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Act 3 乗り越えろ Deathtiny ! scene:16 崩壊の拒絶 

 眠りに落ちるような死からの目覚めは拍子抜けするほどあっさりと、四周目の世界でのリスタートは、それこそ眠りから目覚めるように訪れた。


「…………ねえ、」

(……ああ、またか)

「名前」


 聞き覚えのある声に驚きのない人肌のぬくもり、そして身に覚えのあるやり取り。

 愛おしさよりも恐怖よりも絶望よりも、死が齎される度に繰り返されるこの茶番への煩わしさをはじめに覚えてしまって、次に零れたのは自嘲の笑みだった。


(……また俺は死んだのか。何も出来ず。何も救えず。何も成せずに俺は――)


 己の無力さを呪い、無能さを蔑み、無価値さを嘆き、無意味さを嘲笑う。

 何も知らなかった二周目の世界よりも、結末を知って変えようと足掻いた三周目の世界の方が酷い結末に終わるなんて、そんなのもう、笑う他ない笑えない。


 お前はいらない。何もするな。余計な事をしたところで人死にが増えるだけだ。どうせ殺され終わるのだから大人しく死んでおけ――最悪を更新した世界の末路と、全てを失う死の強烈な喪失感が、アクトの無力をこれ以上なくアクトに突き付け嘲笑っている。


「――……いや、何も出来ないだけならまだマシか」

「私に、あなたの名前を――……え?」


 そんなアクトの自嘲の呟きが聞こえたのか、シュナが訝しむような声をあげた。


 会話が唐突に途切れる。

 異変を察したのか、シュナの身体が強張るのが分かった。


 これで会話イベントの回収は絶望的だろうが、構わない。

 同じ行動をなぞった所で同じように死ぬだけだし、ならいっそ土台ごとひっくり返すような大胆な改変をするべきなのだ。

 それに、そうでもしないと間に合わない命があることを、前回の世界で知る事が出来た。

 それが唯一と言えば唯一の収穫で、ならばその情報を活かさない手はない。


「……すまない、シュナ。少し、用事を思い出した」

「え? どこか、行くの? こんな時間から?」


 突然ベッドから起き上がって外出の支度を始めたアクトに、シュナが困惑の声をあげる。

 だが説明している時間はないし、そもそもシュナに説明出来るとも思っていない。


「ああ、少し遅くなるかもしれないが……心配しないでくれ。なるべく早く戻るようにする」


 このまま無為に明日までの時間を過ごせば、オレジアは炎に包まれ、『遺跡』へ向かったマナトとククリカは帰らぬ人となり、そしてアクトはシュナかゼルニアどちらかの手によって殺される――なんて、そんな戯言、話した所で一体誰が信じるというのか。

 アクトだったらまず信じない。信じられるはずがない。


 あんな笑うしかないようなふざけた地獄が現実に起こるだなんて、信じたくない。絶対に。

 ましてやアクトはシュナに噓をついている最低な人間だ。

 シュナはアクトの下手くそな演技に、その噓に最初から気付いていて――だからそもそもアクトを信用していない。


「……っと、ああ、そうだった。それから、俺が帰ってくるまでは宿から出るのは我慢してくれよ。不便をかけるが、安全の為だ。特に街の中心部には――」

「――待って!」


 早口で捲し立てるアクトの言葉を遮るように、シュナが大声を張った。

 ベッドの上で半身を起こし、腕を伸ばして傍らに立つアクトの衣服の裾を掴むシュナは、こちらの身を案じるような上目遣いで見つめてくる。


「待ってよ、急に……どう、しちゃったの? 何か、様子が変よ? その……大丈夫?」

「……うまい演技だな」


 ぼそりと。口の中で小さく呟く。

 心配はおろか、少しも信用していない癖に。アクトのような大根役者より、よほど役者に向いているかもしれない。


「え?」

「……いや、別に大丈夫だ。問題はなにもない。ただ少し、気になる事があってな。ほら、分かるだろう? ヒーローの勘というヤツだ」

「もしかして……『遺跡』に行くの?」


 ……どうやら、勘が鋭いのはヒーローだけではないらしい。

 一発で狙いを言い当てたシュナは無言のままのアクトを見て「やっぱり……」と小さく呟くと、自身もベッドから立ち上がり、強い決意を固めた瞳でアクトを真っ直ぐに見据える。


「だ、だったら私も行くわ」

「……ダメだ。シュナは連れていけない」


 シュナを連れていく訳にはいかない。

 『遺跡』が危険なのは勿論だが、これ以上決定的な場面でシュナに邪魔をされる訳にはいかない。子供の我儘にも、その先にある殺意にも、もう付き合っていられない。


「で、でも! 私だって兄様が心配だもの。一人でじっとなんてしてられないわ!」

「気持ちは分かるが、それでもダメだ。そもそも、俺はマナトからお前のことを頼まれている。危険だと分かっている場所に、シュナを連れていく事はできない」

「い、嫌。一人で待っているだけなんて、耐えられない。あなたが行くなら私も――」

「――いい加減にしてくれよ!」


 尚も諦めず、必死に裾に縋りついてくるシュナを、気づけば力任せに振り払っていた。


「きゃっ⁉」


 悲鳴をあげ、倒れるシュナ。

 彼女はベッドの縁に背中をぶつけ、その場に尻餅をつく。

 その衝撃で彼女の寝間着のポケットから何かが転がり落ちて、カランと金属質な音を立てた。


 ハッと我に返ったアクトは、シュナを助け起こそうと手を伸ばして、


「あ、ああ。すまない。今のはつい、カっとなって――」


 彼女の寝間着から転がり落ちたものが、アクトを刺し殺した短剣である事に気付いた。


「――な、んだよ。それ……」


 震える声で小さく呟く。

 呆然と、というよりも必死になって探していた家の鍵をポケットの中で見つけた時のような肩透かし感、自らへの呆れと怒りが綯い交ぜになった呟きだ。


 落ちた短剣に気付き、慌てて後ろ手に隠すシュナにアクトの顔から完全に感情が消える。


「これ、は……ち、違う。違うのよこれは――!」

 

 言い訳にもならない戯言を重ねるシュナの顔は酷く青ざめていて、最早どう取り繕っても無理があった。

 それでも縋るように短剣を隠し己の殺意を否定する様は滑稽ですらある。

 いや、違う。

 本当に滑稽なのはシュナではなく、彼女に踊らされ続けたアクト自身だ。


「……そうか。この時点で既にお前は、俺の事を殺そうと思っていたんだな」

「ち、違う! わ、私。あなたを殺したいだなんて、そんなこと――」


 もうやめろ。やめてくれよ。見苦しいんだ、いい加減。


「だっ、だいたい私が、大好きなアーマナイトを殺したい訳がないじゃない!」


 そんな媚びた作り笑顔で尻尾を振っても、子供らしく頬を膨らましても意味なんてない。


「そ、そりゃあ確かに、兄様と比べたらあなたは少し頼りないし顔もフツーだし考えなしで色々心配だけど……でも、だからこそ私、応援しているのよ? だから――」


 もう知っているんだ、シラト=シュナ。お前がカミシロ=アクトを殺す事を。

 何度も何度も何度も何度も何度繰り返した所でシュナはアクトを殺そうとする。

 それがはっきりと、分かってしまった。

 だってそうだろう? 時間遡行のリスポーン地点で既に殺意を抱いていたというのなら――もう、それはどうしようもないじゃないか。


「もう、いい……やめろ。もうやめてくれ」

「いいって、何をやめろって言うのよ……」

「ここから誤魔化せると本気で思っているのか? 仮に誤魔化せたとしたら俺は余程の馬鹿かお人好しという名の思考停止のどちらかだな。まあ、否定できる気もしないが」

「誤魔化すって……なんで、そんな酷いこと、言うのよ……わ、わたしは本当に……っ! 全部。本当、なのに……どうして、信じてくれないのよぉ……」

「信じる? 冗談だろ。信じていないのはどちらだよ。俺を芝居だと、そう言って信じていないのはお前だろう」


 その言葉に、目尻に涙を浮かべていたシュナの顔が驚嘆に引き攣った。


「どうして、あなたがそれを――」


 驚愕に目を見開き、動揺に激しく狼狽し震えるシュナを見ていると、靄がかってくすんでいた心がスッと晴れ渡ってていくような清々しい心地良さを覚える。


 ……ああ、もっとだ。もっと言ってやれ。

 アクトはこの女に殺された。

 何度も何度も何度も何度も何度も身体の至る所をめった刺しにされて地獄の痛みを味わった。全部、こいつのせいだ。苦しいのも辛いのも痛いのも全部。


 だから、なあ……これは正当な権利だろう?


「どうして? ああ、どうしてだろうなぁ、俺も分からないよ。どうしてこんな事になってしまったのか……どこで何を間違えたのか」

「ね、ねえ。ちょっと待ってよ! やっぱり何か変よ、おかしいわ。まさかあなたも――ううん、とにかく私の話を聞い――」


 もううんざりなんだ。誰がお前の話など聞くものか。アクトを殺すシュナの話など――


「――なあ。教えてくれよ、シラト=シュナ!」


 何かを言おうとしていたシュナの言葉にわざと被せるようにそう言い放って、


「どうして俺はお前を信じると――シラト=シュナを救うだなんてそんな馬鹿げた事を考えてしまったんだろうな?」

「――っ」


 明確な拒絶の意思を孕んだその言葉に、シュナの表情が悲痛に歪んだ。


「だがまあ、ある意味で助かったよ。お陰で無駄な試行錯誤をしなくて済む。守るべきとそうでない者とがはっきりした。そのことだけは礼を言う。ありがとう助かったよ、本当に」

 

 最後にそう皮肉を吐き捨てその場を後にしようとするアクトの足を、少女の手が掴む。

 まだ言い訳をするつもりなのか。

 それともここから挽回出来ると本気で思っているのか。アクトは呆れと億劫さにため息を吐いて、緩慢な動作で彼女を振り返った。


「……待っ、て。私はっ、私を――っ」


 アクトを呼び止めたシラト=シュナは泣き笑いのような歪な笑みを裂いてた。


 そしてそのまま、アクトに縋り甘えるような媚びた声色で、


「わ、たしは……? わたしの事は、もう。守って、くれないの……?」

「………………………………そうだ」


 はっきりと。終わりを告げた。


「お前が何もして来ないのであれば、別に俺も何もしない。マナトにも何も言わん。あいつが帰ってくるまでの宿泊代は払っておくから、この部屋は好きに使ってくれて構わない。だからもう、俺に関わらないでくれ。その方が、互いにとって幸せだろう」


 拒絶にがくりと首を折るようにして俯くシュナに、せめてそう言葉を掛けて、今度こそアクトは立ち去ろうとする。

 けれどそれでもシュナは諦めず、足にさらに強くしがみつく。

 いい加減にしろ、再度振り返って、そう怒鳴り声をあげ少女を振り払おうとして――


「――……ね、がい。お願い。捨て、ないで……?」


 顔を上げ、滂沱と涙を流しはじめた少女の姿に、心が軋むような音を立てた。


「嫌、だ。嫌嫌嫌嫌嫌嫌なのぉおお……! 置いていかれたくない捨てられたくない要らない子だって思われたくない! 寂しいのも辛いのも苦しいのも痛いのももう嫌ぁあああ!」

「……………………シュ、ナ……?」

「どうして? どうしてみんな私を捨てるの? 私、そんなに要らない子かな?」


 発作のように呼気を荒くし頬を異様に上気させ、髪を掻き毟りながら壊れたように首を横に振り続けるシュナの蒼眼はアクトを見ているようで見ていない。


「わ、私。頑張ったわ。一生懸命、捨てられないように、殴られないように、虐められないように無視されないように努力したの! 子供だからって舐められないように、気が強いしっかり者を装って……だけど可愛げがないのもよくないでしょ? だから私ね、親しみやすいように些細な言い間違えをしてみたり、子供らしく泣いて笑って怒って驚いて……得意じゃなかったけど、ほら、ちゃんと感情豊かに出来るようになったのよ?」 


 ……この子は壊れている。アクトを殺そうとするとかしないとか、これはもうそれ以前の問題で。アクトが出会った時にはもう既に、シラト=シュナの心は壊れていた。


 それを、今更のように見せつけられる。

 これ以上なく、残酷な方法で。


「みんなの前で、ちゃんとシラト=シュナを振る舞って……い、いつも寝る前に食べたもの、ほとんど吐いちゃうけど……で、でもね? 私、ちゃんと幸せなのよ? だって、兄様は私を捨てないの。私を無視しないし私を殴ろうともしない。ちゃんと毎日ご飯をくれるし、学校に行けなくても、お寝坊したって怒らない。苛立ったからって私を犯そうともしないんだから。ね? 私って、ちゃんと幸せよね? 幸せでしょ? ねえ、幸せ、だよね……?」


 やめろ。

 そんな引き攣った顔で笑いかけるな。明るい口調で己の絶望を肯定するな。

 壊れる。

 壊れていたから、シラト=シュナという鍍金が剝がれ、壊れていく。


 引きこもりだけど気が強く、兄とアーマナイトが大好きで、口は悪いけど隠し切れない優しさがあって、だからどこか憎めない可愛らしい女の子。

 そんな虚構を生み出した彼女自身の口によって、彼女が必死に胸に秘めていた彼女の嘘が、その全てが暴かれ壊れてしまう。


「だから……お願いだから置いていかないで捨てないで否定しないで一人にしないで嫌わないで厭わないでもっとうまくやれるからもっと上手にシラト=シュナになれるから」

「やめ、ろ……」


 知らない。知りたくない。

 もう無理だ。そんな事を言われた所で、俺にはもうどうする事も出来ないだろ。


「だってお前は……俺を、殺すじゃないか……」


 やり直したリスタートのその時点から、シュナはアクトを殺そうとしていた。

 そんなのもう、やり直しも何もない。

 最初から結論は出ていて、だから終わっている。

 それなのに、もう全て諦めたのに。


 シラト=シュナは諦めずに縋りつく。


 無様でみっともなくて、見苦しい。

 どうしようもない悪足搔きを、やめようとしない。


「あなたが望むなら私なんでもするわ、どんなお願いだって聞いてあげる。だからお願い、傍に居てよ離れないで。もう嫌なの捨てられたくない置いていかれたくない否定されたくない嫌われたくない拒絶されたくない蔑まれたくない一人は寂しい私は私を無価値なんだって思いたくない怖い怖いよ怖いのよ、だって、だって私は――」


 だメダ。モう彼女の言葉を聞いテはいケない。


「――私は私が誰なのか分からない。誰も私を……私でさえも私を助けてくれない……」


 ソれ以上ハ、アクト自身二モ関ワルーー


「……ねえ。あなたもなの? あなたも私を――助けてくれないの……?」

「うあああああぁああああああああああああああああああああああああああああッ‼」


 耳を塞いだ。喉を潰す勢いで絶叫し、扉を蹴破り一心不乱に宿から飛び出し駆け出した。そうしなければならなくて、そうする他の選択肢などあり得なかった。


 何も聞いていない。見ていない。何も知らない。知りたくない。知ってはいけない。

 無我夢中に駆けるアクトの脳裏に、走馬灯の如くシュナとの日々が蘇る。


 ――そこには膨れっ面のシュナがいた。得意げな顔のシュナがいて、兄の自慢をするシュナもいた。哀しそうな顔のシュナが、寂しげなシュナが、毒を吐くシュナが、呆れるシュナが、空腹をこらえるシュナが、美味しそうに料理を頬張るシュナが、悪巧みをするシュナが、楽しそうに笑っている無邪気なシュナが――様々な表情のシュナがいた。


 けれども記憶を彩る全てのシュナが彼女自身の作りあげた模造品で、それが彼女の生存戦略だった。

 そうして最後に作り上げられた全てのシュナは刃を手に笑顔で俺を殺しに迫るのだ。

 頭がおかしくなる。気が狂う。もうダメだここにはいられない。いたくない。自分が何から逃げているのかも分からぬまま、アクトは我武者羅に手足を振り乱して転んで泥に塗れて見知らぬ街を駆けずって逃げる俺の背を追いかける少女の鋭い慟哭が耳朶を打ち――


「――は……?」


 その刹那だった。

 

 視界の端で蒼白い火花が弾けて散って暗転して――世界は突如として、何の脈絡も兆候もなくその終焉をアクトに告げたのだった。


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