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行間三 

――どこにも居場所のなかった俺の前に突如として現れた■■■■■と■■■■■。

 彼女たち姉妹との日々は、俺の少年時代の中で最も輝かしく温かで幸福な想い出だ。


 妹の■■■は外で遊ぶのが大好きな活発な女の子だった。

 好奇心旺盛な癖に怖がりで、その癖強がりでもあった彼女の手を引いて野山や森を駆け回り、二人だけの秘密基地を作った。


 そこでは女の子らしくおままごとなんかもしたりして、年齢よりどこか幼げで無邪気な彼女の無垢な笑顔は、俺の心の一番深い所に刻まれた傷に優しく寄り添い癒してくれた。


 何事にも興味津々な彼女は俺の影響もありアーマナイトの事を大好きになっていて、泥だらけになるまで外で遊んだ後は一緒にお風呂に入って、風呂上がりにアイスを食べながら並んでアーマナイトの録画を見るのがいつしか当たり前の日常になっていた。


 姉の■■■は妹よりも運動が得意で、自分はお姉さんだからと俺の事を色々な所に連れ出しては様々な事を教えてくれた。

 いつか変身する日の為に身体を鍛えたい、なんて事を言い出した俺に、修行と称して身体の動かし方や鍛え方を教えてくれたのは彼女だった。


 そんな彼女は妹の■■■とは違ってアーマナイトよりも綺麗な景色や可愛いものが好きで、仔犬を拾った時は本当に大変だった。

 引き取り先を探そうと自ら言い出した癖に、溺愛のあまり別れの日には仔犬のゲージにしがみ付いて一時間は離れようとしなかったのだ。

 その時の話をすると耳から火を噴きそうな程真っ赤になって恥ずかしがるので、常に俺をリードし翻弄する彼女に対して俺が唯一切る事の出来る必殺のエピソードだった。


 彼女たちと過ごした日々は親に見捨てられ何もかもを失った俺にとっての救いであり、唯一と言っていい少年時代の幸福だ。


 けれど、この記憶が今の俺の中から失われてしまった過去の思い出である以上、幸せな時間には終わりが訪れる。


 彼女たちと出会ってから一年間と八か月が経過した冬のある日の事。俺だって少しは強くなりたいと、冬休みの登校日に勇気を振り絞った事が全ての間違いだったのだ。

 例え俺がどう変わった所で周囲の人間がそれを認め変わってくれる道理はなく、故に何が起きかは明白だ。

 帰り道、俺は再び彼らにいじめられた。

 無視や嫌がらせという回りくどい方法では自らの立場を理解しなかった俺に用意されたのは、暴力を用いた迫害だった。


『――こらっ、あなた達、そこで何をやっているのよ……ッ⁉』


 突如として響いた迫力不足のその怒声に、その場にいた誰もが顔を上げる。

 そこには見た事もない顔をした■■■がいて、俺は顔を上げた事を心の底から後悔した。

 怖がりな癖に強がりな彼女は、数人に囲まれ暴力を振るわれている俺を助ける為にたった独りで彼らに立ち向かっていったのだ――


『――……大勢で独りを寄ってたかってなんて、卑怯な人達。サイテーよ、べーっだ』


 泣きながら拳を振り回しおでこに青あざまで作って、それでも彼女はたった独りで俺を虐めていた連中を追い払っていた。


 俺は何も出来なかった。

 いいや、何もしなかった。彼女が独り戦っている間ずっと、顔をあげる事も出来ずに悔しさと惨めさに歯を食いしばって一人蹲り泣いていた。

 大好きな女の子にこんな情けない所を見られて、その上助けられてしまった。

 恥ずかしくて情けなくて悔しくて、自分の無力が憎らしくて死にたくなる。

 本当だったら俺が俺自身の為に戦うべきだったのに、彼女に怪我まで負わせてしまったのだ。


『アクト、もう大丈夫よ。あの嫌な子たちは私が追っ払ってやったわ、って……酷い怪我、血も出てるじゃない! ほら、アクト、大丈夫? 立てる?』


 複数の感情が入り混じり渾然一体となった心はもはや自分一人では収拾がつけられない程にぐちゃぐちゃで、胸を衝くこの衝動を昇華する術を知らない幼い俺は、差し伸べられた優しい手を感情的に払いのけていた。


『え……?』

『……やめてよ。どうして余計な事をするんだよ』

『余計な事って、そんなの、私がアクトをこのまま放っておく訳が――』

『僕は■■■ちゃんに助けてくれだなんて頼んでない!』


 顔をあげず、地べたを這う惨めな姿のまま拳を叩きつけ、ただ全てを拒絶するように叫ぶ。


『くそ! くそ! くそ! あんな奴ら、僕一人でどうとでもなった。どうとでもなったんだよ! 僕、一人だって……っ』


 だから、見えない。気付けない。

 俺に手を払われた彼女が、俺から拒絶された彼女が、どんなに心を痛めていたか。どれほどまでにその表情を悲痛に染め上げていたのかを。


『強くならなきゃいけないんだ。僕一人でもあいつらと戦えるくらいに。だから、邪魔しないでよ。君みたいな女の子に助けられたら、また嫌がらせをされるだけじゃないか……っ』

『……なんでぇ、そっ、そんなこと、言うのよ……わ、わたしっ、は。……ひぐっ。アクトが、嫌な目に合ってるのが、嫌で。ずっと。ぐすっ……助けたくて……だからぁ……っ』

『だから……■■■ちゃんのせいでまた嫌な目に合うって言ってるんだよ!』

『……っ!』


 心無い言葉に息を吞む彼女の顔を見れずに立ち上がり、逃げるように駆け出した。

 俺の名を叫ぶ少女の涙声に背を向けて、俺自身も涙を流し言葉にならない咆哮をあげながら大好きな女の子から逃げ出して――以来、彼女が俺の前に現れる事は二度となかった。

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