Act 2 異世界ファンタジー・アーマナイト紀行→ジャンル×変身⁉ scene:10 遺跡
『遺跡』はその規模と危険度から七つの等級に分けられる。
とはいえ、超級の遺跡だからと言って端から端まで全てが等しく危険という訳ではない。
例えば、生息している魔物の強さや出現頻度、魔素濃度やトラップの有無とその悪辣さなど様々な要素を総合的に判断し、遺跡内部は六つの『域位』――初級者向けの『浅域』、『上域』。中級者向けの『中域』。腕に覚えのあるベテランが挑む『下域』、『深域』。最上級者が命を懸けて踏破を目指す『最深域』――に分けて考えるのが定石とされている。
が、その定石をそのまま鵜吞みにしているようであれば、まだ認識が甘いと言わざるを得ないだろう。
まず第一に、『遺跡』と一口に言っても同じものは一つとしてなく、それぞれの『遺跡』がその『遺跡』固有の特徴を兼ね備えている事を理解しなければならない。
例えば、『遺跡』という呼称は洞窟を連想させるかもしれないが、そもそも『遺跡』とは文字通りに太古に滅んだ文明跡であり人工的に作られた構造物群を指す単語だ。
洞窟タイプの『遺跡』がない訳ではないが……天を突く巨大な柱や、大地深くを蠢く巨大迷宮。大海に浮かぶ巨大な船舶に、挙句は平地に広がる巨大都市の跡地そのものが一つの『遺跡』であったりと、『遺跡』によってその形、在り方は大きく変わってくる。
『大西魔都神域楼閣群』はその内の〝広域都市型〟に該当する『遺跡』だった。
高低差の少ない平けた土地だが、中心に行けば行くほど魔素が濃く、発生する魔素霧の影響で光が届かず常に夜のような闇が満ちている。肝心の中心部も霧でまるで見通せない。
中心から離れた『浅域』の中に離れ小島のように複数の『深域』がポツリと浮かんでいる事も特徴的で、魔素霧による視界の悪さと西部最大規模を誇る広大さ故に『浅域』の探索中にうっかり『深域』へ迷い混んだ者が死亡するケースも非常に多い。
オレジアに隣接する場所に関しては魔物の強さはともかくとして、出現頻度の低さから一応『浅域』に指定されてはいるものの、そこはやはり超級遺跡。『浅域』からして六等級以下の他遺跡とは比べ物にならない危険度を誇っている事は間違いない。
特に『大西魔都神域楼閣群』の『上域』以降は魔物の出現頻度が格段に高く、経験を積んだベテランだろうと対応を誤れば即座に魔物の群れに包囲され命を落とす人外魔境だ。
ここの『上域』を突破し『中域』攻略を図るには十数人からなるパーティーを三つ用意し、交代で休息が可能となる攻略拠点を築く必要があるとまで言われている程だった。
そんな『上域』までをたった二人、僅か七時間足らずで踏破して――攻略開始から十三時間が経過した今、ククリカ達の遺跡攻略は、既に『中域』終盤に差し掛かっていた。
「――吠え猛れ、大地よ(アース・ハウル)!」
魔物の群れを発見するや否や、ククリカの咆哮が戦闘の口火を切る。超短文詠唱により魔法を発動し身体能力を強化、足元に打ち込んだ拳の一撃で大地を砕き地割れを起こす。
二人の眼前に凄まじい速度で迫りつつあった禍々しい角の生えた鹿のような魔物の群れは唐突に足場を失った事で怯み、失速。明らかに動きが鈍り生じた隙をマナト――
「set up――『――召喚、「希望照銃・光華(アサルトホープ/フラワー・レイ)」!』――ready-fire!」
――レムナント・ホープがベルトから取り出した光の小銃にて文字通り一掃する。
戦闘開始からここまで僅か五秒足らず。
本来であれば、前述したパーティーで戦っても十分以上は掛かるだろう五〇を越える魔物の大群を相手に、圧巻の速度だった。
「――戦闘終了、ですね」
銃を下ろし、レムナント・ホープ――マナトが変身を解除する。
「……ふ、流石は勇者レムナント・ホープと言った活躍だったな。イナミ」
「ククリカさんのサポートあってこそ、ですよ。……というか、これだけ強いなら、ククリカさん一人で攻略出来たんじゃないですか?」
「そんな事はない。『下域』までなら私一人で何とかなるが、『深域』以降は無理だからな」
同じように冗談めかした返しをすると、マナトはどこか呆れたように表情を引き攣らせ、
「……一体何者なんですか、アナタ」
「別に、勇者に名乗れるほど大したものではないよ、私は。言っただろう、ただの軍人だと」
よりにもよって『勇者』からそんな事を尋ねられるとは思ってもみなかったと、ククリカは思わず苦笑する。
そんなククリカの答えに依然マナトは納得いかなそうな顔をしていたが、事実ただの軍人でしかないククリカには、それ以外に答えようがない。
「……ベテランがパーティーを組んでやっと突破する『中域』を、背中の剣すら抜かずに突破した人が言っても説得力がないんですけど」
「だからそれは『勇者』が一緒だからだと言っているだろう? 先の大群を一掃したのも貴方じゃないか。そんな事より、『下域』は魔物の絶対数が減る分、厄介なのが増える。私の鼻がある以上魔物側からの奇襲を受ける事はまずないが、集中は切らすなよ」
そんなククリカの宣言通り、『上域』から『中域』まで絶える事のなかった魔物との遭遇が、『下域』に入った途端にぴたりと止んだ。
雰囲気もがらりと変わり、肌を刺す冬の冷気のようにぴりりとした神聖な気配と頭に響くような静謐が濃くなる中、ククリカはクーシーとしての嗅覚で厄介な魔物との遭遇を可能な限り回避し、『深域』へと進んでいく。
いっそ拍子抜けですらある変化に、隣のマナトはしばし複雑そうな表情を浮かべていたが、やがて生じたこの時間を好機と捉えたのか、周囲を注意深く観察し始める。
どんな時でも情報収集を欠かさないあたり流石はイナミ=マナトと言ったところか。その勤勉さに内心感心していると、遺跡を観察していたマナトの表情に動揺が浮かんでいる事に気付く。
「なんだ、どうかしたか?」
「え、ああ。いや、その……別に、大した事ではないんですが――」
尋ねると、マナトは自らの動揺を誤魔化すように、ある事をククリカに切り出した。
「……なに、魔法の原理が詳しく知りたい?」
「ええ、基本的な事に関しては、以前オレジアに向かう道すがら、ハルトも交えてククリカさんから一通りの説明を受けた際に理解はしたんですけど……」
マナトらしくない不自然な話の逸らし方に、指摘するべきか一瞬悩んだククリカだったが、本当に必要ならマナトから話してくれるはずと、ここでは気付かない振りを選択する。
それに、魔法に関する知識を深めておくのも今後の戦闘を思えば必要な事柄だろう。
「ふむ……もう少し深く踏み込みたい、か。ならまずは、前回教えた事の復習から、だな」
ククリカがやや挑発的な微笑を浮かべて先を促すと、マナトは真剣な眼差しで頷いて、
「……まず、前提として、この世界の全ての事象は『魔素』によって構成されています」
要するに、マナト達の世界における分子や原子のようなもの。アルカ・デアにおける全ての前提であり基本となる物質が『魔素』という粒子である、というマナトの理解は正しい。
「『魔素』には属性と、その『属性』に対応する感情があって、『火属性』なら『怒り』。『水属性』なら『哀しみ』、といった具合に対応する感情から特定の『魔素』が生じます」
ここで難点となるのが世界を構成する『魔素』が、『感情』から生じる粒子であるという点だろう。卵か鶏かの話ではないが、全ての事象を構成するはずの粒子が、『感情』なくしては生じないという時点で、矛盾が生じてしまっている。
ここではその矛盾はひとまず置いて、話を先に進めなければならない。
「ふむ、では魔素の属性と対応する感情の関係に関して抑えておくべき法則は?」
「喜怒哀楽=風火水土の『四大魔原則』、ですね」
これは文字通り、上から順に喜怒哀楽が風火水土の属性に対応しているという法則だ。
実際はもっと複雑な対応表が存在するのだが、ひとまず基本はこれで充分。
「今言ったように、『魔素』が『感情』から生じた粒子である以上、『感情』によって『魔素』に干渉し、その状態を変化させることもまた可能である。その法則こそが『魔素干渉法則』――つまりは、この世界における『魔法』とされています。……と、こんな所ですかね?」
「百点満点、流石はイナミだ。前回までの内容は完璧だよ。ユウキではこうはいくまい」
「結局、ククリカさんのざっくりとしたまとめでようやくって感じでしたからね、ハルトは」
「この世界は我々の『感情』を材料に出来ているから、その材料である『感情』が変われば世界も変わる――初等教育で用いられる説明だからな、分かって貰わねば困る」
「『感情』によって『魔素』に干渉するのが魔法。言葉の意味は分かっても、具体的に何がどうなっているのかうまく想像出来ないんですよね。物事を感覚的に掴むのは苦手で……」
おそらく、その辺りを雑もとい感覚的に掴む力はユウキ=ハルトの方が高い。突発的な状況に適応し対応する能力――アドリブ力に優れているのは、彼の幼馴染の方なのだろう。
だが逆に、理屈がある物事に対するイナミ=マナトの理解力には目を見張るものがある。
「……この世界は『魔素』によって構成されていて、特定の感情は対応する『魔素』の状態を変化させる、という前提は理解出来ているな? なら、こうは考えられないか?」
ニヤリと、どこか弱気なマナトにククリカは鋭い犬歯をむき出しにして笑って、
「――ある特定の事象を構成する『魔素』の状態は予め決まっている。なら、その決められた『魔素』の状態を意図的に崩してやれば、事象そのものも連動して変化する……と」
「……例えば、『燃焼』という事象の『魔素』の状態は決まっている訳だから……その燃焼時の『魔素』の状態を『感情』を制御して『魔素』を操り再現することで、意図的に『燃焼』を発生させることが可能となる――」
「そう、その通りだ。対象を発火させる炎の魔法を発動する際のプロセスがまさにそれだよ。要は、求める事象という解答からの逆算で感情という名の因果式を組み立てればいい」
マナトの答えに、ククリカは出来のいい生徒を持った教師のように頷き、こう結んだ。
「感情を理性で制御し魔素を媒介に世界へ干渉し事象に介入する技術。それが魔法だよ」
『魔法』とは、想いの力で世界を歪める奇跡などではない。
詠唱、精神統一、瞑想、自己暗示に催眠。その他ありとあらゆる手法、手段を駆使して己の感情を高め、律し、操作して、魔法の行使に適切な値へと誤差なく正確に導く超高等技能こそが魔法の本質なのだ。
「……凄まじい、ですね」
「そうか? だがね、私からすれば、凄まじいのは貴方達の方だよ」
首を傾げてそう言って、ククリカはマナトの腰に装着されたベルトを見やる。
「貴方達の使っているアーマベルトも、魔素で稼働する『魔法』の一種だと言えよう。尤も、私たちが扱う『魔法』とは格が違う。なにせそのベルトは予め定められたプリセットに従って、殆どフルオートで装着者の感情を魔法へと変換してしまう。複雑な感情の制御が必要ない分、その過程で失われる感情が殆どなく、魔素の運用効率は段違いだ。純粋な感情の出力の高さだけがモノを言う、まさに最強の魔法兵装と言えるだろう」
誰もが世界を救う『勇者』になれる。あのオーパーツは、そんな規格外の代物で、
「……ああ、そうだ。だからこそ、私は……」
口の中で小さく何事かを呟くククリカの言葉は、誰にも届かない。
故に、熱っぽい視線でじっとベルトを見つめる彼女の願いを理解しているのは、彼女ただ一人だけだった。




