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Act 2 異世界ファンタジー・アーマナイト紀行→ジャンル×変身⁉ scene:11 破滅の形

 望む現実と訪れる現実はどうしようもなく違っている。


 それはどうしようもない悲劇だと、幼いながらに少年は思った。


 だから自分に噓をついた。

 虚構を信じ貫き真実とする、その為に。

 

 それは酷いでっちあげ。

 本来であれば(シン)によって(シン)へと至る世界の創造へと、思い込みによる現実逃避という欺瞞を用いて手を伸ばす、そんな最低な冒涜行為。


 ()いた噓にいつしか()かれ、真実(セカイ)へ至った虚構の原型を都合よく忘却する。


 偽って、装って、作って、取り繕い、纏って、演じて、信じて、騙し、貫いて。己の嘘を虚構と嘯く噓つきは、原型さえ定かでなくなるほどぐちゃぐちゃに真に迫った噓憑きだ。


 そんな歪な紛い物へと成り果てて、ようやく望む真実を手に入れた。


 けれど、ああ……その願いの果てに辿り着いた現実がこれだと言うのならば――


「――…………俺、はぁ……どぉ、して――」


 一体どこで、何を、カミシロ=アクトはどうして間違えた?


 自分はただ、アーマナイトとして。アーマナイトへと変身する主人公に相応しいカミシロ=アクトで在りたかった、ただそれだけなのにどうしてこんな――


「「――あは。あはは! あはははははは!」」


 響く哄笑。広がる慟哭。鼻孔突き刺すけぶる血風、血の匂い。

 陽が沈み往く街並みは昼間以上に明るい茜色に輝いて、轟々と唸りをあげる荘厳な朱色の顎はその存在を堂々と主張する。


 眼前に広がるは地獄絵図。

 その元凶たる少女の姿をした悍ましき悪魔は、手の届かない高見から嘲笑うように俺を見下ろし、禍々しい凶爪を舌なめずりして嗤っていた。


「面白いナぁ、面白いナァ? 死ぬナ? オマエもう死ぬナ! ゾーニャもアタシも殺してナいのにアンタはお前は殺される! 面白いナァ、面白いナァ? ナぁ、何故ナ? アーマナイト殺すの、アタシゾーニャの役割お仕事責務楽シイなのに。何でお前もう死ぬナ?」


 しくしく。げらげら。プンプン。けらけら。えんえんと。けたけたと。

 自らをゾーニャと呼称する少女ゼルニアは、その碧眼を狂気に輝かせ、泣いて嗤い怒って訝りまた笑う。


 情緒の壊れ狂った彼女の言葉に、しかし矛盾は見当たらない。


 アクトは死ぬ。もう死ぬきっと死ぬ今すぐ死ぬから死ぬけれど死ぬ。

 なのにどうして自分を殺したのが彼女ではなく他の誰かでその事実が狂おしい程に耐え難く死より尚悍ましい。


「どぉ、……ぃてぇ……らぁ……っ」


 何故だ、何故なのか。

 疑問があり絶望があって問いかけの先には怒りがある。


 だからアクトは繰り返す。


 意味ない問いを。

 価値のなくなった問答を。

 納得いく答えなど何度重ねても得られなくて、答えを得たからといってどうにもならない死の間際の慟哭を。


「――ひゅ、ァぁああ……っっっ⁉」


 吐血と共に絞り出した言葉はしかし肺に穴が開いているからか、空気のぬける風船みたいに間の抜けた音にしかならない。


 それでも確かにアクトの命を奪わんとする下手人の名前は叫ばれ、決死の覚悟で振り返った先――霞む視界の中で血に濡れた少女の肩がびくりと震える。


「……わ、わた。私、は……っ」


 蒼白銀の髪の向こう、少女の蒼眼が大きく見開かれ、壊れたように瞳孔が揺れ動く。

 噓だと思いたくて否定したくて拒絶したいその真実は、けれど揺るがぬ絶望として立ち塞がる。


 ――シラト=シュナ。


 己の存在を否定され続け全てを喪失し、縋るもの一つなかった独りぼっちの女の子。


 夜、寝る前に言葉を交わして互いの絆が深まったと感じていた。


 朝起きて朝食を共に食べ、シュナの希望でオレジア中をたくさん回って……彼女とのそんな時間は楽しかった。心穏やかで、幸せだったのだ。


 シュナもきっと同じように、この時間を大切に思ってくれているとそう信じて疑わなかったのに――アーマナイトとして守ると決めた大切な少女の手の内には、眩い陽光を照り返す美しい鋼の刃が握られていて、その切っ先は背中から一息にアクトの皮を肉を内臓を深々と抉り貫いて、その命にまで達していた。


 やがて、ぽつりと。


「……………………………………………………………………………………ごめん、なさい」


 彼女は、そう呟きながら俺の背からずるりと濡れた刃を引き抜いて、


「……ごめん、なさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃいっっ‼」


 腹を。背中を脇腹を鳩尾を首筋を胸を肩を腕を手を太股を足をアクトの至る所をめった刺しに貫いていく。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返す。


 不意の一撃は背中から肺を一突きに。

 お手本のような奇襲、想定外の裏切りは一手目から致命傷。何も出来ずに仰向けに倒れたアクトの上に馬乗りになったシュナの小さな手により突き立てられる死の刃、その数は既に十五を越え、しかしまだ加速し増加する死が増える。


「あ、ああ……うぅ、あぁああああっ! わた、し……こんな、でもこれしか、だって、もう。私にはあなたしか……だから私がっ、わたっ、あなたを私っ、殺さないとぉ……っ」


 浴びた返り血を洗い流すように滂沱と涙を零し、呪詛のように繰り返し許しを請いながら魂を削る殺意を吠えて、けれど引き攣った笑みを浮かべる少女の狂気は止まらない。

 アクトが終わるまで終わらない終われない終わることなくどこまでもその惨劇は続いていく。


 覆いかぶさる少女の瞳から壊れた蛇口のように涙が溢れ、アクトの視界が赤に濡れる。


 分からない。何も分からない。

 どうして泣いているのか、泣きながら笑って、笑いながら苦しんで、苦しみながら喜んで、喜びながら後悔し、後悔の中に希望を見出し見出した希望に絶望して、少女はカミシロ=アクトを殺し続ける。


 その殺人行為は不理解で不条理で理不尽で不可解だ。


 唯一アクトに分かる事は強烈な痛みと痛みとやはり痛みだけ。

 痛い。痛い。痛くて痛くて堪らない。腹が。背中が脇腹が鳩尾が首筋が胸が肩が腕が手が太股が足が。けれど何より、目には見えない胸の奥が妙に痛むのだ。


 アクトの無理解が膨らんでいく。死が迫ってくる。痛みが、無限大に増殖していく。

 そうしている間にも少女は殺し、壊れ、狂い哭き、哀しみと恐怖と怒りと殺意と苦痛と悦楽と歓喜と愛憎と絶望とありとあらゆる感情とが一緒くたに渾然一体と混ざり合って――


「――だから。ね? お願い。死んで、よ……!」


 破滅とは、笑顔の形をしているのだとアクトはこの時知ったのだった。 


「早く死んでお願いだから今すぐ死んで死んでよしんでくださいお願いしますわたし何でもしますからぁああだからぁあごめんなさいぃいいっ! ひ、ひひ……ねえ、わたしもう壊れるからもう壊れたから壊れたのよ壊れてるでしょ壊れてよぉおおおッ⁉ お願い今すぐ終わって終わらせてそうじゃないと終われないからもう終わってよ死んで終わって死んでってばぁぁあああぁ! あは、はは! あはっ! アは、アハハハハハハハハハ――ッ⁉」


 絶望の果てに希望を幻視し壊れた笑顔で死を懇願される。


 玩具の太鼓を叩くように人を殺す刃が連続して振り下ろされる。


 汚い打楽器は血飛沫く汚音を奏で、繋いでいくのは命のコンボ。


 命を消費し謳うは死のリズム。アクトの身体は陽気に踊り狂って、その肉から意識が、命が、あるいは魂と呼ばれる何かが乖離していく。


 けれどもう、痛み以外の全てがどうでもよくて、前回のように死んで生から切り離されるのではなく生きながらにして死んでいくから痛みだけがアクトを支配して痛みはアクトの全てでアクトは痛みで痛みこそがアクトだったから痛くて痛くて痛くて痛くて堪らない。


 思考が、視界が、聴覚が、嗅覚が、ありとあらゆる感覚が遠のき、無数の痛みだけが最後に残る。彼女がアクトに望んだものはアクトの死。だからその願いを叶えてこの命は終わっ――最後の瞬間、視界の端で散った蒼白い火花を、痛みしかない頭では認識出来なかった。

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