら、お母さんが思い出したように言いました。
「そういやお前さん、二千年も人間として暮らしてたんだったね?楽しかったかい?」
「うん!」
沢山辛い事もあったけど、
すっごくすっごく楽しくて、優しくて、暖かかったよ!
「じゃあ、見えるかもしれないね?」
「?」
お母さんが、「どう思う」とお父さんに問いかけます。
「そうだな。ずっと見ていたが、今のこの子ならきっと見れるだろう。晩御飯を食べ終わったら、一緒に観に行こうか」
お父さんが嬉しそうに答えました。
私は何よりも、お父さんがずっと私を見ていた事にビックリです。私になんか、興味ないと思ってたのに……。
「何を驚いているんだ。子供を心配しない親が居るわけないだろう」
驚きが顔に出てたみたいです。お父さんが照れ臭そうにそう言いました。
「自分で追放したくせに、ずっと寂しそうに見守ってたんだよ?この馬鹿な亭主は」
「お前も娘に手を出した奴は殺すって、散々言ってたじゃないか」
………二人とも、見ててくれたんだ。私のこと、ずっと見ててくれたんだ!
あれ?何で涙が出るんだろ?
「あぁ、そんな顔させてごめんな?………お詫びと言ってはなんだけど、お父さんの秘密基地へ案内するよ」
◇
家から出ると目に映ったのは、真っ黒な世界。夜になって透き通った暗闇を見上げると、沢山の流れ星が流れては輝いて、消えていくのが見えました。
九十二回目の人生で見た流星群なんて比べ物になりません。まるで、星空を全部ひっくり返したみたいです。
「見えるかい?沢山の美しい流れ星が。………あの星の一つ一つが、人の一生。生まれて、輝いて、消えていく、そんな愛おしい彼らの人生だ」
嬉しそうに、誇らしそうに、お父さんがそう告げました。
「あれが、全部?」
あの数え切れないほどの輝きが全部、一人一人の一生なんて、凄すぎて想像もつきません。
でも、此処は何処なのでしょう?こんな不思議な場所があるなんて、今日初めて知りました。
「そうだよ。家が建ってるこの場所は、元々神様が世界中の人間の人生を眺めるための場所なのさ。だから父さんと母さんは此処に家を建てたんだよ」
「もしかしてお父さんはずっと、あの流れ星を見ていたの?」
だから、父さんは私の事を見てくれなかったの?
いつも、お空ばっかり眺めていたの?
お父さんとお母さんが、目を輝かせて流星群を見つめる女神様へ、二人で言い聞かせるようにして語ります。
「人を愛するものだけが、この星空を見る事が出来る。………人は矮小で、間違いだらけで、弱い弱い生き物だけど、一人一人が綺麗に輝いて生きるんだ」
「人生ってのは一言で言うなら、失っていく事なのさ。一瞬一瞬に命をすり減らして……少しでも大切なものを大切だと言うために、必死で失われていくものを守ろうとする事なのさ。…………それを喪失だと、悲しい事だと言う奴もいる。けれど―――」
「失っていくからこそ、流星は輝くんだ。すり減って、燃え尽きて、それでも大切なものを守るから、あんなに綺麗に光るんだ」
「そして最後まで残った大切なものが………いつか、他の誰かを照らすのさ。誰かが残した光を追って、人生は輝き始めるんだよ」
「どうか忘れないでくれ。これが人の輝きだ。これが人生の煌めきだ。こんなに綺麗に輝いてるから、僕たち神は、みんな人間が大好きなんだよ」
そういたずらっぽく、お父さんとお母さんは笑いました。何処までも優しげな瞳で、真っ直ぐ光を見つめて……。
かつての私も、あの流星群の一つだったのでしょうか?
もしそうだったなら………私はとても、誇らしいです。
胸に芽生えた、小さな誇りを抱きしめて、
女神様は祈ります。
あぁ………人間よ、私は貴方達を、愛しています。
だからどうか………流星のように輝いて。