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Act 3 乗り越えろ Deathtiny ! scene:14 不吉な道行き

 アクトの手を引き走るシュナに先導されるままに『フォレスト・キッチン』を出て、入り組んだ路地に入り込む。


「おいシュナ、どこまで行くんだ!」

「もうちょっと先まで!」

「本当にこんな所にデザートの店があるのか? 店はおろか人影すら見当たらないぞ」

「いいから、ほら。ついて来て!」


 やがて、木造の建物を浸食するように伸びる蔦や蔓の存在が目立ち始め、さらには木造以外の古びた建造物が目に映るようになってくる。

 どこか不思議な懐かしさを感じつつ、入り組んだ路地を抜けた先、唐突に視界が開けて俺達の前に姿を現したのは――


「――シュナ、ここは……いや、これは……」


 それは、まるで門のような大きな構造物だった。


 ……いや、門という表現はある意味では正しいが、正確ではない。

 その構造物が何であるかを表すに相応しい単語を、恐らくアクトは知っている。


 蔓と蔦の侵攻を受けて半ばから崩れる石造りの二つの柱は、塗装がかなり剝がれているが、元の色がどんなものだったか判別できる程度には色が残っていた。

 間違いなく、鮮やかな朱色をしていたはずだ、そう断言できる。


 屹立する二つの柱の上に渡されていたであろう笠木と呼ばれる部位は地面に落ちて完全に崩れ、ただの瓦礫と化していたが……同様に地面に落ちている大きなしめ縄と、そこに垂れ下がった特徴的な稲妻型の紙が、否応なしに健在であった頃の姿を想起させる。


「……鳥居? なのか……?」


 鳥居とは領域を区切るもの。

 門を潜ったその先が、人の住む俗界とは切り離された神がおわす神域であると示すものであるのだから――なるほど、確かにここは境界であり境目だ。


 緑の浸食により半ば森と融合しつつあった路地裏と地続きでありながら、明確な差異を感じるこの場所が何と呼ばれているのか、アクトは本能でそれを悟る。

 つまりは――


「――超級遺跡(クラス・シクス)大西魔都神域楼閣群(イェン・ヤン)』」


 アクトの思考を読んだかのようなタイミングで、シュナの静かな声が背後から響いた。

 振り返ると、そこには心苦しそうに目を伏せるシュナの姿がある。


「ごめんなさい。でも私、どうしてもここに来なくちゃいけなかったの」

「シュナ……それじゃあやはり、先程の話は……」

「ええ、全て噓よ。でも、あなたは優しいから、噓だと分かっていながら付いて来てくれたのよね? ……流石に分かるわよ。だって、我ながら苦しい言い訳だと思ったもの」


 どこか寂しそうに、悲しげに。シラト=シュナは独白を重ねる。

 その普段と異なる彼女の雰囲気に、アクトの中で不吉な予感が急速に膨らんでいく。


(……まさか、今回はここなのか?)


 二周目の世界を上手くなぞれていないという予感はあった。

 断片的に蘇る記憶と現在の行動には既に数え切れない程の相違点が生じていて、最早修正は効きそうにない。

 故に、二周目の世界ではあり得なかった結末へ辿り着いたって何らおかしくはない。


(敵意も悪意も殺意も憎悪も、依然としてシュナからは感じ取れない。だが、彼女は明確に意図を以て噓を付き、俺を騙してこの場へと誘導した。なら、シュナはやはり俺を――)


 まだだ。まだ何も、何一つとして掴んでいないのに。

 それなのに運命は無情にも、アクトの努力を嘲笑うように守りたい少女によって齎される死を突き付ける。


 押し寄せる慙愧の念に、己の無力に無価値が悔しくて歯嚙みする。


 シュナがアクトを殺そうとする理由を、彼女が抱える事情を。最悪の結末へと至る道筋をアクトは知らなければならない。


 知って、最悪の結末を塗り替えなければならないのに。


「……一つ、尋ねてもいいか」


 目を伏せ押し黙るシュナの無言を、アクトは肯定と受け取って。


「どうして、こんな場所に俺を連れて来た」

「……だって、こうでもしないと来てくれないと思ったから」


 苦しそうに、辛そうに、何かを必死に堪えるように――そうして彼女は己の目的を告げる。


「……兄様に会いに『遺跡』に行きたい、なんて。そんな事を言ったら、あなたは絶対に反対するでしょう?」

「………………は?」


 一瞬、現実から目を逸らしたいあまりに、自分の耳と頭がぶっ壊れたのだと本気で思った。


 けれど、どうやら壊れているのはアクトの頭ではないようで。


「だ、だから! 兄様に会いたくなったって言ってるの! 深刻なマナト二ウム不足なの! もうっ、恥ずかしいんだから何度も言わせないでよね、ばか」


 とても思い詰めた深刻な表情で、そんな事を言ったのだった。


「……すまない、少し、いやしばらくの間、色々と整理する時間を俺にくれないか……?」

「ええ、いいわよ。いきなりだったものね、あなたがこんとんするのも仕方ないわよ」


 頭痛に耐えるように額を抑え天を仰ぐアクトに、シュナは偉そうに呆れ混じりのため息を吐く。

 最早おかしな言い間違えにツッコミを入れる気にもならない。


「……つまりお前はマナトに会いたくなったから俺を騙して『遺跡』に連れて来たと」

「そうよ。マナト二ウム不足なの。深刻なね」


 ふんすと鼻息荒くシュナは頷く。


「……なら、もう一つ聞くが、丘でのあの意味深なやり取りは、お前のその……マナト二ウム不足とやらに何か関係があったりするのか?」

「兄様はアーマナイトだもの。私の中の絶対は兄様以外あり得ないわよね! やっぱり」

「じゃあ、俺を信じてるとか私を信じてとか言っていたのは……」

「あなたも一応はアーマナイトでしょ? だから私、あなたの事も信じてるの。私が『兄様に会いたい! 助けて!』ってお願いしたら、きっと最後には叶えてくれるって! 私のを信じて、噓だと分かった上で一緒に『遺跡』に来てくれたみたいに。ね、そうでしょ――って……あ、あれ? どうしたの? 何か、怒って……る?」


 ぷちんと。俺の中で、何かが盛大にはち切れた音がした。


「当たり前だろう、このブラコン馬鹿妹めが! ええい、もう知らんぞ俺は帰る!」

「え、え⁉ ま、待ってよ。兄様は⁉ 一緒に探しに行ってくれないの⁉」

「行くか馬鹿者! というかお前も行かせる訳がないだろう⁉ ほら、一緒に帰るんだ!」

「や、やだ! やだやだやだやだやだわよ私は帰らない~~~っっ!」


 シュナの手を掴もうと手を伸ばすと、シュナはするりと俺の腕の間を潜り抜け、鳥居の柱にひしっと両手両足を絡めて抱きついてしまう。


「コアラかお前は!」

「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ……っ」

「いやうっさいし違うわこれブラコンゼミだ」


 カナカナカナ……みたいな感じで鳴かないで欲しい。本家と違って情緒の欠片もない。


「……なあ、シュナ。お前だってククリカの授業を聞いていただろう? なら、『遺跡』がどれだけ危険な場所なのかは分かるよな?」


 魔素濃度が異様に高い危険な魔物の群生地帯。

 『鋼魔の森』とも呼称されるアルカ・デアに現存する最古にして最後の異界、それが『遺跡』だ。

 浅い域ならともかく、歴戦の『探跡家』でさえ深域付近の攻略は困難で、突破するには『勇者』の力が必要だとククリカも言っていた。素人が挑めばまず命はないだろう。


「……ん、知ってる」

「俺はシュナの兄様からシュナの事を任されている。だからそんな危険な場所に、シュナを連れて入る訳にはいかない。俺が言っていること、分かるな?」


 柱にしがみ付いて俯くシュナの肩に優しく手を置く。

 この子は馬鹿じゃない。ちゃんと順序立てて理由を話せば、例え感情的には納得出来ずとも理解はしてくれる子だ。


「でも……」


 だからきっと説得できる。

 分かって貰える。

 半ばそれを確信していた俺は――


「それじゃあ兄様は⁉ そんな危険な場所に踏み込んだ兄様は一体誰が助けてくれるの⁉」

 刹那、シュナは感情を爆発させ俺に飛び掛かり、縋りつくようにアクトの胸元を握り締めてそう叫んでいた。

「それ、は……」


 確かにシラト=シュナという少女は賢く、物事に対する理解も早い。

 過去の経験により不登校でこそあるが、同年代の子と比べてだいぶ大人びていると言えるだろう。

 だがこの場に限っては、アクトは彼女を見誤っていた。


「……お願い。嫌な、予感がするの……せめてあなただけでも、兄様たちの所に行ってあげて。私、ちゃんと宿で待ってるわ。イイ子にしてるから。だからお願い、兄様たちを――」


 シラト=シュナの感情を。

 彼女がどれだけ兄の事を想い慕い、そして心配しているのかを、アクトは理解しきれていなかった。分かっていなかった。


 つまりそれは、アクトがシュナの本音を。彼女が胸に抱きかかえていた本当の想いを、今まで全く引き出せていなかったという事の何よりの証でもありそしてだからこそ――


「――ナんナ? オマエら。アタシとゾーニャと私達ともしかして遊びに来たナ?」


 最悪の展開を回避する事ができないのだ。


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