行間二
――突然庭先に現れた不思議な少女との邂逅は当時の俺にとって確かな救いだった。
『……へぇ、てれびに、あーまないと。……そっか、それじゃあ、この板にはお芝居してる人が映るのね! とっても素敵で面白い魔法!』
俺を虐げず、否定せず、拒絶しない。
それどころか、初めて会う俺に興味を持って話しかけ、俺の存在を肯定し友好的に受け入れてくれる。
『ねえ、今日は何して遊ぶ? 鬼ごっこ? 隠れんぼ? あ、そうだ。アーマナイトごっこしましょうよ。私ナイト役やる! ……ふふっ、ダーメ。こういうのは早い者勝ちよ?』
それは本来、人と人が関わる上で当たり前の事かもしれないけれど、俺にとっては何よりも嬉しくて、だから初対面の彼女とすぐに仲良くなる事が出来たのだろう。
『ほらアクト、こっちこっち。こっち来て? 大丈夫、これくらいの樹、アクトになら登れるわよ。ほらアタシの手を握って? ――ね? 綺麗な景色でしょ?』
あの出会い以降、彼女は度々俺の前に現れるようになっていた。
来訪はいつも突然で、タイミングだってバラバラだ。三日に一度の時もあれば、毎日のように現れる時もある。
だからその時は完全な不意打ちで、しまったとそう思った時にはもう遅かった。
『あ、今日も見てるんだ。……ねえ、あーまないと、面白い?』
『……うん』
『それじゃあさ、どうしてアクトは泣いてるの?』
アーマナイトを見ながら歯を食いしばって涙を流していた俺に、彼女は後ろから寄り添って、頭を優しく包み込むように撫で付けながらそんな事を聞いてくる。
『ほら、お姉さんに話してみてよ。ね?』
自分の方が年上だと分かって以来、途端にお姉さんぶって事あるごとに俺を甘えさせようとしてくる彼女には正直困っていたのだけれど、この時ばかりは逆らえなくて。
『……僕、悔しいんだ』
ボロボロと、溢れる涙を止める事も出来ず、包み込まれるままに感情を吐露する。
『僕は弱くて、勇気もなくて。いつも君に助けて貰ってばっかりで。どうしてこんなにダメなんだろうって。僕も、アーマナイトみたいに強かったら、おばあちゃん達に申し訳なさそうな顔をさせる事も、誰かを助ける事も出来るのに……だから、悔しいんだ』
『そっか……』
彼女は俺の言葉にただそう頷いて、それから突然その場に立ち上がると、
『――はっ、……ふっ! とう! ――変身! アーマナイト、ホワイトエルフ!』
凄まじい動きのキレで、完コピした女性ナイトの変身フォームを披露して見せた。
その流麗な動作に思わず見惚れて固まっていると、彼女ははにかみながら頬を掻いて、
『どう、かしら。ホワイトエルフの変身フォーム。アクトがあんまり見せてくるから、覚えちゃったの……何か、変じゃなかった?』
『ううん、凄い。すごく……きれい』
呆然と、涙を流す事も忘れてそう呟くと、彼女は驚いたようにその碧眼を丸くする。
『な、なら良かったわ。恥ずかしい思いをしてまで見せたかいが少しはあったみたいで』
それから彼女は、朱色に染まった頬を誤魔化すように蒼い空を見上げた。
『……アタシもね、強くなんてないのよ、全然。でも、強くならないといけない瞬間って、そういうのに関係なくやってくるの。こっちの都合なんて、お構いなしに』
『そしたら……どうすればいいの?』
『アクトはもう知ってるはずよ?』
恐る恐る尋ねる俺に彼女はいたずらげな笑みを湛えてそんな事を言うけれど、俺にはさっぱり分からなくて、バツが悪くて首を振る。
すると彼女は、どこか遠くを見つめながら、
『変身すればいいのよ。強くならなきゃいけない時に、強くあろうとする自分に』
俺の人生を大きく変える一言を、確かな口調で告げたのだ。
『アーマナイトだって、きっとそう。皆が皆、強いからアーマナイトになったんじゃない、強くならないと誰かを守れないから変身するんだ。アタシ達だって、一緒だよ』
弱くて情けなくて、誰からも愛されない。
そんな自分が大嫌いだった。
だからこそ、強くてカッコイイ、誰からも愛されるアーマナイトに憧れた。
『だから大丈夫、アクトもいつか変身出来るよ。少なくとも、アタシはそう信じてる』
憧れは、遠く離れて届かないからこそ憧れで。でも、その憧れを目指しちゃいけないルールなんてどこにもないのだと、彼女は俺にそう言ってくれたから。
その言葉こそが道標。
自分を大嫌いだった俺にとっては何よりの救いだったのだ。
『……そっか、そうだったんだ。僕も、こんな僕だって変身してもいいんだ……』
彼女の言葉を嚙み締めるように呟いて、ふと。いつも彼女に聞いてみたかった事を、このタイミングでなら聞けるような、そんな気がして、
『ねえ、だから君も、変身してるの?』
『変身? アタシが?』
『うん。だって、僕をいつも助けてくれる君と、僕と一緒に遊んでくれる■■■ちゃんは見た目はおんなじだけど……別の子、だよね? 僕、いつも君の名前を聞けなくて……』
だからようやく名前を聞けたと安堵の笑みを浮かべる俺に、彼女は出会ってから一番の驚きをその顔に浮かべ、それから泣き笑いみたいにその表情を歪めてぽつりと呟いた。
『……こんなの、卑怯よ』
それから俺に後ろから抱きついて、頭を豪快に掻き回す。
『あ~、もうっ。アタシはアクトをそんなカッコイイ子に育てた覚えはないぞ~~っ』
『え、僕君に育てられてな――あはは! ちょ、くすぐった……あはは、は、離して……っ』
「いいえ、却下です。生意気なアクトには、お姉さんのお仕置きが必要なの』
頭を撫でた後に散々僕をくすぐった彼女は、ひとしきり楽しげに笑った後、ほんの少しだけ照れくさそうに今更の自己紹介をしたのだった
「アタシは■■■■■。……その、妹といつも仲良くしてくれてありがとね、アクト」




