Act 3 乗り越えろ Deathtiny ! scene:15 噓つき
「――ナんナ? オマエら。アタシとゾーニャと私達ともしかして遊びに来たナ?」
「……は?」
崩れかけの鳥居を構成する二柱の柱、そのうちの一つ。こちらから向かって右側の柱の頂点に、いつの間にか人影が生じている。
それは、見覚えのあるシルエットだった。
幼く、あばらが浮き出る程に痩せ細った薄汚い肢体にボロ布を巻く、ネコ科めいた縦長の瞳孔が特徴的なエメラルドブルーの瞳の女の子。
浮浪児のような身なりには到底不釣り合いな物騒な金属の虎爪を両手に装着し、青みがかったくすんだ灰色の毛並みの獣の少女は自身をゾーニャと呼び、そして同時にアタシとも呼称する。
矛盾し壊れた少女最大の特徴は、頭頂部に縫い付けられた腐臭を放つ一対の猫の耳。
その悍ましく汚らわしいパッチワークは、対峙する者に生理的な嫌悪と恐怖を。そして何より絶望的な無理解を叩きつけ、伝染病のように狂気を振りまき心を侵す邪悪だった。
だが今はそんなことはどうでもいいしどうだっていいしなんだって構わない。
そんな事よりも……何だ、それは? ゼルニア前の爪先に引っ掛かって、モノみたいにぶら下がっているソレは……。
「う、そ……そん、な……」
シュナの全身から力が抜け、ぺたりとその場に座り込む。
アクトもまた茫然と立ち尽くして馬鹿みたいに口を開け、誰かがその光景を噓だと言ってくれるのを待つ事しか出来ない。
「あ、これナ? これ、気になるナ……⁉」
そんなアクト達の視線に何かを感じたのか、ゼルニアが右の虎爪を掲げてみせると、その爪先に引っ掛かった黒いソレがぶらぶらと手提げ袋みたいに力なく揺れて動いて――
「――やめろォオオオ……ッ!」
思わず、そう叫んでいた。
ゼルニアの爪に引っ掛かっているソレが何かなんて分からない。分かりたくもないし一生分からないままでいい。
だけど、だけどだけどだけどッッ‼‼‼
「……お前が、お前がその手に持っている彼女はなぁ……っ」
黒い軍服を身に纏った長身瘦躯の彼女は、一見してクールで近寄りがい第一印象の持ち主だけれど話してみると案外抜けていてからかいがいもある女の子で、大家族の長女だから年下の子には甘くて俺らに対しても面倒見が良くて頼りになってかっこよくて優しくて……そんな、犬耳が愛らしい弟妹想いの彼女は。
ククリカ=フートはッ、お前のような腐れ外道が、モノのように粗雑に扱っていい存在じゃあ断じてない――ッ
「あ! そうナ。そうだナ。そうだったナ。これ、オマエにやるナ!」
言って、ゼルニアは右手をブンと勢いよく振り回す。
虎爪に引っ掛かっていた女の痩躯はいとも容易く宙を舞い、何の抵抗も見せず落下した。
かつては鳥居の笠木だったであろう瓦礫の山。その尖った先端へと、頭から。
べちゃり。
果実が潰れるような生々しい音を響かせ血と脳漿が飛び散って、ククリカの頭蓋は呆気なく潰れた。
アクトとシュナの。
目の前で。
「……………………あ?」
頬に生暖かい温度を感じて、反射的に手を伸ばす。
頬を拭った掌に目を落とせば、まだ温かい血と肉とがべったりと付着していて――
「――あぁ、うあああああああ……ッ⁉」
「魔王様がナ、アンタへオマエのお土産に贈り物だから喜ぶって言ってナ! だからこれ、オマエにやるナ! ナァ、嬉しいか? ゾーニャ偉いか? アタシを褒める?」
叫び、その場に尻餅をついて、己の掌から逃げるように後退る俺に、ゼルニアは友好的で人懐っこい笑顔を浮かべ、自信満々にククリカの頭を潰した褒美を要求してくる。
悪意なく叩きつけられる狂気と無理解。善意によって齎された残虐なる悪辣。
コレは断じて同じ人間なんかじゃない。人によく似た形をした化け物だ。怪物だ。
アクト達とゼルニアとの間に広がる隔絶はあまりにも大きく、その断絶は最早致命的だった。
そんな当然の事実に気付きもしない哀れな狂獣の言葉を、アクトはただ茫然と反芻する。
「魔王、が……いるのか? 今、『遺跡』の中に?」
それは、予想していた展開の一つだった。
仮に『遺跡』内で魔王を発見した場合は即撤退し、万全の態勢を整えた上で改めて奇襲を掛けるのだとククリカは言っていた。
言っていたのだ、ちゃんと戻って来ると約束した、それなのに……。
「……殺したのか、お前たちが……彼女を……ッ」
「ナ? 殺したナ?」
振り絞った声は怒りに震えている。
そんなアクトの感情を逆なでするかのように、ゼルニアは頭の潰れた遺体を一瞥してから訝しげに眉を顰め、可愛らしい所作で小首を傾げる。
「ゾーニャはアタシがコレをコイツを? 知らないナぁ? 違うナぁ? 興味ナいナぁ?」
「ふざけるな! そうでなければ、こんな事になるはずがないだろう! ……彼女と一緒にいた男は、どうした⁉ マナトが一緒にいて……こんな事、あいつが許すはずが――」
「――これ、『遺跡』に落ちてたナ。だから知らナいナ。アタシはゾーニャは、関係ナいナ」
その場で立ち上がり激昂するアクトに、しかしゼルニアは冷静だった。
無感情に無表情に無関心に己の無関係を断言するゼルニアの言葉に噓の気配はなく、だからこそ脳裏に浮かびあがる最悪の可能性に一気に嚇怒の熱が、血の気が引いていくのを感じていた。
「……落ちて、た? 『遺跡』に……? ククリカ、一人が……?」
ゼルニアという少女の怪物性を考えれば、己の殺人を否定するとは考えづらい。本来なら積極的にアピールさえするはずだ。そもそも噓を付けるだけの知性があるかも疑わしい。
ならば、仮にゼルニアの言葉が真実だったとして――マナトは一体どうなった……?
マナトがいれば、ククリカがこんな事になるのを許す訳がないのだ、絶対に。
マナトが生きていたのなら、こんな悲劇が起きる訳が――
……親友への絶対の信頼と確信。それが端的に、もう一つの残酷な事実を告げているという事に、どうして気が付いてしまったのだろうか。
「――嘘、だろ。マナトまで……そんな」
びくりと。思わずと口を突いたアクトの小さな呟きに、シュナが目を見開き肩を震わせる。
「だからゾーニャはアタシは私達は魔王の魔王様の所にコレを死体を運んで持って行っだけナ。そんナことより――」
「そんな、こと……だと……?」
大切な仲間の死を、そんなことと。たった一言でゴミのように切り捨てられる。
「そうナ! ゾーニャもアタシはオマエらアンタ達の所に遊びに行く所だったナ? けどナけどナ⁉ 行こうとしてたらオマエらから来たナ! だからアタシはとてもゾーニャ凄くナ嬉しいナ⁉ 楽しいナァ⁉」
両手を広げ、今にも躍り出しそうなテンションでゼルニアは自身の感情を表現する。
まるで、友人の家に遊びに行ったらサプライズで自分の誕生日パーティーが始まったような、そんな幸福な高揚感に浸るゼルニアの狂った躁鬱がついには頂点へと到達して――
「アタシはアンタを殺すわ殺すの殺さナきゃだからゾーニャと遊ぶよナァ⁉ それがアタシの仕事で役目で役割で義務で責務で私達はゾーニャの楽シイだからナ!」
――もう、何もかも限界だった。
「ふざけるな。お前、たちは……絶対にッ――」
低く、世界を呪うような声が喉を滑り落ちる。
取り出したアンロックキーを壊れる程強く握り締め、腰のベルトへ勢いよく突き刺して、安っぽい電子音が鳴り響く――『――Brave Eagle key !』
その音色がまるで鎮魂歌のようだなと、そんなくだらない事を考えて、
「ナァ、遊ぼう! ゾーニャとアタシと私達と四人一緒に仲良く皆で逝こうナ楽しくナろうナァっ⁉ あは。アハハ! アハハハハハハハハハーっ! だって、だってオマエは――」
獰猛で俊敏な肉食獣の如く、狂気の凶獣は虎爪を構えて下半身を畳むように撓めて、
「――アーマナイトだもんナァ⁉ そうナんだろう⁉ ナァ⁉ ナァ⁉ ナァ……っ⁉」
「――俺が、このアーマナイト・ブレイヴが今此処でッ、絶対に打ち倒す……ッ!」
瞬間、発条のように力を溜め込んだゼルニアの身体が、凄まじい勢いで射出された。
ネコ科獰猛のような柔軟かつ俊敏な挙動で振るわれた虎爪がアクトの首へ迫る。
その突撃を横に転がり回避しながらベルトに挿し込んだアンロックキーの側面を掌で強く弾く。
『――Brave heart unlock !』
がちり、ごきん。鍵が回り、嚙み合った歯車が回転する音が身体中へと伝播、そして――
「――変し……っ⁉」
アクトをブレイヴたらしめる起句を叫ぼうとしたその刹那、突如として背後で殺気が膨れ上がり、アクトは咄嗟の判断で横合いに身体を投げ出した。
腕を浅く、冷たい刃物が切り裂く嫌な感触に顔を顰め、変身をキャンセルした結果ゼルニアの追撃へ反応しきれず太股の肉をすれ違い様の虎爪が軽く抉っていく。
それでもアクトは、地面へ倒れ込むや否や素早く起き上がり下手人を視界に捉えて――
「――なんで、だよぉ……っ」
……その可能性を、考えなかった訳ではない。
前回の世界で何が起きたのか、その最悪の結末をアクトは覚えている。
故に、常に警戒はしていたのだ。
だからこそ本来であれば完全に不意を突かれていたであろう致命の一撃にも咄嗟に反応し、突き付けられた死の刃から逃れる事が出来た。
でも、それでも。
例えこの場面でアクトを後ろから刺せるのが彼女以外にあり得ないと分かっていて尚――そうであって欲しくはないと、そう願っていたのに。
「――なん、で……どうして? あり得、ない。今のを避けられる訳が、ないのに……」
泣きそうになりながら、最悪の想定が現実になってしまった事を、ただ嘆き咆哮する。
「……どうしてなんだよぉおおぉおおおっ! シュナぁああああああああああああッ⁉」
シラト=シュナ。
燃え盛るオレジアで、アクトを背後から刺し殺し、馬乗りになって何度も何度も何度も何度も殺し続け無限の痛みを与え続けた女の子。
親友の義理の妹で、それはつまりアクトにとっても家族同然の存在で、記憶と両親を亡くして酷いトラウマを抱える彼女を救ってあげたくて……だから、殺されても尚信じるのだと、シュナを信じていたいのだと、アクトは自分自身に強く誓った。
けれど、それでも。実際に裏切られると、どうしようもなく心がひび割れていく。
何故なのだと、怒りと悲しみと悔しさと動揺を、目の前の少女にぶつけたくてたまらない。
「う、ぁ、ああ……うわぁああああああああああああああああああああああああああッッ!」
問いかけに答えはなく、代わりとばかりに自らの喉を傷つけるような咆哮があがった。
声の主は当然俺ではなく、ゼルニアでもない。
血が出る程に固く刃を握り締め、吠え猛るシュナがその小さな身体に決死の覚悟を抱いて、真正面からアクトの命を奪いに来る。
最早隠すつもりもない少女の殺意を全身に浴びて、もうどうすればいいのか分からなくて。
だからアクトは感情を剥き出しにして、馬鹿みたいに叫んでいた。
「俺は、お前をいつか救ってみせるって……なのに! 何故お前は俺を殺そうとする⁉」
「そん、な……そんなのっ! あなたに言っても、分かる訳がないッ!」
我武者羅に、ただ闇雲に振るわれる刃を躱すことは簡単だった。
相手は子供、身体能力もリーチも何もかもが違い過ぎている。シュナには不意打ち意外にアクトを殺す手段はなく、故に初手の一撃を躱された時点で詰んでいる。
それでもシュナは諦めない。アクトを殺す事を諦めない。
「私、だって……私だって私だって私だってェえええええええええッ!」
明確な殺意と共に刃が振るわれる度に、身体ではないどこかが血を流す。
「一生懸命頑張った。頑張ったのよ、本当に。でもどうしようもないじゃない! 私が殺さないと。もう、何もかも終わりなんだから。だから、私はあなたを殺すのよ……ッ!」
命を奪う刃を避ける度に、命ではない何かが削られ、壊れて、失われていく。
「終わり? なんだそれは。お前は俺を、アーマナイトを信じているんじゃないのか⁉」
彼女の叫びを、俺への殺意をこの身に浴びる度に、苦しくて辛くて死にそうになる。
「信じてるわよ、この世の何よりも! だから、だからあなたは信じない! 信じられない! だって、だってあなたはお芝居で、本物のアーマナイトじゃないじゃない……ッ⁉」
それは、どんな致命的な斬撃よりも痛烈な一撃となって、アクトの心を貫いていた。
「……シュナ、お前。最初から、全部気付いて……」
「噓つき」
呪いのように、憎悪すら込めて、愛し、救おうとした少女は俺の行いを噓だと糾弾する。
「噓つき噓つき噓つき噓つき噓つき噓つき噓つき噓つき噓つき噓つき! 大嫌い!」
シュナの心を守る為と、彼女を弱いと決めつけて。
己の噓を、彼女を騙す事を正当化する俺は――ああ、確かに最低最悪の噓つきだった。
「あなたを信じるって言ったのに……言ったのにあなたも裏切らないって言ってくれたのに何であなたは、そんな……っ!」
感情のままに何かを叫びかけ、けれどシュナはその先を口にすることなく、諦観と共に息を吐き出す。
「……なんでもないわ。もういいのよ。私は誰も信じない。私も私以外の誰も彼も、なにもかもが信じられないから。だからもう、終わりにするの。全てをここで――」
「――あは! 楽しそうな話だナァ、ゾーニャもアタシも私達も混ぜて欲しい……ナッ!」
その刹那、アクトとシュナとを引き裂くように、両者の中間地点に第三者の影が割り込みを掛けてきた。
爛々と、そのエメラルドブルーの碧眼を狂気に輝かせて、殺し合いの悦楽に浸るその壊れ狂った凶獣が、今はただ、心の底から目障りで憎らしくて――
「……退けよ」
もう一度、アンロックキーを掌で弾いて中断されていた変身を強制続行。
『――Ride on armor ! start the hero ArmorKnight-Brave Eagle !』
全身が光に包まれアップテンポの電子音が祝福の如く鳴り響く中、アクトはブレイヴへと変身しながら眼前の邪魔者へと八つ当たりめいた回し蹴りを浴びせ――
「邪魔なんだよっ、お前はぁあああああ……ッ!」
――その一撃を受けたゼルニアの身体が弾け、バラバラの肉片となって吹き飛んだ。
「……え?」
ぼと。ぼとと……ぼとぼとぼと。
汚い音と共に肉が辺りにまき散らされていく。
不思議なほどに血の赤は見当たらず、ただかつてゼルニアと呼ばれていた少女だった肉の欠片が、子供が積み木の城を崩した後みたいにぐちゃっと、とっちらかっていた。
アクトもシュナも。目の前で少女が一人爆散したその光景に、ただ言葉を失う。直前までの殺し合いも殺意も忘れ、まるで時間が止まってしまったかのように呆然と立ち尽くす。
やがて、止まった時間を最初に動かしたのは、
「――あ、あぁ……? う、そ。噓よ、そん、な……っ!」
アクトではなく、何かに気付いた様子のシュナだった。
シュナは、赤子のように地面を這ってボロボロと涙を零し嗚咽をあげながら、地面に散らばった肉片を必死に搔き集め始める。
まるで、壊れてしまった人形を組み立てようとするかのように、分かたれた肉片をパズルのように嵌め合わせ、シュナは壊れたゼルニアを元に戻そうとしているようだった。
痛々しくて見ていられない。それには命なんて残されていない。
木端微塵になった人間が生きている訳がない。だって、アクトがこの手で殺してしまったんだから。
「いや、いやよ嫌だ……お願い待って! 私がちゃんと直すから。だからお願い、いかないで――姉、様――?」
だからきっと、シラト=シュナも壊れてしまったのだろう。
そんな事を、呆けたままに他人事みたいに思っていた。
「――あぁ、あああぁ……ぁあっ! うわぁぁああああああああああああああああーッ⁉」
必死に搔き集めたはずの少女の肉片が、塵となって風に消えていく。
消え行く塵を必死に掻き抱こうとする手指の隙間から全てが零れ落ちて、壊れた少女の慟哭が響き渡る。
どこにも救いなんてない、いっそ噓のように地獄じみた光景。
それを生み出した一端が自らにあるという事実。その全てが耐えがたく、衝動的に拳を地面に打ち付ける。
「なんだよ……なんなんだよこれは……ッ!」
八つ当たりで少女を殺し、八つ当たりのように叫び散らす。
とてもじゃないが、ヒーローの所業ではない。
アクトの行いの全てがアーマナイト・ブレイヴに相応しくない。
その虚構が露呈する。噓つきだとシュナに言われたその言葉が、ここへ来てその重みを何十倍にも膨れ上がらせアクトの胸を貫いていく。
目の前の現実を、このふざけた喜劇めいた惨劇を認められず、往生際悪く、みっともなく、駄々をこねる子供のように喚き立てる。
「ふざけるな……ふざけるなふざけるな! お前は、お前は俺が……ブレイブが全霊を賭して止めなければならない悪だった。全力で戦うに値する敵だった! そうだろう⁉」
一撃で死んでしまうだなんて思わなかった――そんな言葉は通用しない、する訳がない。
例え、分かり合えない邪悪な存在だったとしても、彼女はまだ子供だ。
ブレイヴが救うべき、子供だったのだ。
「それなのにこんな……これじゃあまるで、俺が……俺の方が……っ!」
そこから先は、言葉にはならなかった。
その先を口にしてしまえば、きっと自分も壊れてしまう。
もう二度と、アーマナイト・ブレイヴとして戦えなくなる。そんな確信があったのは紛れもない事実。
けれど、アクトが続きを口にできなかった理由はそれとは他にある。
「あ、れ……?」
ふらり。ぐらり。ゆらゆらり。視界が、世界が。歪んで回り、その場に立っていられない。その場に膝をつき、今更になって己の脚に異常を感じた。
ずきずき、ドグドグと。いつの間にこんなものが生まれていたのか。アクトの太股には二つ目の心臓が出来ていて、熱を発しながらとんでもない勢いで脈打っている。
(……いや、そうじゃ、ない。これは……さっき、ゼルニアの爪で、やられた……?)
アクトの知る由もなかった事だが、ゼルニアの虎爪にはとある仕込みがなされていた。
それは毒。掠り傷一つで致命傷となる猛毒が、ゼルニアの虎爪には塗られていたのだ。
アーマナイトの状態であれば、掠り傷を肉体に負うことも、傷口から毒の侵入を許すこともなかっただろう。
だが、変身の途中でシュナの不意打ちを咄嗟に躱したアクトは、太股に直接ゼルニアの虎爪の一撃を喰らってしまっている。
その際に受けた毒が、主の無念を晴らすかのように今アクトを殺そうとして――暗転。
電源ケーブルを抜かれ強制的に世界が消失するような、暗い暗い闇の中。視界の端でまたも蒼白い火花が散って――三周目の世界の破綻を、カミシロ=アクトに告げていた。




