Act 1 異世界に俺、参上⁉ scene:5 二人目のアーマナイト
「会えて光栄だよ、アーマナイト・ブレイヴ。異世界より召喚された、勇気の鎧をその身に纏う伝説の勇者」
突如としてアクトの目の前に現れた漆黒のアーマナイト、ディスペランサー。
黒の騎士の放つ意味深なその言葉に、アクトは動揺を隠せない。
「異世界? 勇者、だと……? お前は、何だ。一体何を知っている? ここはどこで、さっきのドラゴンは何なんだッ、一体、俺たちに何が起きている⁉」
「さぁて、どうだろうね? 少なくとも、君より色々知っているのは事実だけれど……この状況、君の方こそどう思っているんだい? アーマナイト・ブレイヴ。いいや――」
そんなアクトの問いかけに対する返答は、
「――カミシロ=アクト」
「な……⁉」
青天の霹靂めいた強襲によって代えられた。
ほんの数瞬前まで棒立ちだった漆黒のアーマナイトが突如として視界から消失したかと思うと、瞬きの間にアクトとの距離が零へと縮まる。
「お前……っ、俺の……名前、を……ッ⁉」
「ボクはね、興味があるんだよ」
牽制めいた右のジャブを後退しながら首を捻って何とか躱す。
退いた分だけピタリと距離を詰めてくるディスペランサーは続いて左のストレート、右のクロスを空振りに、踏み込みで一歩分距離を詰めて半身より放たれる鋭い肘突き――その流れるような三連撃を、アクトはシュナを抱えたままどうにかいなし躱し切って、
「ブレイヴを、主人公を! 舐める、なぁあああっ!」
返す刀で振るった右の拳撃がディスペランサーの顔面に勢い良く突き刺さる――のと、肘突きの際に寄せた己の身体をブラインドに、自身の脇の下を通す形で繰り出されたディスペランサーの左の掌底が抱き抱えるシュナを避けてアクトの腹に優しく触れたタイミングとはほぼ同時。
しかし生じた結果、その差は歴然だった。
「が、っあ……ッ!」
撫でるような接触から数拍遅れて伝播した衝撃にアクトは数メートルを吹き飛ばされた。
木の幹に衝突し、背中を痛打。
内蔵を攪拌されるような異様な痛みが腹部を駆ける。
何とかその場で膝を突き立ち上がるも、耐え切れずに腹を抑えて身体をくの字に折るアクト。
一方で、無防備な顔面に拳の直撃を受けたはずのディスペランサーは不動。微動だにしておらず、アクトの渾身が効いている様子がまるでない。
「お察しの通りだよアクト。ここは異世界、名はアルカ・デア。君の知る現実世界じゃない」
フルフェイスのマスクを毒々しいバイオレットレッドに発光させるディスペランサーは、今にも地面に崩れ落ちそうなアクトを睥睨しながら、
「だからこそ、この世界ではアーマナイトシステムが正常に作動するという異常が発生し、単なる人間がベルトの力でアーマナイトに変身する事が出来る。作中設定そのままに、人々が夢想し想い焦れた正真正銘のアーマナイトとして。こんな風に、ね――ッ」
どこか余裕を感じさせる泰然とした所作から一転、弾けるように鋭い挙動を見せたディスペランサーが繰り出したのは、痛烈な回し蹴り。
「ぐぅ、ぁあ……っ⁉」
身体を折り曲げ位置が下がった顎を弾く容赦ない一撃に、脳が激しく揺さぶられる。
その一撃は意識ごとアクトの身体を容易く吹き飛ばし、冗談のように十数メートル以上も宙を舞ってから、背中から地面に叩き付けられた。
フルフェイスアーマーの内側で口元を汚すのは、血が混じった赤い咳。
それでも抱き抱えたシュナを離す事だけは、決してない。絶対に。
「さて、現実でアーマナイトを演じる偽物である君は、本物のナイトに変身出来る虚構めいたこの世界において何者なのか――いや、何者であろうとするかな? その選択へと君を突き動かすその衝動にはどの程度の強度があって、一体どこから生まれた物なのだろうね? そしてそれは揺るぎ無き〝絶対〟であると、君は断言できるかい?」
両手を横合いに広げ、芝居がかった仰々しい所作で尋ねてくるディスペランサーに、シュナを抱えたまま仰向けに倒れていたアクトは満身創痍の身体に鞭を打ち、
「さっきから意味の分からない事をペラペラと……結局、何が言いたいんだ。お前」
どうにか膝立ちなってそう吐き捨てると、ディスペランサーはしばしの間沈黙して、
「……ふっ、ふふ。あは、あはははははははははははは! そうか、こんな理不尽に巻き込まれて尚、自らの在り方を疑問に思う事すらないんだね、君は!」
高らかに、謳うように、心の底から愉快げな哄笑をあげていた。
「凄い。凄いよアクト! 想像以上だ! 今まで色んな人間を観てきたけど、君みたいな人間ははじめてだ。その噓をどこまで貫き通せるかを見てみたい。興味深いよ本当に。現状の優先順位を捻じ曲げてもいいと思える程に、君という存在にボクは期待してしまう!」
熱に侵されたような男の言葉は、アクトにとっては理解不能で欠片も意味が分からない。
「そうだね、ここから先どう動くか悩み所ではあるけれど――こんなのはどうだろう?」
けれど、この男に興味を持たれる事が碌な事ではないという事だけは分かってしまって、
「――ねえアクト。ボクはね、この世界を滅ぼそうと思っているんだ」
「……⁉」
だから、あまりに唐突なその宣言も、最初は言葉の意味がまるで分からなかった。
「おや、そんなに意外かい? だってボクはアーマナイトで、つまりはこの世界にとっての魔王だよ? 魔王が世界を滅ぼすなんて、当然の話だと思わないかい?」
「――違う!」
吠えるように叫び、魔王を名乗る男の戯言を否定、否。拒絶する。
「アーマナイトは、子供達に夢と希望を与えるヒーローだ! 絶対に、絶対に世界を滅ぼす魔王などではない……ッ! 断じて違う、認めない」
「なるほど。ボクという魔王を許さないのではなく、アーマナイトが魔王を名乗る事を認めない、と? ……分からないな、悪を名乗るナイトなんて今まで沢山いただろうに」
ため息と共に肩を竦めるディスペランサーに、アクトは首を横に振る。
「いいや、違う。全くもって何もかも違う。お前はアーマナイトをまるで分かっていない」
確かに、アーマナイトシリーズの魅力の一つは多種多様なナイトが登場する点にある。
主人公と敵対するナイトや、ラスボスとして君臨するなど、悪を名乗るナイトは決して珍しい訳ではない。
その幅の広さと単純な善悪で割り切れない故の人間ドラマが世代を越えた人気を集める理由の一つだと言っても過言ではないだろう。
ディスペランサーがその身に纏う絶対的な絶望感を与える冷たく無機的な漆黒のフォルムも……なるほど、『絶望』を冠するナイトに相応しいデザインだと言えるだろう。
魔王を自称し、世界を滅ぼさんとするその言動は、ディスペランサーというキャラクターが本来の脚本上で与えられるであろう役割に極めて近いのかもしれない。
だが、やはり違うのだ。
アーマナイトの本質をこの男は何も分かっていない。
「お前はシュナを泣かせた。そして、その子の殺人行為を諌めるどころか煽るような戯言を吐いている。論外なんだよ、鎧男」
アーマナイトはいつの時代も子供たちの人気者だ。そのグッズは敵味方を問わず玩具コーナーに陳列され、子供達は大好きなナイトの真似をしながら健やかに育っていく。
いつしか虚構の助けも必要としないほどに強く、逞しく。
故にアクトは、アーマナイトの本質は子供の夢であり希望であり憧憬であると考える。
そこには善悪も敵味方も関係ない、ただ、虚構の中で己が命を燃やして懸命に生きるアーマナイトの姿には子供達の心を動かし熱を刻み、救いとなるだけの力がある。
そして、悪役と言えどディスペランサーとてアーマナイトである事に変わりはない。
「かつて俺はアーマナイトに救われた。アーマナイトがいてくれたから今の俺がある」
学校に馴染めずいじめられ、部屋に引き籠るアクトを支えてくれたのは大好きなアーマナイトだった。
弱きを守り巨悪へ立ち向かうその姿に、アクトは沢山の勇気を貰った。
「だからボクをアーマナイトとは認めないと?」
「そうだ。俺たち虚構が、現実の子供を泣かせる事などあってはならないんだ、絶対に」
未だ腕の中で眠るシュナを足元に優しく横たえ、彼女を守るように一歩前に出る。
自分がアーマナイトに変身出来た理由も、ドラゴンなんて怪物が存在するこの世界が何なのかも、魔王だ勇者だという眉唾な話の真贋も、アクトには分からない。
今自分が置かれている現状を、きっと一割だって正しく理解出来ていないのだろう。
それでも、これだけは確かだと言える。
「お前が……この世界を滅ぼし多くの人々に涙を流させると言うのなら――」
上代亜空斗はブレイヴに変身する主人公、結城晴斗を演じる役者だ。
子供達に夢を与える主人公として、ヒーローを演じる一人の役者として。
こんな自分に憧れ夢を見てくれる誰かにとって相応しい自分であらねばならないから。
「――行くぞ、悪党。俺の勇気で、お前という絶望を打ち砕く……ッ!」
「ふ……はは、あははは! あっはははははははははははははは‼」
ブレイヴの決め台詞を放つアクトに、ディスペランサーは心底愉快そうに腹を抱え呵々と笑い、最速を誇るブレイヴは慢心を晒す魔王の懐目掛け既に地を蹴り駆け出していた。
「……くくっ、そうかい。君が虚構と現実を語るのか……やっぱり君は最高だよ、アクト」
遅れて臨戦態勢に入るディスペランサーは、視線だけで傍らのゼルニアを下がらせる。
彼我の距離は二十メートル足らず。
ブレイヴの速度であれば数秒とせず無と化す距離。
にも関わらずディスペランサーの余裕は消えず、先手を取ったはずのアクトは言い様のない焦りと不安に襲われて――心の暗雲を振り払うように右の拳を握り締める。
「もしかしたら、君こそがボクの求める救世主なのかもしれないね。ああ、本当にそうなら是が非にでも見せてくれ。君の信じる〝絶対〟を。ボクの絶望を覆せるのはきっと――」
「――アーマナイトを騙る紛い物と交わす言葉など……ッ!」
「本当に面白いなぁ! 紛い物って君さぁ、それは狙って言ってるのかい……⁉」
咆哮を砲声へ。
腰だめに構え力を蓄えるように引き絞った緋鋼の拳を弾丸に。
眼前に立ち塞がる『魔王』目掛けて、解き放つ。
そうして、一陣の赤い疾風となったアクトの一撃が絶望へと届くその前に――
「――変身っ」
響いたその咆声は、思わず足を止めたアクトの右斜め前方、生い茂る緑の向こう側から。
『――Ride on armor ! start the hero ArmorKnight-Remnant hope !』
高らかに轟くアップテンポの電子音と共に、草木を突き破って白銀の聖騎士が現れる。
白銀を基調とし、各所に水色の線条が走る荘厳かつ清廉なデザインの鎧は、美しくも禍々しい禁断の宝箱をモチーフとしている。水流めいたしなやかなラインと無機物的な装甲を両立させる特徴的なシルエット、輝くブルーのアイレンズをアクトが見紛うはずがない。
「……アーマナイト・レムナント・ホープ……⁉」
「set up――『――召喚、「希望照銃・光華」!』」
疾駆する白銀鎧の聖騎士は短く告げて、匣を模した腰のベルトから白銀の小銃を取り出す。白銀鎧の聖騎士――アーマナイト・レムナント・ホープは、その速度を僅かも殺すことなく小銃を構えると、ディスペランサー目掛けて躊躇なくその引鉄を引く。
「――ready-fire !」
腹の底に響く重たい銃声が連続し、ディスペランサーの鎧で光の火花が華と散る。
文字通りの奇襲、そして目眩ましの効果を発揮した銃撃を浴びせられた事で僅かに怯んだ一瞬の隙に乗じ、聖騎士が魔王へと肉薄。その懐深くへ入り込み、掌底めいた一撃がディスペランサーの顎を下からかちあげるように痛烈に打ち据えた。
不動だった上体が微かに傾ぐ。
追撃をがら空きの胴体目掛け叩き込もうとして、
「――あはっ! 凄い凄いナ驚きナ! お前アンタもアーマナイトだナァ⁉」
横合いから鋭い割り込みを掛けた虎爪の横薙ぎの一撃を、レムナント・ホープが後ろに飛びずさって回避した事で、一連の攻防にピリオドが打たれる。
「……へぇ、なるほどね。レムナント・ホープ、君が二人目の『勇者』という訳だ」
未だ呆気に取られるアクトの隣にレムナント・ホープが並び、奇しくも構図は二対二に。
「そういう君は『魔王』ディスペランサーだね? なるほど、確かに禍々しい姿だ」
「それはどうも、お褒めに預かり光栄だよ。けれど、同時に残念でもあるな。まさかメインディッシュが一度に二皿もテーブル上に並んでしまうなんて、もったいないにも程がある」
「……もったいない、ね。まるで自分の勝利を確信しているような言い草だね」
「? 『勇者』がもう一人増えた程度で、ボクの優位は揺るがないと思うけど……――?」
己の勝利をまるで疑っていないディスペランサーが、言葉の途中で何かに気付く。
アクトも遅れて異変を感じ取り、レムナント・ホープただ一人が全てを把握していた。
「ボクは『勇者』だよ? まさか、無策のままその場の勢いだけで君たちの前に躍り出た、なんて思われていたなら少しばかり心外だな」
近づく異変は次第にその正体を露わにする。
それは音だ。音の塊という名の暴力だ。
ビリビリと轟き空気を震わせる獣の遠吠えに続くは雄々しく響く軍靴の合唱。
肉体は愚か心をも震わせる大地の振動に、文字通りの大軍が迫っている事を察したディスペランサーは、フッと身体から力を抜いた。
「……なるほどね、これはどちらを褒めるべきなのか分からないけど……ともあれ、召喚早々手が早い。『勇者』の御旗の元に、という訳だ。いいよ、君の狙いに乗ってあげよう。流石のボクも、ここで全面戦争をするつもりはないからね――ゼルニア」
「はぁーい。でもでもゾーニャは遊び足りナい殺し足りナ――ううん、アタシは役割を、責務を果たす、それだけよ。だからアタシゾーニャは。言う事聞くナ。偉いナ? ナ?」
「ああ、そうだねゼルニア。君はいつだって素敵な女の子だよ」
名残惜しそうに言いつつ、背後のゼルニアと共に撤退の動きを見せるディスペランサー。
レムナント・ホープも深追いするつもりはないらしく、その動きを静観している。
「……逃げるつもりか」
「まあね。お遊びならともかく、全面戦争する気はボクにはないよ。元々、今回は『鍵』を回収するだけの予定で、最初から長居するつもりはなかったのだし」
友人と談笑するような調子で頷くディスペランサー。その言葉に、アクトは眉を顰める。
「……鍵だと?」
「そ。でもそれに関しても気が変わってね。『鍵』はしばらく君に預けておく事にするよ」
適当に手を振り、アクトに背を向け歩き出すディスペランサー。
しかし『鍵』が何を指しているのかアクトには分からず、そもそもそんなものを預かった覚えはどこにもない。
困惑を深めるアクトを置き去りに歩く魔王は、一度足を止めるとこちらを振り返って、
「ああ、そうだ。一つ言い忘れていた。もし君が本気でボクを――『魔王』打倒を掲げるのなら、一週間後にトア西部最大の国、ケレストルフの首都オレジアに来るといい」
まるで友人を遊びに誘うような気軽さで、魔王はカミシロ=アクトへ宣戦布告する。
「世界を滅ぼす『魔王』の歩み、止められるものなら止めてみるといい。――カミシロ=アクト、君が自らをアーマナイトであると証明したいのなら、ね」
それだけを言い残し、『魔王』はゼルニアを引き連れアクトの前から立ち去っていった。
そうして、その背中が茂みの奥へ消えて見えなくなると、
「ふぅ……どうやら、大人しく撤退してくれたみたいだね」
「あ、ああ。そうだな。というか、アンタは一体……?」
「なんだ、アクトってば気付いてなかったのかい?」
呆れ混じりに言って、レムナント・ホープがアンロックキーを引き抜き変身を解除する。
途端、光が弾けて白銀の鎧が空気に溶けるように霧散し――次の瞬間、視界に飛び込んで来た男の姿にアクトはまず啞然として、それからドッと全身の力が抜けてしまった。
「お前っ、お前なぁ……やたら完っ璧なタイミングで現れる野郎だと思ったが……妹の危機に大遅刻だぞ、この大馬鹿兄貴が……!」
「やあ、マナト。喜ぶべきか、嘆くべきか正直分からないけれど……こうして無事に二人に再会できたことは素直に嬉しく思うよ」
アクトと同様に、安堵とそれ以上の喜色に表情を綻ばせる幼馴染――イナミ=マナトとの想定外の再会がアクトを待っていたのだった。
そして、想定外はまだ続く。
「――全く。戦闘に介入するのはともかく、いきなり正体を晒した時は肝を冷やしたぞ」
マナトが飛び出してきた辺りの茂みから、ため息を吐きながら人影が現れる。問題だったのはその姿。どういう訳か、その人物はクールな犬耳軍服お姉さんだったのだ。
「知り合いなら最初にそうだと言っておいてくれ。ファーストコンタクトの重要性は私との接触で君も理解しているはず。こちらは様々な状況を考慮して慎重に接触を進めようとしていたというのに……全てご破算になるかと無駄に緊張してしまったじゃないか」
「ん、んぅ……まぶしぃ、わぁ……もう、朝ぁ――……………………ぇ? え、え。うそ。なんで、ブレイヴ…………⁇ え、え、これってどういう……?」
挙句、今まで意識の戻らなかったシュナまでもがこのタイミングで目を覚まし、鎧を纏ったままのアクトの姿――つまりは何故か目の前にいるアーマナイト・ブレイヴに目を白黒させ始めるという混沌具合に、アクトは思わず助けを求めるようにマナトを見た。
「ひとまず、お互いに何がどうなっているのか――状況を整理した方が良さそうだね」
混乱の極地にある幼馴染と妹の姿に、マナトは肩を竦めて苦笑を浮かべるのだった。




