2-2.真剣
入学式は教頭をはじめとする教諭陣から生徒会長のイオノ(伊王野眞)と風紀長のゴガミ(五上響)にバトンタッチされる。しかし、新入生たちの臨席態度が悪いと風紀長が一喝した結果生徒会長は歓迎の挨拶のネタが尽きてしまい…。
教頭:はい、続いては生徒会長からの歓迎の言葉です。司会を私から生徒会副会長で風紀長の五上さんにバトンタッチします。
ゴガミ(五上響):只今ご紹介にあずかりました生徒会副会長兼風紀長で三年の五上響です。新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。これより、茨城県立下館第三高等学校第98代生徒会長の伊王野眞より新入生の皆様に歓迎のご挨拶を…
新入生たちがどよめき始める。生徒会副会長で風紀長、より一般的な呼称では風紀委員長を務めている五上という三年生の女子生徒に司会がバトンタッチされたのだが、その出で立ちが金メッシュの入った切れそうなストレートボブという役職からあまりにもかけ離れたものだったからだ。
ボロリナ:え、あの人が風紀委員長?どう見てもヤンキーじゃん…
ケバリナ:金髪ロングの古谷野が人のこと言えんの?
ボロリナ:地 毛 で す け ど 何 か ?
オリエ:館三やべーな…聞きしに勝るってこのことだわ
ゴガミ:静かにしろ!
野放図に騒ぎ始めた新入生たちを舞台下手側の司会者演壇からオフマイクで一喝するゴガミ。その風紀長の凄みに新入生の大半が思わずのけぞり、会場は水を打ったかのように静かとなった。
ゴガミ:…静かになったところで。本校の建学の精神はみなさんご存じの通り、自主独立、自由闊達であることは今更言うまでもないと思いますし、その校風にあこがれて館三に来た人も沢山いることは承知しています。…ただ、風紀長としてこれは言っておきます。皆さんにやれ「スカートの丈が膝上何センチもある」だの「ソックスの色が派手過ぎる」だのくっだらない杓子定規を振り翳して揚げ足取りをするつもりは毛頭ありません。その辺りは館三生の良心に任せます。…ただし、道徳や人の道に背くような真似をした場合は只じゃ置きません。そこはあらかじめご承知おきください。
ゴガミ:返 事 は ー ! ?
新入生一同:…はい!
ゴガミ:じゃ、長くなりましたが本題の生徒会長の歓迎の言葉に移ります。伊王野会長、よろしくお願いします。
生徒会長のイオノ、舞台下手側手前から登り一礼の後、壇上に上がる。
ボロリナ:生徒会長、刀持ってない?
ケバリナ:あの佩き方と拵えは太刀だな…
イオノ(伊王野眞):新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。茨城県立下館第三高等学校第98代生徒会長の伊王野眞です。私からも皆様にお伝えしたいことはたくさんあったのですが、先ほど風紀長に同様の趣旨のことをほとんど言われてしまったので、私からは挨拶のみとさせていただきます。ですが、進学校である当校に入学するまでには皆さんそれ相応の苦労を乗り越えてきてると思います。そこで…
イオノは佩いていた太刀を両手で捧げ持ち、こう宣言した。
イオノ:私も真剣さと誠実さを以て皆様をお迎えしたいと思います。ということで、只今より舞台上で居合をご披露したいと存じます。…執行部の皆様、準備のほどよろしくお願い申し上げます。
ボロリナ:え?居合?
ケバリナ:太刀ぶん回すの?
トコ:ねーねー、もしかして「真面目」の意味と「本物の刀」の意味の両方の「真剣」を引っかけてるのかなー?
エレナ:それは違うと思うよ…。
イオノは一礼の後、舞台上手に下がる。と、それと同時に舞台下手袖に待機していた生徒会役員が演壇を移動させたり、巻いた茣蓙を立てた三脚のようなものを配置したりしはじめた。
広報長:のえぴ!もうちょっと上持って!こっちにのしかかってきて重い!
庶務長:ごめん!この辺でだいじょぶ?
ゴガミ:熊倉!針谷!演壇はそっちじゃない!こっちに持ってきて!
広報長・庶務長:はい!
ゴガミ:あ、野堀!雨海!それ上手側に持ってって!そうそう!それそれ!
ゴガミの指揮と委員長たちのテキパキとした動きで、入学式モードだった舞台上は瞬間のうちに居合仕様へとその様相を変えたのだった。
ゴガミ:うーし。伊王野ー!準備できたぜー。
イオノ:ああ。ありがとう。
ゴガミからの合図を受けた書記長、マイクでアナウンスを始める。
書記長:新入生の皆さーん!こーんにーちはー!
新入生一同:こんにちはー!
書記長:生徒会書記長で二年のー、末柄真白子ですー!じゃ、もういちどー!こーんにーちはー!
新入生一同:こーんにちはー!
書記長:いーですねいーですね~!風紀長先輩が〆てくれただけあって最初のころより挨拶のボリューム大きくなってますねー。あ、そうそう!風紀長先輩ってツン一点張りに見えて結構ちょっかい出すとデレなとこあるんですよ~
ゴガミ:末柄!余計なこと言わなくていい!!
書記長:あ!ごめんなさーい。というわけでー、頼れる姉御な風紀長のデレが見たい方、生徒会執行部までー、ぜひぜひー、どうぞー!…と、それではまもなく居合を開始いたしまーす!眞せんぱー・・・じゃなかった!伊王野会長、よろしくーお願いいたしまーす!
そして、書記長からバトンを渡されたイオノは鯉口を切り、抜刀する。世間一般には「妖刀」という言葉があるように、刀にはそれ自体に力を持つものがあるという。イオノの太刀が妖刀の類かどうかは解らないが、彼女が抜刀をしたその瞬間に空気が一変したのをその場に居合わせた新入生はもちろん、上級生や教職員もひしひしと感じざるを得ないほどであった。
イオノ:…はっ!
彼女が勢いをつけて前へと飛んでいったと思ったその刹那、横に弧を描いた大きな青い半月のような輝きが一閃する。その一閃が彼女のすり抜けた周りに配置されていた巻き藁のすべてに突き刺さり、打撃音とも斬撃音ともつかない音が響き渡る。
彼女が呼吸を整え、納刀をしたその瞬間、すべての巻き茣蓙が切れ落ちる。平成から令和への過渡期のこの時代にまさかこのような光景を目にするとは。そんな思いでいる新入生が大半であろう。拍手も歓声も置き去りにした観客と化した新入生たちは、呆然と生徒会長を見つめていた。
イオノは端に寄せてあった演壇のマイクを取り、電源を入れて何か話し始める。…しかし、マイクが音声を拾わない。見かねたゴガミが合図を送る。
ゴガミ:(おい、伊王野。音声通ってねーぞ)
イオノ:(え?)
ゴガミ:(いいからマイクの電源戻せ)
イオノ:(いや、そもそも電源切ってないよ)…あ。
ゴガミ:(あ?「あ」ってなんだ)
イオノが演壇の裏側にしゃがむ。立ち上がるや否や、彼女の手には綺麗に斜めに切れたシールドケーブルが持たれていた。
ゴガミ:シールドごとぶった切ってどうすんだ!
会場が笑いに包まれる中、広報長がイオノへサブマイクを渡しに駆けつける。
広報長:(眞先輩!)
イオノ:(ありがとう)
イオノ:リハーサルの時にはこんなことはなかったのですが…人生、予想外はつきものです。シールドなら買いなおせば直りますが、人からの信頼や自分への誠実さ、切ってはいけないものを切らぬよう今一度兜の紐を締めて新生活に臨んでください。私からは以上です。
教頭:伊王野さん、ありがとうございました。一本だいたい5000円くらいですのでよろしくお願いします。
イオノ:(結構高い…)
会場が再び笑いに包まれる。
ケバリナ:あーあ…。
オリエ:かっこよかったのに…。
エレナ:ただ、ハプニングを挨拶の〆に活かすアドリブ力は相当じゃない?
ボロリナ:たしかに…。
…その後、式典を終えた新入生たちは昇降口前に掲示された新クラス一覧の前で自分の新しいクラスを確認していた。友人と無事一緒のクラスになれた者、引き離されてしまったもの、そもそも単身館三にやってきたため気心の知れた者はいない者…それぞれの思いが交錯する空間がそこには広がっていた。
ボロリナ:あ、オリエ!クラスどうだった?
オリエ:ボロリナ。それがさ…
オリエ、一年二組の掲示を指差す。
オリエ:下館勢、全員二組なんだよね…。
ボロリナ:え?…3番池羽理那、19番古谷野莉奈、20番坂入あやめ、24番瀬端英令奈、27番時野谷織絵、31番早瀬都子・・・六人全員いる…。
トコ:あ!こやりなー!全員一緒ー!やったね!
ケバリナ:ボロリナー。みんな一緒なのはありがたいんだけど…。
エレナ:ねえねえボロリナ!二組の話は聞いたよね?
ボロリナ:うん。…大快・木城コンビのクラスは問題児クラスだっていう話。
オリエ:そこに下館勢が全員。
アヤメ:いくらなんでも出身中学が同じ六人全員一つのクラスは偶然の産物とはいいがたい気がするし、ましてや担任は問題児クラス担当って噂の組み合わせの先生コンビ…。
トコ:いいじゃん別にー。フツーの先生より面倒見てくれそうだしー。周りがやばい人たちばっかりだったら推薦枠とか回ってきそうじゃん?
エレナ:トコって謎なところポジティブだよね
アマネ:あら。あなたたちも問題児なのね。囚人番号34番よ。よろしく。
スミレ:お!引き続きよろしく!
アヤメ:ねえ、単刀直入に聞くけど…。船橋さんって問題児だったの?
アマネ:さあ。古河だと好きにやらせてもらってたけど。それに玉ちゃんも同じクラスだし、彼女とあなた、中学の時生徒会長だったそうじゃない。
アヤメ:確かに生徒会長経験者が問題児扱いはおかしいか…。
アマネ:そういえば坂入さん。相談があるんだけど。
アヤメ:・・・え?
アマネ:ト書き部分の名前表記、私と坂入さんが交互に並ぶと「アマネ」と「アヤメ」で非常にややこしいじゃない。この二人が並ぶときは苗字表記にしてもらえないかしら。
一同:…そこ?
ボロリナ:これキャラでやり取りする必要ある?
アマネ:入試で1点足りなくて私と玉ちゃんに負けたのを蒸し返し続ける古谷野スチーマーさん、何か文句あるかしら?
ボロリナ:(イラッ)
アヤメ:うーん…確かに…わかりやすい方がいいかもね。
船橋:それなら決定ね。
坂入:あ、もう変わってる!
入学式を終え、和気藹々とした雰囲気のボロリナたちを生徒会長のイオノと風紀長のゴガミが遠巻きに眺めながら噂していた。
ゴガミ:なあ、伊王野。
イオノ:なんだい?
ゴガミ:船橋っていんじゃんか。今年の首席の片方の。
イオノ:ああ。…船橋さんがどうかしたのか?
ゴガミ:変な噂聞くし、時折チラつくオーラがワルくせーし、なんか陰でイキってる気がすんだよなあ…。
ゴガミのいう「陰でイキってる」とは、世間一般でいう「素行不良」と形容されるような行為を陰で行っているさまを彼女なりに表現した言葉であろう。ちなみにゴガミはイオノとは中学時代からの付き合いがあり、ゴガミは地頭はいいものの、中学時代の途中までは筋金入りのヤンキーであったことから生徒指導の対象としても敬遠されるような生徒であった。しかし、イオノと同じクラスになったことがきっかけで彼女なりに思うところがあったのか、中学二年の冬頃にはかなり丸くなったそうだ。…もっとも、それでも“普通の生徒”と比べればかなり尖がっているのだが。
イオノ:五上が言うなら多分正解だろうね。やっぱりさ…
ゴガミ:あ?
イオノ:蛇の道は蛇だね。
ゴガミ:う、うっせーわ!
イオノ:風紀長の仕事がうまくいってるので、問題はなし。と。
ゴガミ:ネタにまとめんな