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Act 3 乗り越えろ Deathtiny ! scene:13 攻略開始

「ねえ、その……今日は、これからどうするの?」


 目を覚ましたシュナとテーブルを囲み、運ばれてきたパンを中心とした洋風(?)の朝食を頬張りつつ、飛んできたそんな質問に思案するような声をあげる。

 とはいえ、返す言葉とやるべき事は今朝の段階で既に決めていた。


「そうだな……」


 三周目の世界でアクトがやるべき事は大きく分けて二つある。

 シュナがアクトを殺す動機を探る事と、シュナに殺されたショックで失われたと思われる前回の世界の記憶を取り戻す事。


 よってまずは、二周目の自分の思考と行動をトレースし、二周目の再現を試みる。


「シュナは……何かしたい事はないか? 行きたい場所があるなら俺も付き合うぞ」


 国王への緊急避難の進言は遺跡探索の前にククリカが、ククリカに頼まれていた必要物資補充のお使いもシュナの買い物に付き合うついでに完了させてあり、昨日の段階では緊急事態が起こらない限りシュナの行きたい場所へ出掛けようとアクトは考えていたはず。


「行きたい場所……私の?」


 時間遡行を知らないシュナの行動は、アクトという時間遡行を認識する異分子による干渉がなければ基本的には変化しないはず。

 そういう意味でも、シュナの行きたい場所へ行くという提案はアクトにとって都合が良い。


 現時点で懸念点があるとすれば、昨日の時点で既に回収出来ていないイベントが発生してしまっているという点だろうか。


 本来、シュナがアクトを名前で呼ぶようになるイベントが昨夜発生するはずだったのだが、巻き戻った直後のアクトの動揺が影響し、会話の一部がなくなってしまっている。

 挽回出来るなら積極的に回収したい所だが……どちらにせよ前回と異なる展開を生み出してしまう要素である為、どうするのが正解なのかアクトにもイマイチ分からない。


「ああ、そうだ。どこでもいい。ケレストルフの首都だけあって、オレジアには色々と観光名所があるからな。まさに選り取り見取り、という訳だ」

「それなら……あのね、私。行ってみたい場所があるの」


 遠慮がちにではあったものの、シュナが最終的に自らの希望を口にして、ひとまずの目的地が定まった。


 そこそこ距離があったので、宿泊した宿から自転車によく似た造形の二人乗り手動四輪を借り、漕いでいくこと一時間。その目的地へ到着する。


「……それにしても、本当にこんな場所で良かったのか?」


 オレジアは領邦国家群ケレストルフの首都であると同時に、『遺跡(ダンジョン)』攻略の拠点として栄えた都市国家だ。

 遺跡から出土するオーパーツは価値が高く、『探跡家』が『遺跡』より持ち帰ったオーパーツを買い取り国外へ輸出する事でオレジアは莫大な利益を得ている。

 また、一攫千金を夢見て国外からオレジアを訪れる『探跡家』や『探跡家志望』も多く、そういった外国人を狙った観光業にも力を入れており観光名所に事欠かない。


 しかし、そんな見所満載のオレジアを観光するにあたってシュナが真っ先に希望したのは著名な観光名所ではなく、街外れにある名もなき小高い緑の丘だった。


「……うん、いいの。説明は、難しいけど……私、何だかここが気になって……」


 どこか要領を得ない答えを返すシュナは気持ちよさそうに目を細めていて、彼女が本心からここに来たがっていたという事だけは何となく理解できた。


「……でも、あなたには退屈だったわよね。ごめんなさい」

「いや、そんな事はない。こういう雰囲気は嫌いじゃないぞ、俺は。地元民しか知らない穴場スポットという感じがしてな、何だかワクワクする」


 申し訳なさそうに肩を落とすシュナの謝罪をそう一蹴し、俺は周囲をぐるりと見渡す。

 確かに観光名所とは呼べないかもしれないが、気持ちのいい場所だ。

 一面に広がる緑は心を落ち着かせ、地面と平行に走る奇形の大樹『緑の隠し路』が近くを通っている為、秘密の通路を外から眺められるのも面白いし見晴らしだって悪くない。

 流石に街一番の絶景とまでは言えないが、ここからならオレジアの街並みを十分に一望出来る。弁当を持ち寄りピクニックでもするのなら最高に気持ちがいい場所だろう。


「そっか。なら良かった。折角来たんだから、私だけより二人で楽しい方が嬉しいものね」


 そんなアクトの答えに、シュナはほっと息を吐いて、柔らかな微笑を浮かべる。


 その笑顔を眺めながら、けれどアクトはそんなシュナの選択に違和感を覚えていた。


(……おかしい。シュナの考えが、行動が前回から変わっている……?)


 昨日の時点で同じ質問をした際、シュナが真っ先にあげていたのは『トワの大樹』という観光名所だったはずなのだが……


(時間遡行を認識していない彼女の言動は、俺が下手な干渉をしない限りそう大きく変化はしないはず……まさか、昨日の会話がなくなった事がそこまで大きな影響を……?)


 何より、疑問なのは彼女がどうしてこんな場所を知っていたのかという事。

 既に三周目に突入したアクトはともかく、オレジアを初めて訪れたはずのシュナが、街からかなり離れた場所にあるこの緑の丘を知っているというのは、少しばかり不自然だ。


 誰かに評判を聞いた? なら、ここへ来た理由を説明する時にそう言ってもいいはず。


(……説明が難しい。彼女は、何故あんな意味深な言葉を――)


 そんなアクトの疑心とは裏腹に、降り注ぐ暖かな陽射しはどこまでも心地がよく、時折吹き抜ける丁度良い冷たさの風に足元の草花がさらさらと躍るように揺れ動く。


 ふと、そんな風に流されて、彼女の頭を覆うウサ耳フードがばさりと音を立てて翻った。


 その音に意識を奪われ反射的に視線をやると、大空の下に露になった彼女の青みがかった美しい白銀の髪が自由を謳歌するように風に靡いているのが目に映る。


 シュナは風にはためく自身の髪の毛を手で抑えようともせず、その幼いながらも整った顔立ちに蠱惑すら覚えるような大人びた憂いと哀切の色香を漂わせ、眼下に広がる街並みへ――ここではないどこか遠くへと視線を落としているようだった。


 その儚く神秘的でいっそ妖艶ですらある立ち姿に、まるで彼女が本当に物語の中の住人であるかのように思えてしまって――


「――ねえ、あなたは……さ。信じてるものってある?」


 しばらくしてそう切り出したシュナの言葉に、アクトはハッと我に返る。


 彼女の姿に見惚れていた事を誤魔化すように取り繕った苦笑を纏って、


「なんだ。またいきなりだな、何か悩み事でもあるのか?」

「別に。ただちょっと気になったのよ。だって、ブレイヴの主人公ユウキ=ハルトに直接話を聞ける機会なんて、なかなかないでしょ? だから、ね。勿体ぶらないで教えなさいよ」

「難しい事を聞くな、最近の小学生と言うのは……」

「別に、難しく考える必要なんてないわ。宗教でも好きなものでも何でもいい。どんな事があっても絶対に信じられるもの。どんなに否定され、諦めそうになっても、それでも揺るがず信じられると思える確かなナニカ――そういうものって、あなたにはある?」


 生きていく上で、絶対的な信を置く己の核と成り得るもの。


 自らを支える絶対的支柱。己の核、心の芯となる大切な何か。

 

 矜持、あるいは信念とそう呼べる物。


 ユウキ=ハルトにとっての絶対とは何なのか、シュナはそれを問いかけているのだからアクトが答えるべき絶対とはつまり自分という存在がアーマナイトであるという真実ただそれだけ――


「――私は……知りたいの」

「何を……?」

「あなたのことを」


 即答だった。


「それは――、」


 何気なく放った質問に対して一切の躊躇も遠慮もなく投げ放たれた剛速球。そのあまりに直球な物言いっぷりにアクトは完全に不意を突かれてしまって、言葉に詰まる。


 そんなアクトを顧みることもなく、シラト=シュナはただ己の道を突き進むように、己の想いを真っ直ぐに紡いでいく。 


「私ね、アーマナイトを信じてるわ。どんなことがあっても、私はそれだけは絶対に裏切らないって……」


 自分にとってのソレはアーマナイトなのだと、シュナは迷いなく告げた。

 アーマナイトが彼女を裏切らないのではなく、彼女がアーマナイトを裏切らないのだと。


 それはどこかおかしな言い回しではあったが、同時に途方もなく強い想いを感じるとても強い言葉で、それなのに何か不吉な色を孕んでいるように思えてしまって。


「……そうか、ならシュナは俺の事を絶対に信じるという訳だな……!」


 だからそんな予感には気づかなかった振りをして、昨日の事など何も知らない自分を装って、空気を読まずあえて茶化してそう言った。


 そんなアクトの軽口に頬を羞恥に染め、たどたどしく言葉を重ねて俺のからかいを否定する、そんなシュナの子供らしい姿を願うように幻視して、


「そうよ」


 返ってきたのは、全てを吞み込むような海のような深く底の見えない肯定だった。 


「私ね、あなたを信じてるの」


 美しい蒼白銀色の前髪、その隙間から俺を見つめる宝石のような蒼眼。

 深い空と無限の海を思わせるその瞳に吸い込まれるような錯覚に、恐怖にも似た根源的な感情を覚えて、


「何があっても、きっと私を信じてくれるって。だから私は、あなたを絶対に裏切らない。あなたも私を裏切らないって言ってくれたから――だからね、きっと最後は大丈夫なのよ、私たちは。何があっても、絶対に」


 確信すら抱くシュナがアクトに求めているのは、絶対足る無償の信愛。


 ――絶対に裏切らないから、何があっても私を信じて欲しい。


 それは、この後に彼女の手によって引き起こされる惨劇を、訪れる自らの死を思うと、言葉の裏に潜む真意を邪推してしまいたくなるような、あまりに意味深な言葉だった。


「俺、は……」


 可憐な笑顔と共に懇願する彼女に、アクトは何かを言おうとする――その瞬間だった。


 アクトの脳裏に記憶にはないはずの既視感めいた幻影が広がって――……アクト達が今いる緑の丘から、茜色に輝き燃え盛るオレジアの街並みを呆然と見下ろす俺とシュナの姿がそこにはあった。



◇ ◇ ◇



 緑の丘を離れ街へ降りると、先程までが噓のようにシュナはいつも通りに戻っていた。

 時刻は既に昼の十二時で、アクト達は丘を降りたその足で商店街を通り抜け大規模複合型レストラン『フォレスト・キッチン』を訪れていた。

 広大な面積に、総数一〇〇を超える多種多様な店舗数。様々な種族の料理が堪能できる超大規模なフードコート型テーマパークのようなその施設は国外からやってきた獣人の観光客は勿論、エルフの家族やカップル客の姿で賑わっている。


 そんな屋外広場の一席を陣取り、アクトはラーメンによく似た麺料理を発見し迷わずそれを。逆にシュナが頼んだのは聞いた事もない名前の魚を使ったシーフードで、元の世界のブイヤベースのような料理だった。

 シュナは幸せそうに頬を綻ばせながら小さい喉を鳴らしてあっという間にスープを飲み干しつつ、箸で器用に魚の身を骨から剥がして上品に口元へと運んでいく。


 一足先に麺料理を食べ終わったアクトは、そんな微笑ましいシュナの様子を眺める裏で止めどなく思考を巡らせ続けていた。


(――オレジアが……燃えていた)


 繰り返し脳裏に浮かぶのは、先程丘で見た既視感のある幻――否、おそらくは失われていた俺の記憶の一部なのだろう。

 つまりは、今日これからこの街に起こり得る光景だった。


(どうしてもっと早く思い出せなかった。シュナに殺される瞬間の記憶は鮮明なんだ。あの異常に鮮やかだった夕焼けの茜色に、違和感を覚えたっておかしくないだろうに……!)


 二周目の世界のアクトは、炎に包まれるオレジアを丘の上から呆然と見下ろしていた。

 その隣には眼下の光景に啞然とするシュナの姿もあって……おそらく、シュナが凶行に走ったのはあの後、俺が大急ぎで街へ降りた直後の事だったのだろう。


(しかし、ようやく収穫らしい収穫があったというか、時間遡行の優位性を活かせそうな情報が手に入ったな)


 蘇った記憶は断片的で、火災の正確な発生時刻は分からない。


 だが、オレジアの中心部で発生する事は分かっており、それさえ分かっていれば素早い対処が可能となる。火災を防ぐことは難しくとも、大惨事だけは回避できるはず。


 シュナを危険に近づけるのはなるべく避けたい所だが……街を放っておく訳にもいかない。

 ある程度の時間になったら、中心部へ向かった方が良いかもしれない。


(だが、そうなるとますます分からない)


 燃え盛るオレジアの光景に記憶を刺激されたのか、街へ戻ってからというもの、失われていた記憶の一部が少しずつ、連鎖的に戻りつつある。


 まだ完全には程遠く、記憶の一つ一つも断片的なピースでしかないが、それらを矛盾なく繋ぎ合わせていく事で、二周目の世界におけるアクトの行動は何となく見えてきていた。


(……二周目の世界の俺とシュナは間違いなく純粋に観光を楽しんでいた。オレジアの中心部からスタートし大きく渦を描きながら外周部へと向かって回れるだけの名所を回って……最後の最後まで、本当に何の異常も問題もなかったはずなのに……)


 アクトを惨殺したシュナの殺意は、壊れ狂いそうな程のあの激情は、一体どこから沸き上がったものなのだろう。

 こんな小さな女の子に、人一人を殺すに至るまでの大きな感情と覚悟が突如として生まれてくるものなのか?

 

 こうしている今も、シュナから殺意や悪意、それに準ずるような感情の色はまるで感じられない。この子にはアクトを害する意思も、理由も、動機だって何もないのだ。


 確かに、緑の丘を訪れた際のシュナは確かにどこか様子がおかしかったが……あの時アクトに向けていた感情だって、殺意や敵意とは程遠く、どちらかと言えばそれらとは真逆の信頼や依存、執着めいた偏愛でさえあったように思える。


 では、一体何がシュナを狂気的な殺人へと駆り立てたのか。


 急変の理由として今ある情報から推察するとすれば……やはり燃え盛るオレジアを見たことが何かしらのきっかけになったとしか考えられない。

 少なくとも、シュナが俺を殺した理由は、あの丘の上から火災を見た以降に生じたものだという俺の憶測は、おそらく間違いないだろう。


 何にせよ、オレジアの火災が一つのターニングポイントとなる可能性は高い。


「ねえ、デザートも食べていいの?」


 と、そんなアクトの思考をシュナの一言が寸断する。

 食事の前に『何でも好きなものを頼んでいい』と言ったのを覚えていたのか、魚料理を完食したシュナは年相応にウキウキした様子でそんな事を尋ねてくる。


「――ん、……ああ。構わないぞ。シュナのチョイスが良かったのか、思った以上に今日は出費が少なくてな。まだまだ財布には余裕があるからな」

「へぇ……流石は私ね、計算通りだわ」


 財布を確認しながら頷くと、シュナはふふんと得意げに胸を張る。

 それから、おねだりするような上目遣いになって、


「私ね、実は食べてみたかったものがあるの……!」


 そう言ったシュナは何故か椅子から立ち上がると、メニューへ手を伸ばすのではなく俺の手を取り、その場から駆け出したのだった。


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